第八十八話

 無事合流を果たした凌馬たちは、いよいよ本丸へと突入をする。

「ウィリック、ここからはお前の戦いになる。準備はいいな?」

「ああ。」

 凌馬の言葉に、短くそう答えたウィリックは城のほうを睨み付けていた。


「ミウとナディそれとルドレアはカイとソラから絶対に離れないようにな。ふたりとも頼むぞ。クレナイは敵が現れたら殲滅を優先して行動してくれ。」

『ワン!』「かしこまりました。」『はい。』

 皆に指示を伝えた凌馬たちは、城の中へと入っていく。


 城の中は広い廊下が続いていて、脇の方には高級な調度品や絵画といったものが飾られていた。

 それは、以前行ったことのあるシュリオン聖教皇国と引けを取らないほどのものであった。


「しかし、どこの国の城に行こうがこういった無駄に豪華な飾りというのは変わらないものなんだな。俺から言わせれば掃除の邪魔になるばかりか、破損や窃盗の心配が増すばかりで良いことなんか一つもないように思えるがな。」

 凌馬は呆れたようにそれらを見て呟いていた。


「それはしょうがないだろうが。これも国の威信を守るためだ。他国の使者に軽く見られては交渉などで不利になってしまうだろ。これらもひいては国民の安全にも繋がっているんだよ。」

 ウィリックが凌馬に説明するが、そもそも凌馬個人としては相手からどう見られようが別に気にならない。


 むしろ、敵対する相手に対しては侮られていた方が色々と都合が良いことの方が多かった。

 まあ、無駄に戦争に巻き込まれないためには国の威信も大切なの武器のひとつということかと納得することにした。


「それにしてもさっきから敵の姿が見当たらないが、それはそれでかなり不気味だな。」

「粗方の敵の部下たちは始末したからな。向こうもそんなに人材が豊富というわけでもないのだろう。それに今さら洗脳した人間を差し向けたところで無駄なことは百も承知だろうしな。」

 ウィリックの疑問に凌馬が答える。


 実際、凌馬は敵の洗脳を解除する方法を既に見つけてはいたのだ。

 それは、洗脳された相手に対してそれを打ち消すほどの恐怖心をそいつに植え付ければ良いのだ。

 軽い洗脳程度ならばそれだけで十分効果があることは実証済みである。


 決して凌馬は、彼らが本当に憎くてあんなことをしたわけではだからそんな事はないのだ。

『ムシャクシャしてやった、反省はしていない』などとそんな現代の切れやすい若者のような理由で行動するなどあるわけがないのだ。

 凌馬が心の中で自己弁護言い訳をしたところで、凌馬たちにはとある絵が目に入ってきた。



「わぁー、可愛い女の子だね。」『ワン!』

 ミウがそう声を上げたのは、とある家族の肖像画の一枚を目にした時であった。

 それは三十代と見られる若い両親と五、六歳の男の子と女の子の四人家族が描かれていた。


 母親は若かりし頃のアメリーナのようであった。

(とするとこの少女が・・・。)

「姉上・・・。」「シンディ様。」

 やはり、この幸せそうに微笑んでいる少女がウィリックの姉にして今回の騒動の中心にいるシンディのようであった。


 その少女を見た凌馬も、確かにその可愛らしさに思わず自分も自然と笑みがこぼれてくる。

 同時に、凌馬は皇帝の心が壊れてしまった心情にも一定の理解をしてしまった。


(成る程な、これだけ可愛い子が十年成長をしたならばさぞかしの美少女になっていただろうな。そんな我が子を失うことになれば、暴走してしまうこともまぁ親として理解はできる。)


 シンディの容姿は、まさに百年に一人の逸材と言っても過言ではないほどのものであった。

 現代の日本に生まれたならば、容姿やカリスマ性から間違いなくアイドルとしてトップに立つことも容易だろうと凌馬は肖像画を見ながら考えていた。


 だが、シンディが百年に一人の逸材とするとミウは不世出の美少女である。比べる事ではないのだろうが、ミウを前にしては全ての存在が色褪せてしまうというように凌馬は思っている。


