第六十二話

 凌馬たちが避難民と合流してから五日が経った。

 その日も、凌馬たちによってあたたかい食事をすることが出来た避難民の表情は、少しずつだが明るいものになっていった。


 しかし、凌馬の飛ばしていた偵察用ゴーレムが接近してくる集団の影をとらえたことで事態は一変する。

(やはり、間に合わなかったか。さて、どうしたものか。)

 凌馬は、とりあえず事態の説明をアメリーナと流星旅団へとすることにした。


「本当なのですか?」

「ああ、万一のために偵察を飛ばしておいたから間違いない。このペースでは追い付かれるまで一時間とかからないだろう。ブライアスの方で兵士たちに連絡してくれるか?」

「ああ、直ぐに使いをだそう。それで、いかが致しますかアメリーナ様。」

 ブライアスは部下に指示を出すと、アメリーナの判断を待つ。


『うわああああ。』

『早くにげるんだ!』

避難民たちは討伐隊の存在を知り、混乱を極めていた。


「私は民を少しでも遠くに逃がすために、ここで相手を説得します。少しでも時間を稼いで見せます。凌馬様は民やウィリックのことをお願いできますか?」

 アメリーナはそう決断すると凌馬へと頼み込んできた。


(果たしてうまくいくかな。向こうだってアメリーナがここにいることくらいはすでに承知のはずだ・・・。)

「まあ、護衛の件は俺の仲間に任せておけば大丈夫だ。それよりも、俺も貴女と一緒に行こうと思う。奴らの出方も気になるし、最悪の場合は時間稼ぎに俺もいた方がいいだろう。」

 凌馬の提案に悩むアメリーナ。


「アメリーナ様。私も共に行きます。部下には急ぎ撤退の指示をしておきました。あとは副長が皆を指揮してくれます。私は最期まで貴女の元を離れるつもりはありません。」

 ブライアスは覚悟を決めた表情をしてそう告げる。


 ブライアスはアメリーナ個人に忠誠を誓っており、アメリーナが帝国に嫁いでからはその意義を失いかけていた。

 それが、今回の件は望むものではないが己の忠誠を掛けて戦うことの出来る機会は、ブライアスにとってはずっと求めていたものであった。


「───、分かりました。」

 アメリーナは、説得しても無駄であると悟ると馬車から降りて討伐隊を待ち受けることにした。


「ルドレア、ウィリックのこと頼みましたよ。」

「はい、お任せください。」

 ルドレアはアメリーナに臣下の礼で応えた。


「・・・・・・。」

 ウィリックはなにか言いたそうにしていたが、何を言っても母を止めることは出来ないと理解していた。

 彼女は姉シンディの母なのだ。姉も母に似て譲れないことは決して退くことはなかった。

 その目を見れば嫌でも理解させられてしまった。


「ウィリック・・・、どうか生き延びて───。貴方は貴方の信じる道を行きなさい。」

 それはまるであの日の姉のように、遺言のような言葉をウィリックに残していった。


「ミウとナディはこのまま馬車で先にいっててくれ。カイとソラは護衛に呼び戻す。避難民の護衛はゴーレムたちに当たらせるから大丈夫だ。」

「パパ、気を付けてね。絶対帰ってきてね。」

 ミウは凌馬へと抱き付きながら懇願してきた。


「ああ、勿論だ。俺がミウやナディを残して居なくなるわけないだろ。すこしばかり奴等に警告してくるだけだよ。ナディ、ミウのこと頼むな。」

「はい、凌馬さん、どうかご無事で。」

 ナディも凌馬へ近付くと、離れるのを拒むように強く抱き締めたのだった。


 ミウもナディも凌馬の強さは知っている。しかし、それとは関係なく大切な人が危険な場所に行くことをなにも感じずにいられる人などいない。


「大丈夫だ。直ぐに帰ってくる。」

 二人を安心させるように最後に頭を撫でると、二人の乗る馬車を凌馬は見送った。


 凌馬は心配してくれた二人の気持ちが分かり、なんだか力が沸き上がっていた。

 もともと負けるつもりなど微塵もないのだが、待っていてくれる人がいるだけで不可能は無いと思えてくる。


 凌馬にとって厄介なのは、相手の強さでも数でもなく殺さずにやり過ごす方法を見つけることであった。

 殲滅する方が遥かに楽なのだが、今度の相手は純粋な人間たちのようでありそういうわけにもいかなかった。


 正直、魔物の群れやドラゴンと戦ったほうが気は楽であったのだ。

 まあ愚痴を言っても始まらないと、凌馬は準備をすることにした。


 凌馬たちが討伐隊を迎え撃つ場所は、草原が広がっており避難民たちの逃走したほうには左右に林があり道が狭くなっている。

 追撃するには凌馬たちを何とかしないと、進軍に支障のある場所に陣取っていた。


 ドドドドド───────。

 やがて、遠くから大地をとどろかす地響きが聞こえてきて、アメリーナの目には、馬に乗った帝国の兵士たちが近付いて来る姿が写し出されていた。


「止まれー!」

 ヒヒヒーン!

