第六十三話

「お前たち何を勝手な行動を。この部隊の指揮官は俺だ。今すぐ進軍をやめろ!」

 コーネストは、討伐隊の前に回り込むとそう叫んで進軍を止めようとする。


「おいおい、隊長さんよ。これは一体なんの真似だ? 彼女の反逆は明らかだろうが。俺たちを止めるということは、貴様も奴らの一味と判断するが良いのか? そうなれば貴様の領地も同じく粛清の対象だな? ぎゃはははは───。」

 そんなコーネストを見て、下品な笑いをする副長につられ討伐隊の兵士たちも笑っていた。


「貴様ー、始めからそのつもりで!」

 コーネストは剣を抜くと、副長に突き付けるように向ける。


「はい、反逆確定! お前たち、この男も粛清だ。但し、殺しはするなよ。こいつは俺が直々に処罰する。この俺に偉らそうに指図した報いだ。存分にいたぶってやる!」

『オオーー!』

 討伐隊がコーネストへと斬りかかる。


「くっ!」

 いくらコーネストの腕が兵士よりも数段上だとしても、多勢に無勢ではあっという間に殺られてしまうだろう。

 それでも抵抗しないわけにはいかなかった。


 彼は最期の時まで、一人でも多くを道連れにしようと剣を構える。

「死ねやー!」

 ブン!


 兵士たちが剣を振るも、その瞬間にコーネストの体はその場から消えていた。

「なっ、何だと? 一体どこにいきやがった?」

 副長も混乱するなか、誰かが声を上げていた。


「あ、あそこだ!」

 その男が指差したのは、距離にして百メートル程離れた凌馬たちのいる場所であった。

「バカな、いつの間に。」

 兵士たちが驚愕しているなか、凌馬はコーネストに「無事のようだな。」と声をかけた。


「これは一体?」

 コーネスト自身も、何が起きたのか理解していなかった。

「やれやれ、どうやらあんたも嵌められたってわけか。敵も中々にゲスなことをしやがるな。」


 凌馬は肩をすくめながら、コーネストにそう話しかけた。

「貴殿は一体?」

「今はそんな事を説明している時間もない。さて、アメリーナさん。どうやら敵さんは端から話し合いなんかするつもりは無いようだ。それどころか、今回の件を利用してこの男もまとめて処理しようと考えているようだな。」


「そんな・・・。」

 アメリーナは己の無力さに打ちひしがれ、コーネストは悔しそうに拳を握りしめていた。


「まあ、こうなることは薄々予想はしていたが。こうなっては仕方ないな。あとは俺が対処する。あんたたちは避難民と合流してくれ。」

「そんな、凌馬様だけに押し付けるわけには───。」

 アメリーナがそう答える。


「悪いがおたくらがいたところでどうすることも出来ないだろ。」

「バカな、彼らを一人で相手にするつもりか? 兵の数は三千も居るんだぞ。」

 コーネストは凌馬の発言に声を上げた。


 確かに、凌馬の力を知らないコーネストからしたら凌馬の正気を疑うだろう。

 だが、その強さを目の当たりにしていたアメリーナとブライアスはなにも言えなかった。

 もしかしたら、本当に一人で食い止められるかもしれないと期待していた。


「まあ、どうするかは好きにしろ。ただし、俺の前に出れば巻き添えになるかもしれんから、この場に残るのならば後ろで待っていろ。ブライアスはアメリーナさんの護衛を、あんたも軍人なら自分の身は自分で守れるよな?」

 凌馬はそう言い残すと、三千人の兵の前に進み出ていった。


「アメリーナ様、良いのですか、彼を一人で行かせて? せめて協力して少しでも時間を稼がないと。」

「いえ、私たちが行けばかえって足手まといになります。こうなっては、もう彼に任せるより他選択肢はありません。」

 コーネストはアメリーナの言葉に驚いていた。


(まさか、本当に一人で三千もの軍勢を食い止めると言うのか? そんな事は、高ランクの冒険者であっても難しいはずだ。例え圧倒的な力があろうとも、人間には体力という限界があるのだから。)


(それとも、そうは見えないが彼は高度の広範囲魔法が扱えるというのか。確かに、先程俺を逃がした能力はかなりの実力を伺わせる。それならば、もしかすれば彼らを止めることも可能かもしれん。しかし、それほどの魔法の行使にはかなりの詠唱時間が掛かるはずだ。一体どうするつもりなんだ。)

