第八十七話
「死ネェーーーー!」
ハルファスは咆哮を上げながら凌馬へと飛び掛かる。
スッ!
ハルファスの攻撃を躱した凌馬は、その背後に回り込むと首を切り落とそうと空中で手刀を構えていた。
「見エル、見エルゾ!」
バーン!
ハルファスは空中にいる凌馬の姿を捉えると、裏拳で凌馬の体を吹き飛ばした。
ブシュッ! ザザザザ!
攻撃を防いだ凌馬は、空中で体勢を立て直すとついでとばかりに下にいたスライムの魔族の一体を葬り、何事もなかったように地面に立つとハルファスのほうを見ていた。
「クククク、ドウシタンダリョウマ? 随分ト動キガ遅イジャナイカ? イヤ、スマナイ。俺ガ強クナリスギタノカ。」
ハルファスは顔をにやけさせると勝ち誇るように凌馬へと話し掛ける。
以前のハルファスであれば凌馬の姿を捉えられず、確実に攻撃を喰らっていただろう速度で動いたが、躱すどころか反撃まで仕掛けてきた。
少なくとも戦闘能力だけに限れば、ハルファスの強さは以前とは比較にならない程の向上を見せていた。
「どうやら変わったのは外見だけじゃないようだな。力もスピードも中々のものだぞ。しかし、いくら強くなるためとはいえそんな見た目では女性にモテないぞ? 今時は、力だけじゃなく相手を気遣う心とインテリなキャラを備えて、そして何より相手に不自由させない経済力が重要なんだぞ。まして、犯罪者なんて今のご時世もう流行らねえよ?」
いや、童貞男がなに知ったような口を聞いているのかと、以前の彼を知るものならば総ツッコミを受ける台詞なのだが、ここは幸いにして異世界。
彼の言葉を遮るものなど《お前女と付き合ったことないんじゃ?》・・・ひとりしかいなかった。
「フザケルナ! 最早貴様ニ勝機ナドナイゾ。降参スルナラ苦シマセズニ殺シテヤル。」
「はぁー、人の忠告は聞くものだぞ。まあいいか、少し時間を掛けすぎたようだしとっとと終わらせるか。」
凌馬は首を鳴らしながらハルファスへと近付いていく。
「フッ、馬鹿ガ、オワルノハ貴様ノ方ダ!」
ドガドガドガドガ──────!
凄まじいハルファスの猛攻を紙一重で躱していく凌馬。
その攻撃力は常人では───いや、例えSランク冒険者であったとしても一撃で命を失いかねないほどのものであった。
これこそが絶対的な種族の格差といわれるものであった。
只でさえ人間よりも上位にいる魔族が、形振りも構わずに禁忌を犯してまで力を得たのだ。
それは、最早人間には越えられない隔絶された壁がそこに出来ていたのだった。
猛攻の末、凌馬を追い詰めたハルファスは凌馬目掛けて必殺の拳を振り下ろす。
ドガ!
しかし、既にそこに凌馬の姿はなく地面に穴が作られただけであった。
「言ッタハズダ、既ニオ前ノ動キハ見エテイルト!」
ハルファスはそう叫ぶと直ぐに背後へと攻撃を加える。
ガシッ!
凌馬は、ハルファスの攻撃を片手で悠々と受け止めると告げた。
「成る程、確かに少しは目が良くなったようだな。だがそれがどうした?」
ボキッ!
「ぎぃやあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
腕をへし折られたハルファスは、悲鳴を上げながら腕を押さえて後ろへと下がっていく。
「バッ、バカナ・・・既ニ俺ノ力ハ貴様ヲ越エテイルハズ・・・、ナゼ───。」
凌馬はハルファスに残酷な現実を突き付ける。
「それが貴様の勘違いなんだよ。俺を越えた? 何を世迷い言を言っているんだ。ドーピングに頼っているようなヤツが大言壮語を騙るんじゃねえよ!」
凌馬の目付きは鋭いものへと変わっていく。
そう、あれ程までに全てをなげうつ覚悟で挑んでいたハルファスすらも、凌馬にとってはver.1.00がせいぜいver.1.01にパッチ修正された程度に過ぎないのだから。
彼の行為は、始めから徒労にすぎなかったのだという現実を見せ付けられていた。
「フッ───フザケルナ! 選バレシ至高ノ存在デアルコノ俺様ガココマデシテキタンダゾ、・・・今サラ後戻リナド出来ルカァーーーー!」
ブンッ!
