第六十話

(それにしても、魔族の狙いは何だ? へブリッジ連邦を滅ぼすだけならば、帝国の兵をやたらと減らすのは得策ではないはず。それに、領民たちを殺せば国の士気にも悪影響があるのは目に見えている。過去の戦いから、帝国と連邦では決して楽観できるほどの力の差もないはずだ。魔族が前に出ればそれも補えるが、それなら端からへブリッジ連邦にも暗躍するなりした方がよっぽど早いと思うんだが・・・。)

 凌馬は、ミウたちの様子を見守りながら考え事をしていた。


 ガラガラガラ───。


「俺たちこれからどうなっちまうんだ?」

「金も家も失ってどう生きていけっていうんだ・・・。」

「大丈夫だ。きっとジュリクス様が何とかしてくれるはずだ。」

 皆がそれぞれに暗い表情をしながらも、領主であるジュリクスに希望を抱いていた。


 善政を敷き、領民から慕われている彼ならばと。

「くそっ、遅すぎる。こんなんじゃ直ぐに追い付かれちまう。」

「落ち着きなさいウィリック。慌てたところでどうにもなりません。」

 避難民のほとんどが徒歩での移動では、速度など上がりようがなかった。


 こうしている間にも、討伐軍は刻一刻と迫ってきてしまっている。

 そして、避難を誘導している兵士たちの数も決して多いとは言えなかった。


 彼らは各地へと分散して、町や村の領民を魔物たちから護衛をしながら避難を行っている。

 凌馬たちと行動を共にしている避難民も既に二千人を越えていた。


 そして、それを護衛する兵士は三百人ほどで等間隔に隊列を組んでいた。

 仮に魔物が襲ってきても、直ぐに対処が出来るわけでもなかった。


 凌馬はカイとソラに、左右から現れる魔物たちの警戒を指示していた。

 クレナイは最大戦力の護衛として、ミウとナディの護衛に当たらせる。

 何があっても、二人から離れないように厳命をして。


 こうして、魔物たちとの遭遇は最小限に食い止められていた。

「よし、少し休憩だ。」

 予め休憩時間を決めていた護衛の兵士たちは、時間を確認すると避難民に指示を出した。


「昼の休憩のようだな。俺たちもお昼にするか。」

 いつものキッチンが使えない凌馬は、ナディやミウと一緒に簡易コンロを使って昼食の準備をすることにした。


 流星旅団のメンバーも簡素ながらも火を使って、携帯食とスープの昼を用意していた。

「アメリーナ様、ウィリック様。昼食の用意が出来ました。」


「ありがとうブライアス。」

「・・・。」

 ウィリックは、ブライアスから渡された昼食を無言で受け取ると他からは離れた場所で一人で昼食を取ることにした。


ドサッ。

 ウィリックが座って食事を始めようとする。

 じ~~~。

 横からものすごい視線を感じたウィリックがそちらを向くと、まだ幼い少女がウィリックの持つ食料を見つめていた。


「な、なんだお前は。」

 ウィリックは思わず少女を警戒するように声をあげてしまう。


 ぐぅ~~。

 少女のお腹からそんな音が響いてくる。

 ウィリックは、そんな少女と自分の手に持つ昼食を見ていた。


 ・

 ・

 ・

『ねえウィリック、貴方にお願いがあるの──────。』

 ・

 ・

 ・


 ウィリックはあの日の出来事を思い出していた。

「お前───。」

「申し訳ありませんでした。娘が失礼なことを。どうかお許しください!」

 ウィリックが言葉を発する前に、彼女の母親と見られる女性が駆け付けてきて抱き締めると、娘をかばうようにしてウィリックに謝罪をしてきた。


 ウィリックの服装は皇族としては質素なものであったが、平民から見ればそれでも身なりの良い明らかに平民とは身分の違いが見てとれた。


 そんな人物に、平民が粗相でもすれば何をされるか・・・、最悪殺されたとしても文句を言えないのが現実であった。


「ほら、リリア。お母さん食べ物見つけてきたから、向こうへいきましょう。」

 ウィリックに頭を下げてその場を後にしようとする二人。


「待て。」

 ドキッ。

 呼び止められた母親は、何かされるのかと娘を必死に守るようにしてウィリックへと向き直る。


「お前、腹減ってるのか?」

 そう問われた少女は、ウィリックへと頷いていた。

