第七十八話

「はぁはぁはぁはぁ──────。」

 凌馬の逆鱗に触れてしまった冒険者たち。


「まったく、向こうの世界もこっちの世界も人のことをやれロリコンだ紳士だと色眼鏡で見やがって!」

 凌馬は過去の地球での出来事を思い出していた。


「人が結婚もしてなければ女性と付き合ったこともないってだけで、子どもが大好きだと言えば、やれ事案発生やら不審者情報メールを流しやがって。そんな目でしか見られないお前らのほうが、よっぽど汚れているだろうが!」

 凌馬は心の叫びを口にしていた。


「くくくく、まったくよー、散々な目にあった向こうの世界からこっちに来て、そんな色眼鏡で見られることもなくなり、ミウやナディと出会って漸く俺の人生報われたと思っていたのに、まさかこっちの世界でまで人のことをロリコン変態紳士の汚名を着せられるとは───。」

 凌馬は目を押さえながら上を向いて、何かが溢れるのを堪えていた。


「そうだよな。分かっていた。知っていたさ。何処へ行こうとも、世界は俺の敵だってことくらいな。もうやめだ───。このまま貴様らを真面目に片付けたところで、この俺に根も葉もない濡れ衣を着せたお前らという存在を歴史に残すことになってしまう。こんなにも清廉潔白な心の持ち主にあらぬ汚名を着せておいて───。そんな事は絶対に許さん! この俺が貴様らの存在を全ての歴史から消し去ってやる!」

 ゴオオオオオオオオオオ!


 凌馬は凄まじいオーラを身に纏いながらも、背中に装着していた聖剣を消し去る。

「な、なんだこの威圧感は?」

「それにアイツ自分の武器をどっかへやったぞ。何を考えている?」

「待て、何かを持っているぞ!」


 その冒険者の言うとおり、凌馬は聖剣の代わりに二本の短い棒を持っていた。

 それは、武器と呼ぶには余りにも弱々しく、しかし何故かそれを見た者たちには何か精神的な嫌悪感を覚えさせる。


 凌馬は徐にスイッチを入れる。

 ブーン、ブーン、ブーン。

 規則正しいうねりをする、そのピンクの棒を持った凌馬は嗤っていた。


 ゾクッ!

 冒険者たちの本能が己の魂の危機を知らせていた。


 ダッ!

 瞬間、中央にいた二人の冒険者は目にもとまらぬ速さで凌馬に捕まると、0.01秒後には下に履いているものを脱がされ、0.02秒後には四つん這いの体勢にさせられ、0.03秒後にはアレな穴にアレを突き刺されていた。


『アーーーーッ!』

 余りの衝撃が脳へと駆け抜けると、ブクブクと泡を吹きながらそのアレな姿を公然の前に晒されていた。


「なっ、なっ、マイケルゥーーーー!」

 その冒険者仲間の一人が、友の名を絶叫していた。


「なんだこれ、なんだこれ、なんなんだよこれ!」

「お、お、落ち着け。大丈夫だ、命に別状は───。」

「そういう問題じゃねぇ。こんなん命があるとかどうとかの話じゃねえだろ。」

 激しく動揺する冒険者たち。


「冷静になれお前ら! 犠牲になった彼らには悪いが、これで奴の武器はもうない。今がチャンスだ。やつを牽制しつつ撤退するぞ!」

「あ・あ・あ・・・、皆あれを───。」

 冒険者たちの視線が凌馬の手元に集中する。


『ブーン、ブーン、ブーン。』

 彼はそれぞれの指の間に一本ずつ、それを持っていた。


 合計八本、それはこの場に残っている冒険者の人数と同じであった。

「いつから───、こいつが二本だけだと錯覚していた? 安心しろ、お前らの勇姿はきちんと家族や友人、恋人たちに送っておいてやる。その遺品と同じにな。」


 冒険者ギルドでは、不慮の事故などで亡くなった人たちや行方不明者の残った財産や所持品を遺族に届けることが出来る制度がある。

 凌馬は、彼らの足元に二人の尊い犠牲者の姿が収められた写真を投げ付ける。


パサッ!

『う、うわああああああああーーーーーーーーー!』

 足元の写真を目にした冒険者たちは、血の気の引いた顔をして全員が形振り構わず逃走を始める。それは高ランク冒険者たちにあるまじき行動であった。


 しかし、それも無理はない。あんなものを家族や友人、まして恋人などに晒されたらそれは死と同じ、いやそれよりも遥かに残酷で質の悪い尊厳と存在そのものの死であった。


 しかし、凌馬が彼らを逃がす事はなかった。


「ひとーつ、人のことをロリコンと呼び!」

 ザク!『アーーーッ!』


「ふたーつ、ふざけた汚名を着せた!」

 ズボッ!『フギャーーー!』


「みっつ、皆で嘲笑う!」

 ズン!『アバババババババ!』


「よっつ、世の中の不条理を正してみせよう!」

 ズドーン!『アッ!』


 一瞬。それだけの間に残り八人の冒険者たちは、アレなアレにアレアレされていた。

「きたねえオブジェだ。」

 いや、なにやってんだお前。これ全年齢対象だぞ! こんなん通報されて消されちまうやないかーい!


