第七十七話

 シーーーーーーン!


 その光景を目にした誰もが、あまりの出来事に言葉ひとつ上げることが出来なかった。

 皆、現実を認めることを脳が拒絶していたのだった。

 自分達の最大戦力の二人が、わずかな時間で戦闘不能に陥る事など。



─帝都─


「馬鹿な! 奴らの力は強化した。他のSランクとは比較にならないほど力を得ていたはず。万一やられるにしても、一撃で決着がつくなどあり得ぬ!」

 ヴィネは、使い魔から送られてくる映像を見て思わず立ち上がってしまう。


 Sランクといえども、戦闘能力の幅はまちまちである。

 戦闘が得意なものも居れば、強力な魔法を使うもの、防御に特化したもの、そして、特殊な能力を持つものなど。


 それでも例え相性の問題があったとしても、それで直ぐに勝敗が決まるほどSランクという名は安いものではなかった。

 しかも、今回はヴィネが直接強化を施した純粋な戦闘スタイルの彼らである。


 それを奴は、力と速さ全てを上回って叩き潰したのだ。

 誤算。その言葉がヴィネの脳裏に浮かんでいた。

 二人を潰した男は、使い魔を再び睨むと首を切るジェスチャーをその先に居るであろうヴィネに見せ付けていた。


「くっ、くっくっくっ───、あーはっはっはっはっはっはっ───!」

 ヴィネは突然に声をあげて笑い出した。


「素晴らしい! 素晴らしいわ! まさかこんなところにこのような者が居るなどとは。本当に人間にしておくのが惜しいくらいよ。」

 不吉な笑みを浮かべながら、凌馬の方を見つめるヴィネ。


「彼を手中に納めることが出きれば、我が計画も大幅に前進出来る。邪魔なやつらも、目障りな女ぎつねどももこの者を利用すれば簡単に排除できよう。魔王様の寵愛を受けるのはこの私ひとりで十分。」


 ヴィネは凌馬を自分の配下にしようと、画策をするべく動き出す。

 彼女は信じていた。この世界で最強の魔王様より授かった力を。

 例え自分より強い力を相手が持っていようとも、自分の能力から逃れるものはいないというように。



─凌馬─


「これは夢なのか?」

「あの帝国最強といわれる二人を一撃で倒しちまったぞ。」

 領主の街の壁の上では、兵士たちが身を隠すようにして凌馬の戦いを見守っていたが、いざ戦闘が始まり圧倒的な力を目にすると皆呆然と立ち尽くしていた。


「まさか、本当にここまでの力の差があるとは・・・。」

「どうやら、私たちは凌馬様の力の一端しか知らなかったようです。最早、彼の力は人間という範疇には既に収まってはいないようです。」

 ジュリクスとアメリーナもまた、凌馬とSランクといわれる冒険者たちとの隔絶された力量差に、認識を改めさせられていた。


 この場には、ミウやナディたちの姿はなかった。

 万一のため、二人は流星旅団とともに街の人と行動を共にしてもらっていたのだ。


 身の安全のためということもあるが、本当の理由は凌馬が誰かを傷つける姿を二人には極力見せたくないと思っていたからだ。

 そして、不測の事態により人を殺すかもしれない姿など特に。

 だが、それも凌馬の杞憂であったようだ。


 最早、勝敗は既に決していた。彼らに残された道は降伏しかないのだと──────。


「お、おい。どうするんだ一体。二人ともやられちまったぞ。」

「俺に聞くなよ。だから俺は一旦体勢を整えようって言ったんだ。それなのに・・・。」

「今さらそんなこと言っても遅いだろうが。」

 やっと彼らAランク冒険者たちの時間が動き出すと、どうすればよいかと話し合いが始まっていた。


 ザッ!

