第93話 寝室(7)
「コトちゃんに、ちゃんと惚れてもらってから、キスしようと思って。でないと僕、最低男だと思って」
何かを堪えるように、大きく息を吐き、総君はまたしばらく黙る。
私は床に手をついて、ゆっくりと上半身を起こした。
こんな恰好で聞いていては、総君に失礼な気がした。
ふわふわ揺れる視界の中、上半身はなかなか持ちあがらず、だけど必死に体を起こして、横座りをする。
「コトちゃん。そっち、行っていい?」
尋ねられ、咄嗟に自分の顔に触れた。
涙で濡れて、きっと酷い顔に違いない。
アルコールを飲んだ後はいつも顔が浮腫むし、泣いたせいで目は絶対腫れている。
「いや」
反射的に答えた。
「……やっぱり、僕の事、嫌いになった?」
茫然としたような声が扉の向こうで聞こえて、慌てて首を横に振る。
「ちが……。違うの。今、顔がひどいのっ。見て欲しくない」
そう伝えると、「なんだ」と安堵したような声が聞こえてきた。
「僕、全然気にしないけど。ってか」
総君はくすり、と可笑しそうに笑う。
「どんなコトちゃんも、可愛いよ」
聞いた途端、顔が赤くなった。血が上ったように真っ赤になったものの、両手で頬を押さえて扉を見上げる。
「みんな、最初はそう言うんだって! 可愛い、とか……。好みだ、とか。だけど」
自分で言っててどんどん体中から熱が醒めていく。
「だけど。最後には一緒。『なんか違う』とか、『やっぱり……』とか。みんな、気づくのよ。勘違いだった、って」
「そんな男達と僕を一緒にしないでくれる?」
総君は、いつもの優柔不断さなど微塵も感じさせずに、すっぱりとそう言いきった。私は唖然と扉を見つめる。
「ねぇ、コトちゃん。そっち、行っていい?」
再度、そう尋ねられ、迷う。
口を閉じ、しばらくして開いて。
そしてまた閉じる。
なんと答えるべきか悩み、その間、総君は私を急かさなかった。
「……本当に、大丈夫?」
恐る恐る尋ねると、「うん」と明確な返答が聞こえる。
私は、小さな声で、「じゃあ」と応じた。
正直、聞こえなければいいと思った。
聞き流されて、そのままうやむやになればいい。そう思っていたのだけど。
私の目の前で、ドアノブが回転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます