第八十六話
「あらあら、随分とつれないわね。折角こうして会えたんだもの、もう少し仲良くしましょうよ。なんなら私の事好きにしてもいいのよ。」
ヴィネは色っぽい仕草で、凌馬を誘惑するようにそう告げてきた。
普段ならその色気に、鼻の下を伸ばしかねない凌馬であったが今回はシリアスモード。
しかも娘にまで危害を加えかねなかった相手だ。
例え女型の魔族であったとしても、そしてどんなに色っぽくても凌馬が手心を加えるはずもなかった。
「続きはあの世でやるんだな。何、仲間たちも直ぐに送ってやる。安心して死ね。」
「本当に面白いわね。まさかこちらに人質がいることを忘れているわけではないわよね。」
ヴィネと凌馬は互いを見て笑っていた。
「ああ、一つだけ警告しておく。もし俺の前で罪なき者を一人でも殺したなら──────その時は貴様らに本物の地獄を見せてやる。俺はお前たちほど優しくはないぞ?」
ゴゴゴゴゴゴ──────!!
凌馬から放たれる可視化するほどの魔力は、ヴィネほどの存在ですら自然一歩後ろに下げさせるものであった。
(こいつ本当に何者なの? これほどの力、ただの人間が持ちえるはずがない。まさか勇者───いえ、そんなことはあり得ないわ。魔王様が
ヴィネは、魔王様の寵愛を独り占めできる程の功績が上げられることを喜んでいた。
「まあいいわ。なら是非ともお教え願いたいものね。その地獄とやらを・・・もっとも、私の元まで辿り着けたらの話だけれどもね。」
ヴィネが周囲に合図を送ると、凌馬の周囲を悪魔の様相のもの、獣型のもの、翼を持ったもの、人間に近い姿のもの、特定の形を持たないスライムのようなものなど様々な異形のものたちが取り囲んでいた。
それはヴィネがこの国に来るときに呼び寄せていた、かくし球的存在でもある彼ら。実力はハルファスにも勝るとも劣らない力を持ったものたちであった。
それでも凌馬は気負った様子もなく、一瞬周囲を見たあとはヴィネに視線を戻す。
「ヴィネ様、本当に手加減しなくてもいいんですか?」
「たかが人間ごときを何人倒したところで、俺たちの相手ができるなんて思えませんよ。」
「殺してしまっても知りませんよ。」
魔族は凌馬をゴミでも見るように、見下した目を隠してもいなかった。
「構わないわ。仮にこの場で死んだとしても、それはそれだけの男だったというだけの事。貴方たちが見込みがないと思ったならば、容赦なく殺しなさい。もし、僅かでも使えそうなものだと判断したときは殺さない程度に痛め付けてから私の元まで連れてきなさい。」
ヴィネはそう言い残すと、城の中へと消えていった。
「ヴィネ様も随分と酷なことを言われるものだ。」
「全くだな。一対一でも勝ち目がないというのに、見込みがあるかなどとお戯れを。」
「まあいいじゃないか。殺してもいいと許可ももらったんだ。ということだ。悪いな人間、お前はここでお仕舞いだ。」
魔族たちは凌馬に対して攻撃の準備をする。
「それじゃあ俺から───。」
ズガン!
凌馬がそう口を開いた魔族に対して、問答無用でその胸に風穴を開けていた。
「ぐわあああああ!」
魔族は突然襲いかかってきた痛みに、悲鳴をあげていた。
「流石は魔族だ。生命力だけはゴキブリ並だな───。まあ裏を返せば死に難いだけで、余計な痛みを感じる分苦しみが増すだけなんだがな。」
凌馬は無造作に魔族の胸から手を引き抜くと、掴んでいた心臓を握りつぶした。
バタン!
「ガレス!」
魔族が殺られた仲間の名を叫んでいた。
しかし、最早ガレスは生命活動を停止させており仲間の声に答えることなど不可能だった。
「貴様~、よくもガレスを!」
「お前ら! 絶対にこいつを逃がすんじゃねえぞ!」
魔族たちは怒りに支配され、凌馬を殺そうと殺気をみなぎらせていた。
「そんなに怒るなよ。お前たち害虫にも仲間を思う気持ちはあったんだな。意外だよ。まあ、俺の駆除対象に選ばれたからには手心を加える気は全くないがな。」
凌馬はあえて魔族の中心に移動する。
「こいつ、俺らをなめやがって!」
「人間の分際で思い上がったな!」
今度は魔族も油断なく身構える。
「死ねぇーーー!」
ズガッ!