 討伐軍を指揮していると見られる男の号令により、進軍が止まる。

 討伐隊の数はざっと推定して三千は下らない。

 彼らを止められなければ、避難民たちが虐殺されるのは火を見るよりも明らかだった。


「そこにおられるのはアメリーナ様ですか?」

「そうです。久し振りですねコーネスト。貴方がこの討伐隊を指揮しているのですか?」

 アメリーナは指揮官の顔に覚えがあった。


 前元帥の息子として、何度か顔を会わせる機会があったからだ。シンディの件でお互いに複雑な心情ではあったが、決して険悪な関係と言うわけではなかった。

 むしろへブリッジ連邦からやってきた彼女は、中立派の中核だった彼の父親とは良好な関係とも言えた。


 アメリーナからしたら、話のわかる人物が今回の討伐隊の指揮官である事に希望がわずかに見えてきた。

「お久しぶりです、アメリーナ様。なにゆえアメリーナ様がここにおられるのか話を伺えますか。それとウィリック皇子はどちらにおられるのですか?」


 コーネストはアメリーナに話を聞くことにした。

「私は、今回の帝国とへブリッジ連邦との戦争を止めるために行動を起こしました。その部隊はヴァレール家を───、その領民までをも粛清すると伺いました。しかし、彼らにはなんの非もありません。今回の事は全て私の独断で決めたこと。私の身柄はあなたに預けます。どうかそれで兵を退いて貰えませんか?」


 アメリーナの言葉を聞き、コーネストは決断を下す。

「そういうことでしたら、アメリーナ様の身柄を預からせていただき、一度帝都に戻り対応を協議───。」

「おっと待った、隊長さんよ。何を勝手なことを言っているんだ?」


 コーネストの決定を遮る一人の男。パティシーよりお目付け役として付いてきた男であった。

「何だと。アメリーナ様ご本人が、ヴァレール家の関わりを否定され自分の意志で行動したと認められたのだぞ。ならばヴァレール家を粛清する理由など無いではないか。」


「はぁー、何を寝ぼけたことを言ってるんだか。仮にアメリーナ様とやらが自分の意志で動いていたのだとしても、それは彼女の国を裏切る行為を証明するだけで、ヴァレール家の潔白の証明にはなり得ない。現に、どこの国の者かは知らないがおまけまで付いているようだしな?」

 コーネストの言葉に、どこか小バカにしたような態度で答える副長。


「貴様ー、アメリーナ様に向かってなんと言う口の聞き方を!」

 ブライアスが副長の男に斬りかからんばかりの勢いで吼えた。

「お止めなさい、ブライアス。」

 アメリーナがブライアスを制止する。今剣を抜けば、それこそ戦いが始まってしまう。

 自分達は戦うためではなく、あくまでも民を守るために行動しているのだ。


 ブライアスは頭を冷やすと「申し訳ありません。」とアメリーナへ頭を下げるのだった。


「お前も止めないか。先程のアメリーナ様への暴言は、後ほど報告させてもらうからな。」

 コーネストの忠告にも、意に返した様子もなく口を開く。


「随分と良い犬を飼っているようじゃないか? だが、俺は後ろにいる男たちを見たことがないのだが、果たしてどこの国の者なのかな? お教え願えますかアメリーナ様・・・・・・?」

 副長の言葉に答えに窮するアメリーナ。


「隊長さんよ。俺のことよりも、彼女こそを問いただすべきじゃないのか? 後ろの男たちが他国の者、へブリッジ連邦の間者ならばこれは立派な反逆罪だぞ。シンディ様を見殺しにしたへブリッジなぞ、滅ぼすことを皇帝陛下がお決めになられたのだ。いくら正室と言えど、国を裏切る行為など許されるはずがない。」

「アメリーナ様?」

 コーネストの言葉にも、なにも返答をしないアメリーナ。


「どうやら言い訳も思い付かないようだな。お前たち、構わんからコイツらを始末しろ。アメリーナだけは生かしたまま捕らえるんだぞ。後で皇帝陛下が直々に処罰をされるからな。」

『オオォォーー!』

「なっ!」

 コーネストの命令もなく、総勢三千の討伐隊は動き始めるのだった。

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