『ひっ!』

 凌馬が彼らの方を向くと、可哀想なくらいに怯える十人のAランク冒険者たち。


「やれやれ、同じSランクというからどれ程のものかと見てみれば、自分達が操られていることにも気が付けないこんな情けないやつらとはな。せめて自分の行動に違和感くらいは感じ取ってほしいところだが、まあ、こいつらだけで全てを判断するのは早計か・・・。」

 凌馬はひとり呟いた。


「同じSランクだと? まさかやつもSランク冒険者!」

「いや、だがこんなヤツの話は聞いたことがないぞ。これだけの力を持ったヤツのことを、俺たちの耳に入らないなんてことがあり得るのか?」

「しかし、アルノルトさんとヨルクさんが現にやられているじゃないか。そんな真似が出来るやつなんて・・・。」


『ゴクリ。』

 凌馬を観察していた冒険者たちは、思わず唾を飲み込んだ。


「そういえば───。」

 一人の男がそう言葉を発したことにより、全員の視線がその男に集中する。

「なんだ、何か知っているのか?」

「いや、皆も聞いたことあるだろ、隣国の伝説の魔物の復活の噂。」


 その言葉を聞き、周囲の男たちはバカにしたようにその男に答えた。

「ああ、あの話か。あんなもんは酔っぱらいのただの戯言に決まっているだろ。そんな魔物が本当にいて倒されたというなら、冒険者ギルドに情報がないわけがない。」


「もちろん俺だって信じている訳じゃないさ。しかし、実際にその時街にいたと言っていた冒険者仲間から聞いた話なんだが、その男の特徴の一つに、あの国では珍しい黒髪の男だったという話があったんだ。」

 冒険者たちの視線が、凌馬の頭へと突き刺さる。


 彼らが不運だったのは、国王への追加の願い事に凌馬の名前を決して表に出さないようにしていたことだった。

 国王も他国への対応に際して、討伐者の名前が出ないほうが都合がよかったので直ぐに快諾し箝口令を敷いた。


 個人が成し遂げたヤマタノオロチ討伐の功績を揉み消しては色々と不味いことがあるが、本人が名前を伏せることを望んだことで他国に対して、討伐の事実そのものをあやふやにしてすっとぼけることができた。


 例えどれだけ国民たちの間では、それが事実だと話が広がっていたとしても、国がその事実を公に認めなければその事実は存在しないことと同じであるのだから。少なくとも、対外的には。

 そうして凌馬に対して不義理をせずに、なんとか国の体裁を保つことができたのだった。


「そう言えば俺も聞いたことがある。」

「今度は何だ。」

「いや、以前依頼でレスラント王国に行っていた時の話だが、あの国のとある街でデスパレードが起こったんだ。そこに一人の冒険者が現れてたった一人で一万の魔物を殲滅したって話だ。それで、その街の冒険者ギルド長の推薦によって特例でSランクに昇格した者がいたらしいんだ。それも特徴は黒髪の・・・。」


 冒険者たちは、先程からチラチラと凌馬の頭を盗み見するような動作をする。

 凌馬は、早く戦う準備をしろと言うように冒険者たちを見ていた。


「そうだ。俺もその話は聞いたことがあるぞ。その男は珍しい黒髪で──────他は特にこれといった特徴のない何処にでもいそうなモブキャラの顔の男だったと。」

 ピク!


「ああ、そいつなら俺も知っているぞ。そいつは街中で小さな女の子たちを大勢連れ回しては、ニタニタと気味の悪い顔をして眺めていたという噂が。」

 ピクピク!


「俺もだ。その男のお気に入りは白い髪をした少女で、よく抱き付いたり頭を撫でて身体を触りまくっていたという。」

 ピクピクピクピク!


「ああ、しかもそいつに絡まれた男の話では、俺の女たちに手を出したら殺すと脅迫を受けていたらしい。まだ年端もいかない少女たちばかりだったというのに。」

 ピクピクピクピクピクピク!


『そういえば俺もだ!』『俺も、俺も。』

 というか、全員知ってんじゃねーか!


 全員が揃って凌馬の方を向く。

『まさか、お前があの黒髪以外特にこれといった特徴のないモブ顔の、幼い女の子たちを連れ回しては俺の女たちと街中で公言し、白髪少女の身体をべたべたと触りまくっていたというSランク冒険者だったのか!』

 シンクロ率百パーセントであった。


 ブチッ!

「誰がぁ! ロリコンマイスターじゃぁーーーーーー!」

 ドガアーーーーーーン!!

 凌馬の周囲の土が吹き飛び、どでかいクレーターが出来ていた。


 彼らは呼び起こしてしまった。

 決して目覚めさせてはいけない邪神の存在を───。

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