第六十一話

「俺は今迷っているんだ。どこまで今回の件に関わって良いのかを・・・。」

 凌馬は自分の胸の内を語った。

 とりあえず、決定事項としてはこの国の裏で動いている魔族は排除する。


 しかし、例え魔族が居なくなったところでこの戦争が止まるとは凌馬も思ってはいなかった。

 アメリーナの話が本当ならば、皇帝の怒りは本物だ。

 それに加えて、軍のトップは強硬派が就いている。


 戦争を止めるためには、皇帝の説得か最低でも元帥の交代は必要であった(どちらも可能性は薄いが)。

 でなければ、新たな皇帝を立てるしかない。それが可能である筆頭がウィリックであった。


 正直こちらも全然名案だとは思えない。

 あのウィリックを皇帝に据えたところで、今回の戦争が止まったとしても次に軍部が暴走することになったら止められるとは思えない。それほどの器をやつには見出だせなかった。


 それに、もしウィリックが皇帝になるのに凌馬が手を貸してしまえば、それは今後ウィリックの行う行動の責任が凌馬にも付いて回る。


 ヤツのせいで無垢の民が傷付くようなことがあれば、ウィリックは勿論のことそれに関わった全ての人間に凌馬は手を下さなくてはならない。

 それだけの人を殺めることになれば自分はどうなってしまうのか。凌馬自身、予測ができない。もしかしたら、今嫌悪しているクロと同じようになってしまうんじゃないかと恐れていた。


 それでもそうなってしまえば、やらなくてはならないのだ。それが、凌馬なりのけじめの付け方なのだから。


「凌馬さん?」

 ナディが言葉を止めた凌馬を見つめる。


「ああ、悪い。さっき言ったことはあくまでも集団としての考えであって、人間を個として捉えるのならば困っている人を前に手を差し伸べてしまうことは当然のことで、正しいと俺は思う。そうしてしまうことに、理由なんてないんだ。集団としては正しい行動だとしても、個人としてそれが正しいとは限らないということだな。ウィリックは人の上に立つ器は正直低いと俺は思う。でも、人として最低限のものはどうやら備えているようだな。」


 凌馬の中では、ウィリックは人としては及第点ギリギリといったところであった。

 いや、身分を考えればそれすら奇跡的だと思っていいくらいだ。(決して、小さな女の子に手を差しのべたから評価しているわけでは断じてない。ここ重要!)


(正直、この世界も上に立つ者にまともなのが余り居ないからな。むしろ、そんな存在は例外の部類だしな。それを考えたらウィリックは、まだましな部類に思える。皇族でありながらあの程度の歪みですんでいるなら。やつの姉が色眼鏡ではなく、弟に可能性を見出だしていたのならいいんだがな。)


 それでも、凌馬が関わる理由としては余りにも弱い。

 もっと何か、凌馬を突き動かすほどのものがなければ───。


 ふと、ウィリックの方に目をやると先程の少女が近付いていくのが目に入った。

「なんだ、もう食料ならないぞ。」

「違うの。お兄ちゃんこれあげる。」

 そう言って差し出してきたのは、少女が抱いていた手作りのぬいぐるみであった。


 それは、きっと少女の宝物なのだろう。所々解れているところが見られた。

「そんなものはいらん。」

 ウィリックはそう言って馬車の中へと入ってしまう。

 少女は落ち込んだように母親のもとへと戻っていった。


(はぁ~、望み薄だな。)


 凌馬はナディを連れて馬車へと戻る。

「パパ!」

 ミウが凌馬を見付けると、抱き付いてきた。


「パパ、みんなお腹を空かせたり何かに怯えてるの。みんなの気持ちが頭の中に入ってくる。」

 ミウが苦しそうに凌馬へと訴えてくる。


(まただ。ユーフィーの件といい、ミウの何らかの能力が成長と共に強くなってきているのか・・・。)