ハルファスの攻撃を躱す凌馬。
「動キハ見エテイルト・・・。」
「もう一つだけ訂正させてもらおうか。俺の動きが見えていると言ったな? そうじゃない、逆だよ。見えているんじゃなく俺が見せていたんだよ・・・。」
ブシューーー!
凌馬がそう告げた瞬間に、凌馬とハルファスの戦いを遠巻きに見ていた魔族たちの頭が一斉に空中に投げ出されると、頭部のなくなった胴体からは血が激しく噴き出していた。
「ナッ!」
ハルファスは凌馬の動きを見失った瞬間に、仲間の魔族たちが瞬殺される場面を見せ付けられて言葉を失う。
凌馬がここまで戦いを引っ張っていたのは、魔族が形振りも構わずに身体強化を行った場合の強さを測るため。
だが、その結果はクレナイにも及ばない程度のものであったということが分かった。
これでもうコイツの役目も終わったと判断した凌馬は、興味を失ったように決着をつける。
ザシュ!
ハルファスは次の瞬間には、視界が空中を彷徨うとやがて地面を転がっていき頭のない自分の体から血が噴き出すところを眺めていた。
「一体───ナニ・・・ガ。」
それだけを言うとやがて意識を失っていき、ついにその命の火を消していった。
「俺は言ったぞ? 遊びの時間はもう終わりだと・・・。」
凌馬は冷めた目をハルファスの亡骸に向けてそう呟いていた。
「お前たち魔族はどこまで勘違いをしているんだ? お前ら害虫が至高の存在とは最後まで笑わせてくれる。この世に至高の存在が居るとするならば、それはミウやナディのような可憐で心優しい少女たちに決まっているだろうが。それ以外のやつらは彼女たちを引き立てる脇役にすぎないというのに・・・。」
そう、それは凌馬とて例外ではないのだ。自分という存在はミウとナディのために居るにすぎないのだと。
自分の力も能力も全てその為だけにあるのだ。
そして、それこそがこの世の真実。
無敵とも思える凌馬を本当の意味で殺せるのは、この世で二人しかいないのだ。
彼女たちならば一言告げるだけで凌馬の
『パパなんか嫌い』『凌馬さん、最低です。』の言葉だけで───。
もしこの戦いで魔族どもに僅かでも勝機があったとするならば、それはミウとナディ二人の内のどちらかを人質に取ることくらいだろう。
そうすれば、いくら凌馬といえどもかなりの行動を制限されてしまうし、ワンチャン殺すことも出来たかもしれない。
まあ、クレナイやカイとソラが居る以上それも不可能だしそれは彼等にとっては一番の悪手でもあるのだが。
仮にその不可能を実現したとき、それはこの世界の終焉を意味する。───いや、この世界だけで済めばまだましな方か・・・。
それは決して開けてはいけないパンドラの箱。
その結果どうなるのかは凌馬自身すら分かってはいないだろう。もしかしたら、神すらも知らぬ事なのかもしれない。
一つ確かなのは、
凌馬は無線でクレナイと連絡を取る。
「クレナイ、こっちは片付いた。皆を連れて上がってきてくれ。」
『ご無事で何よりです凌馬様。直ぐにそちらに向かいます。』
クレナイの返信を受けた凌馬は、皆が来る前に魔族どもの死体を焼却する。
ゴオオオオオオ────。
灼熱の炎により、この世から塵すら残らずに消滅させた凌馬。
それは、死体を放置することで病気の発生を気にしていたわけではなく、まして弔うためでもなかった。
ミウやナディの目を汚させたくない、ただそれだけのために行われた事であった。
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