 コーネストは凌馬の後ろ姿を見ながら、これから起こることを不安と僅かな期待を持って見守っていた。


 凌馬は兵士たちの間近まで近付くと足を止めた。

「おいおいおいおい、こりゃ一体なんの真似だ? 一人でノコノコと出てきやがって。まさか、俺たちを相手に一人で戦おうなんて考えてるんじゃないだろうな?」

 副長がバカにするように笑いながら凌馬に話しかけると、周囲の兵士たちも頭のおかしい奴を見るように笑っていた。


「お前たちを片付ける前に、一つだけ聞いておきたいことが有るんだがいいか?」

「くくくく、正気かお前? あまりにも絶望的な状況にイカれちまったのか。まあいい、好きなだけ答えてやるよ。どうせ直ぐに死ぬ運命にあるんだ。」

 副長が凌馬に先を促すようにジェスチャーをする。


「お前たちの正義とはなんだ? 同じ国の人間を殺してまで、お前たちは何のために戦うんだ?」

 凌馬がそう問い掛ける。


「何を聞くかと思えば、俺たちが戦うのは皇帝陛下がそうお決めになったからだ。シンディ様を見殺しにしたへブリッジ連邦の連中も、戦争を止めようとする反逆者たちもまとめて始末してやる。これは聖戦なんだよ!」

『そうだ、歯向かうやつは皆殺しだ。』

『裏切り者には死を、皇帝陛下万歳!』

 副長の言葉に、兵士たちが同調の声を上げていた。


「下らねーな。」

「なんだと?」

 凌馬が心底下らない理由にため息をつくと、副長が噛み付いてくる。


「下らねーって言ったんだよ。己の正義も、戦う理由も全て人任せか。お前らのような奴らは、いざ自分の立場が危うくなれば全てを人のせいにして自分を正当化するんだよ。てめえの戦う理由や正義くらい自分で考えやがれ。そんな事すら出来ないようなやつが、剣を握るんじゃねえよ!」

 凌馬が吼える。


「言わせておけば、好き勝手ほざきやがって。ならばお前の理由とやらはなんだ? この国に楯突き、反逆者を庇おうとするお前に一体どんな正義があると言うつもりだ?」

 副長の問に、凌馬は躊躇なく答える。


「俺の理由は簡単だ。娘の───ミウの情操教育の為だ!」

『は?』

 凌馬の宣言に、何故か後ろの方からも疑問の声が聞こえてきた。


「分からねーのか? まったく、いいか? 俺の娘はな、それはとても可愛らしくて、繊細で、友達思いの優しい子でな。娘が笑顔になれば周囲はそれこそ花が咲き乱れるように明るくなり、悲しんでいる表情も憂いを帯びているようで、それはそれで魅力的なんだがやっぱり娘にはいつも笑顔でいてもらいたいじゃないか。最近は、精神的にも成長してきて前みたいに頻繁には甘えてこなくなって少し寂しいけど、そうかと思うとパパ、パパって妙に甘えてくるときもあってな。それを見ると、やっぱりまだまだ子どもだなって、俺がずっと守ってやらないとなって思うわけだよ!」

 なぜかノロケ話が始まっていた。


『???』

 周囲の人間たちは、凌馬が何を言っているのか理解できないようであった。


「なんだよ、これだけ言っても理解できねーのか?」

 凌馬はバカなものを見るような目で周囲を見ていた。

《いや、分かるわけない!》


「だからな、そんな優しくて可愛いミウが、友達だけじゃない、周りの人も、いやお前たちのようなクズな人であっても傷付く所を見たら悲しくなって泣いてしまうじゃないか。あの子は純粋なんだよ。」

 酷い言いようであった。


「俺の娘が涙を流すんだぞ。あの優しい心を痛めて、ああ、何て可哀想なんだミウ。そんな・・・、そんな事が許せるかー!」

 ゴオオオオオ──────!

 凌馬が目から流れる涙を拭きながら、可視化できるほどの魔力を身に纏い周囲を威圧していた。


 皆、あまりの言い分に開いた口が塞がらなかったが、凄まじい威圧感を放っていたため誰にもツッコミを入れることが出来なかった。

(コイツ───、ヤバいヤツだ・・・・・・。)


 だが、皆の心は何故か一つになっていた。

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