第八十五話
凌馬は先行して帝都へと侵入すると、瞬間移動を使って他のメンバーを呼び寄せる。
「クレナイ、敵に見つからないように先導を頼む。」
「了解しました。」
凌馬たちは、城内に侵入可能な秘密通路の入り口へ向かい進行を開始する。
クレナイのハンドサインに従い、建物の陰から陰へと移動していく。
時折、どうしても回避が出来ない魔物などは迅速に始末しその死体を見つからない場所へと運び込んでいた。
その姿は、ダンボールに身を隠す某特殊部隊の兵士を彷彿とさせていた。
そして、一行は朽ち果てた建物のある一画にやって来ていた。
ルドレアの案内通り瓦礫をどかしていくと、そこからは地面に備え付けられた扉が現れた。
「この先が城への通路になっています。こちらから侵入する場合、侵入者対策として通路には様々な罠が作動しますので気を付けてください。」
隠し通路の入り口にある罠解除装置を起動しないと、即死級の罠が次々と作動するということらしかった。
「ああ、それなら大丈夫だ。クレナイに罠など効かないからな。」
「はい、お任せください。」
侵入した通路は、広さは二人並ぶのとギリギリという程度の広さしかなく、凌馬たちは一列になり進んでいく。
「少々お待ち下さい。」
クレナイが先行していくと、罠が作動して壁からノコギリの刃のようなものが飛び出してきて襲い掛かかってくる。
ガキン!
複数の刃は、しかし、クレナイの体に触れると全て破壊されてしまう。
その先に、少し広い空間があり足を踏み入れたクレナイに今度は全方位から矢が一斉に放たれる。
ブゥン! ズガーン!
クレナイの攻撃により発生した衝撃波によって全ての矢が叩き落とされると、矢の発射口も潰されていた。
また、その先の坂道では某インディな冒険者でお馴染みな巨大な岩が転がってきて逃げ道は完全に絶たれていた。
ドガーン!
クレナイの拳で巨大な岩は、見る影もなく粉々に粉砕されていた。
その後も、槍、毒ガス、落とし穴、迫り来る壁などことごとくを潰していった。
「おい、凌馬。お前のところのメイド型の魔導人形は一体なんなんだ? お前の連れだから普通ではないとは思っていたが、流石にこうも罠を無効化されているのを見ると、この城の防衛能力について不安しかないんだがな。」
ウィリックは、散々非現実的な凌馬たちの行動に慣れては来ていたのだが、城の隠し通路の罠をまるでものともしない行動に遂に我慢の限界を越えたようだった。
「安心しろウィリック。クレナイにとってはこの程度の罠などおもちゃみたいなもんなんだ。それに、本気を出せば罠が発動するより早くこの通路を進むこともできる。俺たちのために、わざわざ一つずつ潰しているんだからな。」
凌馬はなんて事ないように語る。
「いや、全然安心できねーよ。これがおもちゃって、とどのつまり何時でも城に簡単に侵入できちまうってことだろう?」
ウィリックがたまらず叫んだ。
「私など凌馬様に比べればまだまだです。凌馬様ならば侵入する必要すらなく、城を落とすこともわけないですからね。」
クレナイにしてもムラサキにしても、ご主人様贔屓なためかなり神聖視する傾向にある。
「いやまあそれほどでもあるかな。はっはっは。」
この主人にしてこのメイドかと、ウィリックは頭を押さえていた。
「大丈夫? ウィリックお兄ちゃん。」
「あ、ああ、大丈夫だよ。ありがとうな。」
ウィリックの様子を心配そうに見ていたミウ。
「はぁ~、全くお前にこんな優しい子どもがいることが奇跡だよ。君はお父さんに似ないように真っ直ぐと育つんだぞ。」
ウィリックがミウの頭を撫でて、そんな事を言っていた。
「パパは優しいよ。ウィリックお兄ちゃん。」
「確かに、そうだな。特定の人だけには限られるがな。」
「ははは、全くウィリックは面白いやつだなぁ。」
ギュー!
ウィリックの足を踏みつけて言葉を遮らせると、凌馬はミウを抱き抱えてウィリックから離す。
「いっつ。」
「さあミウ、パパと一緒にいような。それとミウ、いつも言っているがパパ以外の男の人に不用意に近づいたら駄目だからね。男の中には小さい子に酷いことをしようとする変態さんっていうのがいて、ミウのように可愛い女の子は狙われやすいから気を付けないとね。」
凌馬がさりげに酷いことを言っていた。
「おいこら、聞き捨てならねえぞ。それにそれはお前の事じゃないのか? あの高ランクの冒険者たちにまで知られてたって話だろ。有名人じゃないか。」
ウィリックは売り言葉に買い言葉のようにそう言ってしまった。
ピク!