 ウィリックは、母親が森の中から見付けてきたのか木の実等が僅かばかり握られているのを見る。


「・・・・・・これを持ってけ。」

 ウィリックは手に持っていた昼食をリリアへと差し出す。

「いいの?」

「そんな、頂くわけには・・・。」

 母親が恐縮するなかウィリックは押し付けるようにして渡すと、その場を後にする。


「お兄ちゃん、ありがとう。」

 そんなリリアの言葉を後ろに聞きながらウィリックは馬車へと戻っていく。


「どういうつもりだ?」

 その様子を見ていた凌馬は、ウィリックへと問いただすように声をかける。


「何がだ? お前には関係ないだろ。」

「確かに関係はないが、お前はあの親子をどうするつもりなんだ?」

「どうするって、別にどうもしねーよ。」

 ウィリックは凌馬が何を言いたいのかが分からなかった。


「あれを見ろ。」

 凌馬が指差す先には多くの避難民たちがいた。


「うわーん、お腹すいたよー。」

「お願い。もう少し我慢して。もうすぐパパが何か持ってきてくれるから。」


「ううう、もう駄目だ。わしのことはもういい。お前たちだけでも逃げてくれ。」

「何言ってるの、おじいちゃん。もう少しだから頑張って。」


「お腹すいた・・・、もう動けない。もう嫌よ。どうせ逃げたってこんなんじゃ生きていけない。家もお金も失って・・・、どうやって生きていけばいいのよ。」

「大丈夫だ、俺がきっと何とかして見せる。こんなところで諦めるな。」

 そこには避難民たちの状況が見てとれた。


「お前が食料を渡した親子が特別なんかじゃない。ここに居る皆が、家や財産を失い行き場すらも無くしている。お前は彼等をどうするつもりなんだ?」

「どうするも何も、俺には何もできないだろ。」

 ウィリックは凌馬へと答える。


「では、あの親子はどうする? 明日も食料を分けてやるのか? それとも一時の同情で助けて、そのあとは無責任に投げ出すのか? 避難民を守っている兵士たちだって、本当は弱い立場にある子供たちや女性、年寄りを手助けをしたいと思っているさ。でもな、自分達の食料まで渡して肝心の戦いの時に力を発揮できなければ、より多くの避難民を救えなくなる、本末転倒だ。それに、個別に誰かだけを助けたりすれば避難民の中にも不満は生まれてくる。人間ってのは他人を思いやれる優しさを持つが、同時に対応に差があればどうしても恨み妬みは生まれてしまう。特にこんな極限状態で自分に余裕がなければな。」

 凌馬はウィリックの目を見る。


「この状況で、そんな事になればもはや収拾がつかなくなる。全ての人を手助けできない彼らは、だから最低限の対応しか出来ないんだ。だいたいお前は、国民は国の犠牲になるのは当然だと言っていただろうが? なぜ助ける?」

「あ、あれは、あんな食事は俺の口に合わないから捨てるつもりで渡しただけだ。助けた訳じゃない。」

 ウィリックは凌馬に言い訳をするようにそう返すと、その場を逃げるように離れていった。


「凌馬さん、どうしてあんなことを。何もあそこまで言わなくても・・・。」

 凌馬とウィリックに気が付いたナディが、凌馬を少し責めるように言葉を掛けてきた。


 凌馬の元へと近付くナディは、少し責めるように目で凌馬を見ていた。

「ナディか。別にヤツを責めていたわけではないんだ。ただあいつの心を知りたかったんだ。何を考えて行動していたのかを───。」


 凌馬は言い訳ではなく本心からそう考えていた。

「それに、俺の言ったことは事実だ。人間を集団としての生き物と捉えるならば、上に立つ者としてあいつの取った行動は考えなしの愚かなものだろう。」

「でも・・・。」

 ナディは凌馬に何か言いたそうにしていた。


「分かっている。あの時、全てを捨ててでもナディを助けようとした俺にそれを言う資格はないよな。」

「ずるいです。そんなこと言われたら何も言えないです───。」

 ナディが下を向いて黙ってしまったのを見て、失言だったなと凌馬は反省をする。


「ごめんな、ナディ。君を傷つけるつもりじゃなかったんだ。俺のミスだった。」

 凌馬はナディを優しく抱き締めていた。

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