第八十話

─帝都─


「この力は・・・、ちっ、あの役立たずどもが。どいつもこいつも邪魔ばかりして!」

 ヴィネは、せっかくあの役立たずの連中を生け贄に捧げることでこの国を不浄な大地へと染め上げようとしたものを邪魔されてしまった。


 邪魔をしてきたあの力には覚えがあった。

 我ら魔族の天敵にして、決して相容れない存在。

 計画遂行には彼らの排除が必要不可欠であった。だからこそ、戦力を割いてまでそちらにやったというのに。

 どうやら、向こうの計画は上手くいっていないようであった。


「まったく───。まあよい。あの男を手に入れるついでに、邪魔なものは排除すればいいだけのこと。」

 少し仕事が増えただけのことと、ヴィネは気を取り直した。



─凌馬─


 凌馬がミウを抱き抱えて馬車まで戻ると、ミウを心配していたナディたちに迎えられた。

「ミウちゃん! 凌馬さん、一体何があったんですか?」


 凌馬はミウを布団に寝かせると、ミウの状態を調べる。

「ミウの力がどうやら暴走したようだ。とりあえず、今は容態は安定していると思う。ムラサキどうだ?」

「はい。体温、呼吸、脈拍などは正常値の範囲内です。ただ著しく生命力の低下が見られます。」

「やはりそうか・・・。」


『キューン、キューン。』

 カイとソラはミウの側まで近付くと、心配そうにその顔を見つめながら悲しそうに鳴いていた。


 凌馬が途中で行使する力を肩代わりしたことで何とか事なきを得たが、あと少し遅かったらミウの命は危なかったかもしれない。

 凌馬は己の拳を強く握りしめていた。


「凌馬さん・・・。」

「大丈夫だナディ、心配するな。ミウは直ぐに目を覚ますさ。カイとソラも自分をあまり責めるな。」

 凌馬はカイとソラの頭を撫でて慰めていた。


『クゥーン・・・。』

 ふたりはミウを守ることが出来なかったことに、とても落ち込んでいた。

 しかし、ふたりに罪などない。あの状態のミウでは凌馬ですら止めることが出来なかったのだ。

 あの時、凌馬の力が覚醒していなければどうなっていたのか想像すらしたくなかった。


「凌馬様、ユーフィー様がミウお嬢様にお会いになりたいと来られています。いかが致しましょう。」

 外に控えていたクレナイよりそう報告があった。


「ああ、構わない。」

 凌馬が許可を出すと、ユーフィーはイシュムを引き連れて馬車へと入ってくる。


「ミウちゃん!」

 ユーフィーは、布団で横たわったまま意識を失っているミウを見て驚いた声を上げていた。


「ミウちゃんに、一体なにがあったんですか? まさか、さっきの光はミウちゃんが・・・。」

 勘の鋭い子だと凌馬は思った。

 ユーフィーもミウと同じく、普通の子どもとは違い特別な何かを持っている。

 そんな、近い境遇故に繋がる部分があるのだろう。


「ユーフィーちゃんには誤魔化すことは出来そうにないな。その通り、さっきの光はミウの力だ。今は力を使いすぎた反動で意識を失っているが、しばらくすれば目を覚ますだろう。」

「ミウちゃん・・・。」

 ユーフィーはミウの手を取って、祈るようにそう声を掛けていた。


「今はこんな状態だ。クレナイ、すまないがウィリックとアメリーナさんたちに、今はまだ動けないことを伝えてきてくれるか。」

「承知しました。何か向こうで手がいることがあれば、私の方で対処いたしますので、凌馬様はミウお嬢様のお側に。」


「ああ、すまないが頼む。」

 クレナイは馬車を出て、ウィリックたちの元へと向かっていった。


「凌馬様、私は食事の用意をしていますので、ご用がある際は声をかけてください。」

「ムラサキもすまないな。」

 凌馬は壁にもたれながら、ミウの様子を見守っていた。


 やがて、日も沈み始めユーフィーに今日はもう戻るように話しかける。

 それでも、友だちのことが心配な様子でミウの元を離れることを拒んだが、「ミウが目を覚ましたら真っ先にユーフィーちゃんに報せるから。」と凌馬に説得されて今日のところは帰っていった。