 凌馬は落ち着かせるようにミウの頭を優しく撫でる。

 ミウに懇願されれば、何を置いても優先させる凌馬。それを1%でも他の人にも分けれればなどと考えている存在が居たとか居ないとか。


「よし! 昼はもう間に合わないから、今からみんなの夕食の用意でもするか。二千人近く居るからな。準備だけでも大変だ。」

「本当! ミウも手伝う。」

「もちろん私もお手伝いします。」

 ミウとナディがそう答える。


「ミウちゃん、私も手伝っていい?」

「うん、ありがとうユーフィーちゃん。」

「では私も。」

「あら、何か面白そうですね。私もよろしいかしら。」

「アメリーナ様、私たちが手伝いますので休んでいてください。」


 ユーフィー、ルドレア、アメリーナ、ブライアスまでもが凌馬たちの話を聞いてやって来る。


「ナディさん、俺も手伝いますよ。」

「あっ、ずりーぞ。俺もやらせてください。」

『俺たちも!』


 なんか邪魔な奴らまで群がってきた。しかもヤローどもが。

「お前たちは持ち場に着け!」

『そんな~。』

 ブライアスの一喝で、渋々持ち場に戻る流星旅団。


 凌馬はポーカーフェイスでその様子を見ていた。

 しかし、凌馬は知らなかった。そのポーカーフェイスが全く出来ていなかったことに。


 そして男たちを警戒するように、ナディを自分の後ろへと庇うようにしていたことをナディは嬉しそうに、そして頬を染めて見ていたことを。


「でも、今から準備して間に合いますか? 二千人は居ますよ。」

「パパ?」

 ナディの疑問とミウの不安に凌馬は自信満々に答える。


「大丈夫だよ、ミウ。パパがミウに嘘をついたことあるかい?」

「ううん、パパいつもミウとの約束守ってくれた。」

 ミウが嬉しそうに笑った。


(まあ、スキルで直接出してもいいんだがそれでは味気ないしな。いっちょ本気だしますか。)


(『無職からの脱出シーカー・アフター・ザ・トゥルース』発動。)


 ・料理人和洋中仏伊etc

 我は厨房の錬金術師。どんな食材も天上の料理へと変えてみせよう。ヒミツの調味料は俺の愛だぜ!


○能力値

 ニートと同じ


「さて、それじゃあメニューはおにぎりにするかな。今日の夕食と明日の朝の分で一人四個として八千個強といったところか。」

 凌馬はいざという時ように、大量に用意していた炊きたてのご飯をテーブルの上に置く。


「す、すごい量。」

「これはお米ですか? 凌馬さんはジャーポ出身者何ですか?」

 ユーフィーとルドレアが驚きながら聞いてくる。


「まあ、似たようなところかな。これをこうして・・・。」

 凌馬はおにぎりを実演をかねて作っていく。


「あら、以外と簡単そう。私でも出来そうですね。」

 アメリーナも張り切っている様子であった。


「出来た! はいユーフィーちゃん、味見してみて。」

「ミウちゃん、すごく美味しいよ。じゃあ私のも食べて。」

「うん。ありがとう。」

 二人は仲良く味見をしていた。

 凌馬はニコニコしながら横目で見ていたが、余り悠長にしている時間もなかった。


「さて、それでは本気を出すか。みんなは俺の作ったおにぎりを二つずつにして包みでくるんでくれ。そしたら、このマジック袋にしまって欲しい。」

 しばらくみんなで作った後に凌馬がそう言うと、おにぎりを作っていた面々は包みを前に待機する。


「いくぞ! うおりぁぁぁぁぁぁぁぁぁ─────────。」

 凌馬が具を入れたお米を三角形に握り海苔で包むと、ケースへと置いていく。

 この間僅か0.5秒。

 あっという間にケースにはおにぎりが埋まっていく。


「は、速い!」

「すごいすごいパパ!」

 ミウの声援に、さらに調子に乗る凌馬は僅か二時間でおにぎりを握りきってしまった。


「本当に凄いですね。戦闘だけでなく料理まで得意なんて。」

「いえ、アメリーナ様。これは得意とかもうそんなレベルではありません。凌馬殿貴方はいったい何者なんだ?」

 アメリーナのボケと、ブライアスの突っ込みはさておきマジック袋二十個にそれぞれ百食程の食事を詰めるとおまけの味噌汁を入れた竹筒をセットにして、みんなに配るように兵士たちに渡しておいた。


「明日の分も問題なく用意してある。もし、避難民同士で争いが起きたならその瞬間にもう提供は終わりにする。」

 そう告げるように凌馬は、指示を出しておいた。


「わー、ママ美味しいね。」

「そうね。誰かは知らないけれど感謝をしないとねリリア。」


「───あたたかい・・・、うっうっうっ。」

「俺たちきっと大丈夫だよな。」


 皆暖かい食事に、今までのネガティブな考えが少しだけ和らいでいった。

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