第七十九話

(地獄を見た───。地獄を見た───。地獄を見た───。いずれ───)って言わせねーよ?

 何が地獄だよ! 創ったのお前じゃねーか! 主犯の分際で何かっこいいこと言って丸く収めようとしてんだよ。

 こんなんもう収まるかぁ!

 ・

 ・

 ・


「アメリーナ様、ここは我らに任せてお下がりください。」

「い、いえ大丈夫です・・・。」

 ブライアスがアメリーナのことを案じて、下がるように進言したが彼女は責務としてここから離れようとはしなかった。


 しかし、この光景は女性が見るには余りにも酷なものであった。

「なんということだ───。」

「・・・どうしますか?」

 ジュリクスとコーネストも目の前の惨劇から、視線を逸らして頭を抱えていた。


 正直、全員死んでいたほうが遥かに対処がしやすい。

 今のような、生ける屍の彼らをどう対処したものか。

 身体はほぼ無傷(精神は知らん)なのだから治療もできないし、彼らを街に入れることもまた出来なかった。


 そんな、皆が悩んでいるなかで凌馬だけが悲劇の主人公のように心に陰りのあるキャラを演じていた───。


─帝都─


「なっ、こやつ一体何を考えている? こやつ本当に人間か? まさか他の魔族の差し金ではないだろうな・・・。」

 ヴィネは凌馬の魔族ですら引く行動に、裏で誰かが糸を引いているんじゃないかと疑っていた。


「───まあよい。しかし、この役立たずどもをどうしたものか。もはや使い道もなさそうだし、最後にせめてその命を持って私の役に立つがよい。」


 ヴィネは戦闘不能となったものたちを、もはや関心も無いように冷酷な表情で呪文を唱え始めた。



─凌馬─


 ゴロゴロゴロゴロ──────!

 周囲を不吉な気配が覆い始めると、急に空には雷雲が発生してきて太陽の光を遮っていった。


「なんだ? 急に雲が出てきたぞ!」

「皆のもの、落ち着け。周囲の警戒を怠るな!」

 兵士たちも、その気配になにか嫌な予感を感じ始めていた。


(ちっ! 人が感傷に浸っているときに邪魔なやつだな。空気くらい読めよ。)

 凌馬は、不幸な自分に少し酔っているところを邪魔をされて不機嫌な様子であった。



─ミウ─


「───だめ・・・、この力は・・・っ!」

 急にミウは立ち上がると、まるで意識がそこには無いような表情で外を見つめていた。


「ミウちゃん、どうしたの?」

『クゥーン?』

「ミウお嬢様?」


 皆がミウの心配をするように声をかけるが、ミウはなにも聞こえないように突然にドラゴンの姿に変身をすると馬車の窓から飛び立っていってしまう。

「ミウちゃん!」

『ミウお嬢様!』


 ダッ!

 すかさず、カイとソラは外へと飛び出すとミウの後を全力で追い掛けていった。



─凌馬─


(この気配は・・・ミウか!)

 周囲の様子を窺っていた凌馬は、ふいにミウの気配を感じ取ってすぐさまそちらへと駆け付ける。

 凌馬がミウを見つけると、人間からドラゴンへと変身した姿だった。


「ミウ、どうしたんだこんなところに。皆と一緒に居なきゃダメじゃないか。」

「・・・・・・。」

 凌馬が話し掛けたのにも関わらず、空を見つめていたミウはなんの反応も返してはくれなかった。


 そんなミウの様子の異常に(愛娘にシカトをされてショックだったとかそういうことじゃないんだからね!)、凌馬は愛娘に近付いていく。


「みゅーーーーーーーーーーーーーーー!」

 ドゴオオオオオオオオォォォォ─────────!

 ミウの体から、突然眩い光が発せられると光の柱となって空に現れた黒い雲を吹き飛ばしていく。


「なんだこの光は。」

「全員退避ー! 一旦安全な場所まで後退しろ!」

 ジュリクスは直ぐに指示を出すと、皆壁の上から退避を始めた。


「ぐっ、ミ、ミウ。どうしたんだ? パパだよ。」

 ズザザザザ!

 その力の波動は、凌馬の力を持ってしても近付くことが出来ず、反対に徐々にその場から引き離されていく。


『クゥーン、クゥーン!』

 向こう側ではカイとソラも、懸命にミウへと近付こうとしているが、ふたりの力でもその場に踏み留まるだけで精一杯の様子であった。

 しかし、ふたりは決して諦めることなくご主人様の元へ行こうと傷付くことも躊躇わずにいた。


(まずい。この力は明らかにミウの限界を凌駕している。これ程の力の行使には代償が必要となるはず。恐らくはミウ自身の生命力を変換している!)