「ミウ、いいお友だちが出来たな。もっと早くに、友だちにはあまり心配を掛けちゃダメだって教えとけばよかったな。」

 凌馬はミウの頭を撫でながら、優しく語り掛けていた。


「凌馬様、夕食が出来ました。」

「ああ、ありがとう。ナディたちも夕食にしよう。」

「でも、ミウちゃんがこんなことになっているのに暢気にご飯なんて・・・。」

『グルルル。』

 ナディにカイやソラも、ミウの側を離れたくないように凌馬に訴え掛けていた。


「ナディ、気持ちは分かるがそれで君が体を壊したらミウが目を覚ましたときにきっと悲しむ。カイとソラも、ふたりがミウを想うように、ミウもふたりの事を大切に想っている。それはふたりが一番よく分かっているだろう?」

『クゥーン───。』

「・・・分かりました。」

「俺はミウが脱水症にならないように点滴をしているから、食べ終わったら交代を頼む。」


「分かりました。凌馬さんも無理をしないでください。ミウちゃんにとっての一番は凌馬さんなんですから。」

「ああ、分かっている───。」

 カイとソラはミウに顔を近づけて、小さく鳴いてからナディの後に続いて馬車を出ていく。


医者私失敗しないので

 どんな難しい手術も、俺の手にかかれば成功率は百パーセントだ。俺の手術は保険が利くぜ!《いや、だめだろ!》

○スキャン ○神の手

○能力値

 ニートと同じ


 凌馬はミウの腕に点滴を打つと、ミウの手を握り締めていた。

「ミウ、ごめんな。パパが情けないばかりに、ミウを守ると誓ったのにそれを破ってしまった。パパ失格だな・・・。ミウ、魔族がお前にとっての天敵だというのなら、この地上から塵も残さず全てを消し去ってやる───。」


 凌馬は、ミウの手を握ったまま自分の額に当てると祈るように目を瞑っていた。

 そうして凌馬がミウの看病をしていると、いつの間にか時間が経っていたのかナディたちが馬車へと戻ってくる。


「凌馬さん、戻りました。」

「分かった。少しの間ミウの事を頼む。何かあったら報せてくれ。」

「はい。」

『クゥーン!』


 凌馬は、ナディたちにミウを任せるとムラサキの元へと向かった。

 ムラサキに夕食を準備してもらっている間に、クレナイがジュリクスたちのところから戻ってきた。


「ただいま戻りました。」

「クレナイか。それでやつらの様子はどうだった。」

 凌馬はクレナイに、討伐隊の様子を確認させにいかせていた。


「どうやら、彼らの洗脳は完全に解かれているようです。恐らくはミウお嬢様のお力のお陰でしょうが、自分達の行動に苦悩しているものも見られました。最もほとんどの者は、それどころではなく心を閉ざしておりましたが。」


 凌馬の行動は思いの外、彼らの心に傷を付けたようであった。

 たが、凌馬に理不尽な濡れ衣を着せた連帯責任なのだからしょうがない。

 凌馬は特に気にしていなかった。


「一部にそれでも反抗的な者がいましたので、パラシュートなしのスカイダイビングを二、三度体験していただきましたら、皆さん大人しく言うことを聞いていただけるようになりました。ミウお嬢様のお陰で命があるというのに、本当に不届きものどもでした。」


 クレナイが、反抗的な男たちを上空に次々投げ飛ばしていく姿は、凌馬も凌馬ならこの魔導人形のメイドもというように、ジュリクスたちヴァレール家のものたちをもドン引きさせていたが、クレナイが出来るメイドのようにニッコリと微笑みを返してくる姿に、視線を逸らしていた。


「そうか、それはご苦労さん。やつらにはしばらくあの壁のなかで大人しくしていてもらおう。手練れの冒険者たちの力を封じておけば、逃走の恐れもないだろう。念のために、後でだめ押しをしておこう。」

 凌馬は、冒険者たちのあられもない姿をさらした写真を一人につき千枚ほど用意しておいた。


 もし、この場から逃げ出したら世界中にこの写真をばらまいて、二度と日の目を見れないようにするために。

《いや、お前のほうがよっぽど悪魔じゃないのか?》


「ムラサキ、クレナイ。どうやら俺は甘かったようだ。正直、俺たちに直接害を与えない存在は無視しても構わないと思っていたんだ。だが、今回のことで考えが変わった。」

 凌馬は拳を握りしめる。


「正義なんて言葉に興味はない。だが、ミウと魔族が敵対している存在だというのならば、たとえこちら側に対して攻撃の意思がなくとも全てを殲滅する。俺の愛娘に仇なすものはこの地上から塵も残さず消し去るぞ!」

 凌馬は魔族たちに対する宣戦布告をしていた。


『かしこまりました、凌馬様。』

 自分達の主がそう望むのならば、彼女らにとってそれが至上命題となったのだった。

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