その魔族もまた、ガレスと同じく心臓を貫かれて絶命をした。
ザシュ!
また、別の獣型の魔族は攻撃が届く前に首を切断され凌馬の横をすり抜けて倒れ伏す。
ブシュッ!
飛行型の魔族は空中で体を縦に真っ二つに切り裂かれると、地面へと叩きつけられた。
ドガン!
背後から迫っていた人型の魔族の攻撃を避けた凌馬は、敵の後頭部を掴んで地面へと叩きつけると、その魔族の頭部は既に原型をとどめていなかった。
僅か三秒程の出来事で、魔族四体が絶命した。
「ばっ、バカな・・・こんなことが。」
「たかが人間にこんな真似が。」
凌馬の戦闘を間近で見せられ、その圧倒的な力に魔族たちも動揺し始めていた。
自分たちの力は人間のそれを凌駕している自負があった。
人間ごときなど自分達と戦うときには、必ず小細工を要して悪あがきをしてくるその程度の存在だと。
だというのに、この男はなんの小細工もなく真っ正面から力でもってねじ伏せてきたのだ。
それも圧倒的な力でもってだ。そんなことはあり得ないことだった。
ある魔族が凌馬と距離をとるように後ろに下がる。
バーーーーン!
突然その魔族は何者かの攻撃を食らうと、壁に叩きつけられてしまう。
「全ク情ケナイヤツラダ。コレダケノ頭数ヲ揃エテオイテ仲間ヲ殺ラレタ上ニ、逃走シヨウナドトハ。」
それは身の丈が五メートルを超える巨体で、見るからに筋肉質な体つきをしていた。
しかし、凌馬にはどこか見覚えのある気がしていた。
「お前ひょっとしてハルファスか?」
見た目は全くの別人なのだが、この気配は凌馬に覚えがあったのだ。
「リョウマ・・・リョウマリョウマリョウマリョウマァーーーー!」
目を血走らせ、凌馬の名前を連呼するその様相はまさに狂人のそれであった。
「ハルファス、随分と見違えたじゃないか。成長期か? しかし、前ほど知性が感じられないどころか欠片もないぞ。薬は体に悪いから止めておけよ。」
凌馬が『ダメ、絶対!』というフレーズを思い出しながらハルファスの心配をする。
「黙レェーーーーーー! 貴様ノセイデ俺ノキャリアガ台無シニナッタンダ。汚名ヲ返上スルニハ貴様ヲ殺スヨリ他ナイ!」
ハルファスは作戦失敗の責任によって、降格処分を受けていた。
それだけではなく彼が人間に負けたという話は、瞬く間に仲間の魔族たちに広がっていったのだった。
普段から高圧的な態度で上から目線だった彼は、ここぞとばかりに仲間たちに馬鹿にされていたのだ。
その屈辱と人間にやられたという汚名を晴らすには、もはや凌馬を倒すより他なかったのだ。
しかし、凌馬との力の差を知っている彼にはそれが不可能なことは分かっていた。
そして彼は決断を下した。
吸血鬼最大の禁忌を犯すことを。
ハルファスは同族の吸血鬼を次々と殺しては、吸血をし続けていた。
それは人間に例えるならば、薬で強制的に身体能力を向上させるものだった。
勿論、なんのリスクも無くそんな事ができるはずもない。
その反動により彼は理性を失っていき、醜い姿に変わり果て、既に吸血鬼とも呼べない怪物へと成り下がっていた。
しかし、その代わりに彼は今までとは比べ物にならない程のパワーを手にしていた。
彼は最早凌馬を殺すか、自分が死なない限り止まることは出来ないところまで来ていたのだ。
「自分で蒔いた種とはいえ、そこまで成り下がっては哀れだな。これもやり残したけじめだ。終わらせるとしようか。」
凌馬はこの戦いで初めて敵に対して構えをとっていた。
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