凌馬の頬がひくつく。
ゴゴゴゴゴゴ──────。
しかし、凌馬が行動をするよりも前にクレナイがその体に怒りのオーラを纏っていた。
「じょ、冗談だろ。おい凌馬、お前んところのメイドをどうにかしろよ。」
ウィリックがたまらず凌馬に助けを求めた。
「クレナイ、もういい。それとウィリック、お前も心配しすぎなんだよ。お前が道を踏み外すことがなければ俺がどうこうすることはないんだからな。」
「了解しました凌馬様。」
「分かったよ。俺も悪かった。」
ウィリックは殊勝にも凌馬に謝ることにした。
そして、ウィリックが凌馬から視線を外した瞬間、凌馬の表情は笑いから嗤いへと変化していた。
そう、彼はその道を既に踏み外してしまっていたのだ。それもこれで二回目。
しかも今回は、娘の目の前であろうことかロリコンの汚名を着せようとした。
彼がその事でどれ程の惨劇を行ったのか、ウィリックは知っていたはずなのに。
しかし、知らない方が幸せなのかもしれない。
凌馬の中では、ウィリックのカルマはどうしようもないほどにマイナス方向へと振りきっていたなんてことは───。
ウィリックよ。お前は既に地獄の一丁目に片足を踏み入れたどころか、地獄のアロハな孤島に飛び込んでロイヤルスイートで長期バカンスしている段階なのだから。
(残念だよウィリック。お前には本当に期待していたのだがな。だが、愛娘の前で父親に無実の罪を着せようとする大罪は見逃すことは出来ん。それは七つの大罪なんかよりも遥かに罪深いものなのだよ。せめてもの手向けだ、今回の件で有終の美を飾るがいい。)
今回の事件、ウィリックが勝つにしろ負けるにしろ彼の未来が閉ざされた瞬間であった──────。
・・・・・・もうこの国は本当に駄目かもしれん。
それからもクレナイは順調に進路を進み続けて、漸く城の中に通じている扉の前にたどり着いた凌馬たち。
「皆は少しここで待っていてくれ。俺が先に一人で様子を見てくる。」
「凌馬様、それならば私が先に行き偵察してきます。」
クレナイにそう言われたが、凌馬は首を振ってそれを断る。
「悪いなクレナイ。だが、最悪のことを考えて行動したい。それに、俺なりのけじめなんだ。クレナイはミウとナディを頼む。突入は無線で報せる。」
「かしこまりました。」
「ミウ、調子はどうだ。変わったことはないか?」
「うん、なにも変わらないよ。」
凌馬は笑顔でミウの頭を撫でると、ナディにミウを託して扉へと進む。
「凌馬さん、気を付けてください。」
「パパ。」
「ああ、ありがとう。行ってくる!」
凌馬は慎重に扉を開いて中へと入る。
そこは、出口のない壁に囲まれた部屋の中であった。
しかし、凌馬はすぐに部屋の違和感に気がつく。
部屋に貼られた壁紙に僅かばかりだが切れ目が入っていた。
凌馬がそこを調べるとどんでん返しの仕掛けがあるようであった。
(成る程古典的だな。ここら辺の考えは世界が変わっても共通するんだな。)
そこを潜ると今度はジメジメした場所へと出た。どうやら使われていない地下牢の一つのようであった。
凌馬は気負う事なく進んでいき、階段を上り終えその先の扉を開くと城の広場へと出ていた。
パチパチパチパチ!
「ようこそいらっしゃいました。Sランク冒険者の如月凌馬さん。この敵地のど真ん中に一人乗り込んで来るなんて本当に面白い男のようですね。」
凌馬が上を見ると、バルコニーのような場所からこちらを見下ろしてくる女性が目に写る。
それは、ハルファスを泳がせて突き止めた時に見た女性の姿をしていた。
その身に纏う気配も、これまでの相手とは一線を画くものであった。
「漸く会えたな。お前が今回の事件の親玉ってことでいいんだよな? 悪いがこっちはお前たちのくだらない事情に付き合う気はない。遊びの時間はもう終わりだ。」
凌馬は真顔になり、今回のふざけた劇の幕を下ろすことを宣言した。
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