 世界はミウのために存在していると言っても過言ではない。いやむしろそうでなくてはならないのだ。

 それが凌馬の格言である。

 それはこの世界の───この銀河の───全宇宙の絶対的なルール、原則、大宇宙の大法則であった。

 凌馬が暴走して色々と日本語がおかしくなってきたのでこの辺りに止めるが、まあ早い話『うちの子が一番可愛いから!』ということが言いたいだけであった。


「パパどうしたの?」

 凌馬が自然とミウの頭に手が伸びていたことに、不思議そうにミウが尋ねてきた。

「いや~、ミウも可愛いよと思ってな。」

 凌馬の言葉に少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに撫でられるミウ。


 その様子をウィリックは呆れた様子で、他のメンバーは微笑ましく見ていたのだった。

 敵地に居るというのに、かなり余裕な様子の凌馬一行。


 だが、いつまでも時間をかけているわけにもいかないと先に進むことにした。

「さっきの件だが、恐らくこの先に敵の罠が仕掛けられているのは確実だ。気を引き締めていくぞ。万が一の時は、クレナイお前はみんなを引き連れて皇都から撤退しろ。対処は俺の方でする。」


 凌馬の命令に首肯するクレナイ。

「凌馬さん、無理はしないで下さいね。」

「ああ、大丈夫だナディ。俺一人ならどんな状況であろうともなんとか出来る。だから、皆は自分の身を一番に行動してくれ。」

 実際、手段を選らばず守るものもない状況ならば凌馬は例え自分よりも強い相手がいたとしても対処は可能であった。


 彼の能力の幅は、あらゆる相手に対して有効な手段を取ることが出来るのだから。

 まあ、普通・・に考えればそんな相手は居るはずが無いのだが・・・。


 そうして凌馬たちは、なんの邪魔も入ることなく皇帝の謁見の間の前までやって来ていた。

 クレナイが前に出て扉を開いていく。

 ギイィィィィィィーー!


 謁見の間は灯りが灯されており、数百人が余裕で入れるほどの広さを誇っていた。

 その奥の方に一つだけ豪華な椅子が用意されており、そこには一人の男が座っていた。


「父上・・・。」

「皇帝陛下・・・。」

 ウィリックとルドレアがそう呟いたように、その男こそがこの国の最高権力者でありウィリックの父親、そして今回の騒動を巻き起こしたムーランス帝国の第七代皇帝、その人であった。


 凌馬は一瞬鋭い視線を巡らせたあと、皇帝の男に視線を合わせた。

 その男は、大分痩せこけてはいたがその目は暗い闇に包まれていて射殺さんばかりの視線を凌馬たちに送り付けていた。


「誰かと思えばこの国を裏切った出来損ないの息子ではないか。命が惜しくて逃げ出した愚か者が、今さらなんの用でこんなところに来たのだ?」

 ウィリックへといきなり語り掛けてきた皇帝。


 ウィリックは、これまでの弱い自分を振り払うように覚悟を決めると皇帝に向けて告げた。

「父上、私のこれまでの所業については今さら弁解しようなどとは思いません。出来損ないと言われても仕方のないことをしてきたのですから。」


 ウィリックは一瞬だけ目を閉じ、そして目を見開いて皇帝を力強く睨み付ける。

「ですが父上、あなたこそ一体何をしているのですか? 多くの国民や配下の者たちを悪戯に傷付けて、あまつさえ隣国と無意味な戦争を起こしてさらに無益な血を流そうとしている。今のあなたに皇帝として民を導く資格があるとは到底思えません。」


 ウィリックの言葉を凌馬は後ろからただ黙って聞いていた。

「───クックックッ、皇帝が民を導くだと? お前は何を勘違いしている。民の役目はこの国に忠誠を尽くして、我が命令に従うがのが道理。なぜ皇帝が民の事を気にかけなくてはならんのだ。おまえたちはただ黙って、ワシに言われた事だけに従っておれば良いのだ!」

 皇帝の傲慢ともいえる言葉が謁見の間にこだましていた。

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