「さて、残りは兵士たちだけか。」

 凌馬は静かに五千の兵の方へと歩き出していった。


『うわあああああ!』

『皆逃げろー!』

「お、おいおまえたち、何勝手に逃げてやがる。この国と皇帝陛下に命を捧げたんじゃないのか!」

 部隊の副隊長格の男が声をあげる。


「ふざけるんじゃねえ、あんな化け物と戦えるか! SランクもAランクも皆ヤられたんだぞ。」

 凌馬は気絶していたアルノルトとヨルクを自身の元に呼び寄せると、Aランク冒険者たちと同じ末路に合わせていた。


「貴様ー、それでも軍人か! 戦いで命も懸けられぬとは───。」

「俺だって命くらい張る覚悟はあったさ! でもな───、殺られる覚悟はあってもヤられる覚悟なんてあるかーーー!」

 その言葉が、皆の気持ちを代弁していた。


 ドドドドドドドドドドドドーーーン!

 しかし、彼らの逃亡先から壁が現れると、兵士たちはその中に閉じ込められてしまう。


 スタッ!

 壁の上には、その男がピンクのアレを持って兵士たちを見下ろしていた。

 彼らはこの世の絶対的な法則を知らなかったのだ。

 そう──────ラスボス凌馬からは逃げられない!


「どこへ行こうというのかね?」

《大佐?》


『あ・・・ああ・・・。』

『そんな・・・。』

 壁を見つめて呆然とする兵士たち。


 凌馬は徐に手を上げて合図を送る。

『イー、イー。』

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ───!

 全身黒タイツの怪しい五千の集団が、両手にピンクの棒を持ち彼らへと近付いていく。


『いやだ・・・、いやだーーーーー!』

『イキたくない、イキたくない、イキたくない。』

『離せー、俺は自分でケリをつける。止めるなー!』

『アーーーーーーーーーーッ!』


 そこはまさに、地上に存在する地獄であった・・・。


「ひっ、ひどい・・・、酷すぎるっ!」

「おお、神よ!」

「おえぇーーー!」

 味方のはずのヴァレール家の者たちにすら、酷い言われようの凌馬であった。


 その日、五千を超える男たちの何かが失なわれた。

 七割の者たちは己の人生を悲観し引きこもりに、二割の者たちはダークサイドに落ちていき、そして、一割の者たちは──────新世界の扉を開いていった・・・。



─アンデリック・トバイリー─


 私の名はアンデリック。今はしがない歴史研究家をしている。

 いつか必ず世界に名を残すことを信じて、私はある研究に没頭していた。


 それは、我が故郷ムーランス帝国で起こった、魔族たちが暗躍したといわれる帝国の動乱の一幕である。

 この国を救った黒髪の救世主が世界各地に残した軌跡は、何れも有名なストーリーとして語られているのに、ただひとつ、その救世主がこの国に最初に降り立ったといわれるヴァレール家で起こった戦いについては、まるで封印されているかのようにどの話にも出てくることはなかった。


 私はそこにどんな秘密が隠されているのかを突き止めて、それを後世に語ることを誓った。


 コンコン!

「失礼します。こちらにジェロイさんが居ると聞いて伺ったのですが。」

「ええ、聞いております。大お祖父ちゃん、お客様が見えられましたよ。」


 私は、ここに当時の生き証人である人が居ることを聞き付けて、面会を申し込んでいたのだ。

 彼は既に百二十歳近くにもなる、百年前の出来事である当時はまだ二十歳のヴァレール家の兵士であったらしい。


「ジェロイさん。私はアンデリックと申します。突然ですみませんが、当時ヴァレール家で起きた救世主の戦いについてお話を聞かせていただきたいのです。」


「ヴァ、ヴァレール家・・・、戦い・・・、うっ、ううう、な・ならん。それだけは・・・ならん───。」

 老人はなにかに苦しむかのように、アンデリックの質問に答えることを拒絶する。


「何故ですか? 何故皆この話になると、話をすることを拒むのです。私の先輩たちも皆、当時を知る者に話を聞こうとして何れも答えを得ることが出来ませんでした。何故なんです。それほどに残忍なことが行われていたのですか。」

 アンデリックは懇願する。


「例え救世主がこの国の兵士を大量に虐殺してしまった事実があったとしても、それはヴァレール家の領民を救うために仕方なく行われたことでしょう。彼らも魔族に操られていたと聞きます。それで救世主の名誉が失われるようなことは無いはずです。お願いします、どうか教えて下さい!」