 凌馬は焦っていた。ミウの力はまだ発展途上のもので、本来はこれ程の力を出せるはずがなかった。

 このまま力の放出を続ければ、ミウの命そのものの危険が高かったのだ。


「ミウ、止めるんだ。それ以上力を使ったら、お前の体が持たない。」

 ジリジリ!

 凌馬は、己の全ての力を解放し僅かずつだが近付いていく。


 バシッ! ビシッ!

 凌馬の体が、ミウの波動により傷付いていく。

「ふ・ざけ・るな。こんなもん、ミウの痛みに比べたら蚊に刺された様なもんだ。腕でも足でもくれてやる。だが、ミウは返してもらうぞ!」

 凌馬はこの世界の悪意に宣言していた。


《───凌馬、使え!》

「なんだ? 誰だ!」

 凌馬はどこからか聞こえてきた声に問い掛けるが、返事が戻ってくる事はなかった。


 キーーーーーン!

 突然、凌馬の手の中に『無職からの脱出シーカー・アフター・ザ・トゥルース』が発動していた。

「これは?」


 それは、ヤマタノオロチ討伐の時に起きたのと同じく脈動を打ち、しかし、あの時とは違い白い光に包まれていた。


パパ愛娘を護りし者

 愛娘の危機を救えずして何が父親か! 例え、この身が砕けようとも娘を傷つけることは何人にもさせない!

父の慈愛たとえ火の中水の中

 娘の全ての苦しみを肩代わりする。


○能力値

 力    計測不能

 魔力   計測不能

 素早さ  計測不能

 生命力  計測不能

 魔法抵抗 計測不能


 ドオーーーーーーーーーン!

 ミウの放った光の柱の全てを、凌馬の放った光が優しく包み込んでいた。


「ミウ、もういいんだ。ミウが無理をしてまでそんな事をしなくても、後はパパが何とかする。だから戻っておいでミウ。カイとソラもナディたちも皆が心配しているよ。」

 凌馬はゆっくりとミウへと近寄ると、その体を抱き締めて優しく語り掛けていた。


「───パ・・・パ。」

 ミウがドラゴンから人の姿へと変わると、光は徐々に収まっていきやがて凌馬の腕の中で意識を失っていた。


「カイ、ソラ!」

 ダッ!

 それだけで全てを悟ったふたりは、直ぐに馬車の方へと戻っていく。

 本当は大好きなご主人様の元に駆け付けたかったが、今はそのご主人様を休ませる場所を用意しなくてはならなかったから。


「ミウ・・・皆のところへ帰ろうな。」

 凌馬はミウを抱き抱えると、静かに馬車へと戻っていった。



─???─


「この力は・・・。」

「どうされましたか? ───様。」

「あの子の力を感じました。」

「ほっ、本当ですか? 直ぐに捜索の準備をさせます。」


 年の頃は三十代と思わしき白い髪を長く伸ばした女性と、二十歳手前程の少女がどこか神聖な雰囲気のする一室で話をしていた。


「いえ、それには及びません。」

「何故ですか? きっと今も次代様は不安な思いをしているはずです。」


「今、あの子をここに連れ戻せたところで、私たちの破滅に巻き込んでしまうだけでしょう。それに、私が死ねばあの子に本来されるはずだった力の継承がなされるはず。今は、あの子が成長する時間を少しでも稼がなくては。いずれ来るべき戦いに備えて───。」

「ですが・・・。」


「それにあの子なら大丈夫です。あの子の側に別の波動を感じました。とても力強くそれでいてどこまでも優しく温かい力でした。きっとあの子は良い人と出会えたのでしょう。そなたの姉のお陰です。本当にすまないと思っています。」


「そんな、次代様を御守りするは我らの使命。私の姉もきっと喜んでいるはずです。次代様を命に代えて守れたのですから。」


「───様。敵襲です。」

「やはり来てしまいましたか。結界もかなり弱まってきているようですね。直ぐに儀式に入ります。」

「それでは私たちはすぐに出撃して時間を稼いで来ます。」

「頼みましたよ。」


 そして、一人その部屋に残った白髪の女性は窓へと近付くと力の感じた方を見つめていた。


「そなたを助けに行けぬわらわを許しておくれ───。最後にもう一目会いたかった──────ノーヴァ・・・。」

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