「違う! そうではない・・・、あの戦いでは血が流れることは決してなかったのじゃ。・・・我々だけじゃなく、五千の討伐隊やSランク冒険者たちですらも一人として・・・。」

 ジェロイが重い口を開いた。


「そんなバカな・・・、そのようなこと人間に出来るはずが・・・、しかし、それが本当ならそれこそ神の奇跡。何故誰も証言をしてくれないのですか?」


「ならぬ・・・ならぬのじゃ・・・、ならぬ・・・。」

「ジェ、ジェロイさん?」

 ジェロイは独り言のようにぶつぶつと呟くと、それ以上は語らなかった。


(何故なんだ・・・、何故これ程までに皆口が重いのだ。一体その時に何が起こったというのだ。)

 アンデリックはジェロイを見つめながら、そうひとり考え込んでいた。


 ふと、アンデリックはあることに気が付いた。

(これは、震え・・・、ジェロイさんが一体何に怯えていると───、いやそうじゃない! これはまさか・・・、そうなのか? そういうことなのか? だから人々は誰もが口を閉ざしたというのか・・・。)


 アンデリックは、天啓を得たようにひとつの答えが浮かんでくる。

 そして、それこそが真実なのだと悟ったのだ。


「すべて分かりましたよジェロイさん。申し訳ありませんでした。決してあなたを苦しめるつもりではなかったのです。それでも、あなた方が語れなかった真実は私が必ず後世に語り継ぎます。ありがとうございました。これで失礼します。」

 アンデリックはそう言うと、ジェロイの前から姿を消した。


「ならぬ・・・、ならぬのじゃ・・・、あの忌まわしき悪魔の所業を決して後世に残しては・・・。」

 ジェロイの言葉を聞く者は、もうそこにはいなかった。



 私の名前はアンデリック・トバイリー。

 この本を残すことで、私はもしかしたら神の怒りに触れることになるのかもしれない。

 それでも、ここに書き記す。願わくばこれが私の遺書とならぬことを───。


 私はこれまでずっと救世主の研究をしてきた。

 ムーランス帝国に住むもので、知らぬものはいないと断言できる彼のことを。


 皆は知っているだろうか? あの救世主がこの地に降り立った瞬間について。その真実が封印されていることを・・・。


 過去の生き証人たちは、皆が口を閉ざして決して語ることをしなかった。

 何故そこまでに頑なに語ることをしなかったのか。

 私はその真実に気付いてしまった。


 私は、恐らく当時を知る最後の生き証人と会って話をすることができた。

 そこで私は、救世主の起こした奇跡について話を聞くことに成功した。


 百年前のヴァレール家で起こった、領地粛清の動き。それを制止し、この国を救った救世主が何を成したのか。

 有識者たちの中でも様々な憶測があるが、有力視されている説が救世主はそこで兵士たちを大量に虐殺してしまったのではないか。

 国の恩人である彼の名を貶めたくない当時の皇帝により、その事実が伏せられたのではないかというものだ。


 しかしそうではなかった。彼は討伐隊の兵士五千人と最高峰のSランク冒険者たちを相手に、味方はおろかその敵たちでさえも一人として血を流すことなくその戦いを制したのだ。


 しかしならば何故、その様な奇跡について証人が一人としていなかったのか。

 私は知った。最後の証人を見たときに。


 彼は当時の事を証言するとき、その体は激しく震えていたのだ。

 何故、奇跡を目撃した者が恐怖に震えているのか・・・?

 違うのだ。そうではない。彼は恐怖したのではない。


 彼は、いや彼らはその奇跡を目撃したとき畏怖したのだ。

 人は己の想像を遥かに越える出来事に遭遇したとき、畏怖を覚えるのだ。

 彼らは神のごときその所業に、それを語ることは人間風情には余りにも不敬であり神の怒りに触れることを畏れたのだ。


 私も当時、その場にいたのならば、きっと彼らと同じくこの真実を語ることなど出来なかっただろう。

 これは、当時を知らなかった私だからこそ、この真実を後世に残す使命を与えられたのだと悟った。


 私の名はアンデリック・トバイリー。

 この真実を後世に永遠に語り継ごう。

 あの日、あの時、あの場所で確かに救世主は降臨されたのだ。

 彼はまるで神のごとき力で、そして聖母のような慈愛に満ちた心で敵味方関係なく全ての命を救ったのだ。


 私たちは決して忘れてはならない。

 彼がいたからこそ、私たちは今も平和に暮らし、愛するものと共に子どもたちの成長を見守っていけるのだから───。


著・アンデリック・トバイリー

作・『真・英雄譚~歴史に忘れ去られたあの日の真実~』より



・・・・・・・・・酷い捏造本だった。

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