第五十九話

 ガラガラガラ──────。

 凌馬たちは今、流星旅団と共にムーランス帝国とへブリッジ連邦の国境付近のヴァレール家(穏健派)の領地へと向かっていた。


「ダウト!」

「あちゃー、ユーフィーちゃんもミウに負けず劣らず凄いな。もうコツを掴んだようだね。」

「ユーフィーちゃん、やったね。」

「ありがとう。このトランプって面白いね。」


 今、ユーフィーとミウは凌馬の馬車に乗り、一緒にトランプゲームをやっていた。

 流石に、異世界の家電類や情報の載ったもの、キッチンに風呂を設置しているところ等を見られるわけにもいかなかったので、通常の馬車の空間を広げる程度の(それでもかなり貴重だが)ものに偽装していた。


 それでも、中には凌馬、ミウ、ナディ、カイとソラ、ユーフィーとイシュムが乗っても十分な空間を保持していた。

(ちなみに御者席にムラサキとクレナイ)。


 馬車は集団の中央を走っており、アメリーナとウィリックの乗る馬車の真後ろにいた。

 敵が魔族という強敵であるため、直ぐに守れる位置に居るように頼まれたためだ。


「はい、ユーフィーちゃん。チョコレート。」

「ありがとうミウちゃん。ん! おいしい!」

 ミウはこの数日、何時もユーフィーと一緒に遊べてご機嫌な様子であった。


 今回巻き込まれた件については不本意だが、ミウの笑顔がこんなに見られるだけでチャラでも良いような気になってきた。


「ガウガウ。」

「グルルル。」

「クゥン。」

 ミウとユーフィーの相棒たちも、お互いに何やら話しているようであった。

 何言ってるか全くわからなかったが、二人の後ろで伏せて仲良くしていた。


 凌馬はこの機会に、ユーフィーからオンハルト家との関わりについて聞くことにした。

「私たちの曽祖父母と祖母がオンハルト家に救われたってお母さんから聞きました。」


 ユーフィーの話によると、曾祖父母はジャーポという国の出身で村が疫病に襲われて、避難した時に行く宛のない彼等がオンハルト家の世話になったことがきっかけだったらしい。


 その恩返しに、オンハルト家に仕えるためへブリッジ連邦へ渡った曾祖父母たち。

「イシュムはお祖母ちゃんが子供の頃、ジャーポに居たときに仲良くなって育てていたんだって。」


 どうやらユーフィーの祖母はレアなスキルを持っていたらしかった。

 魔物たちをテイムする能力。そして、それは隔世遺伝としてユーフィーにも引き継がれていた。


「イシュムは私が生まれたときから何時も一緒に居てくれて、私をずっと守ってくれていたの。」

「グルルルル。」

 ユーフィーに撫でられて気持ち良さそうに喉をならすイシュム。


「お姉ちゃんは、シンディ様の護衛や相談相手に五年前からこのムーランス帝国に来ることになったの。でも、そのシンディ様も亡くなってきっとお姉ちゃん落ち込んでる・・・。」

 ユーフィーが悲しそうにするなか、ミウはユーフィーを慰めるように手を取っていた。


「お姉ちゃん言ってた。シンディ様が亡くなる前に、弟のウィリック様を頼まれたって。どうかウィリック様を支えてやってほしいって。」

 ユーフィーの話を聞き、凌馬は頭を抱えたくなった。


 同い年の少女たちが、気を許せる相手が少ない中で一緒に育っていった。それは、主人と仕える者という関係を超越して、親友同士になることは想像に難くない。

 今のミウとユーフィーのように───。


 その親友が最期に言い残した言葉は、何をおいても守ろうとするだろう。

 これは説得がますます難しいと思った。


(あんなクソガキ守る価値もないというのに。余計なことを言ってくれたものだ。)

 凌馬は会ったこともないシンディに、恨み言を言いたくなっていた。



─帝都─


「あらっ、そこにいるのはコーネスト様ではありませんか?」

「これは、パティシー様。私に何か用ですか?」


コーネスト・・・バスリル家現当主。前元帥の父はシンディの件で失脚し隠居。現在一将軍の地位にいる。


「あら、つれない言葉ね。まあいいわ。それよりも、アメリーナ様とウィリック様の行方は分かった?」

「現在全力で捜索に当たらせています。」


パティシー・・・フォスター家当主・現元帥の娘。現皇帝ムーランス七世の新たな妻。


 パティシーは、コーネストへ近付くと意地の悪い笑みを浮かべていた。

「それについて何だけど、どうやらお二方を連れ去った事にヴァレール家が関わっているようよ。」

 眉を顰めてコーネストは問い掛ける。


「それは一体どこの情報ですか?」

「極秘の情報源でね。それで貴方に父から伝言。直ぐに兵を引き連れてヴァレール家を粛清なさい。勿論、領民もろともね。」


「お待ち下さい。証拠もないのにいきなり粛清とは。それに領民もろともなど、同じ帝国民なのですぞ。ヴァレール家ならば私が行って話を伺ってきます。処分はそれからでも・・・。」

 パティシーから告げられた事に拒絶を示すコーネスト。


 しかし、コーネストの言葉に冷酷に告げるパティシー。

「あら? あらあら、何か勘違いをしているようだけれども───、これはお願いではなく命令よ! コーネスト、直ちにヴァレール家を討ちなさい!」


「くっ! 承知しました。」

 コーネストは踵を返すとその場を離れようとする。


「あー、それと兵は私の者たちを連れていきなさい。補佐には私の腹心を付けます。貴方なら心配入らないと思うけど、お父上の二の舞にならないように念のためにね。そうでないと、貴方まで罰しなくてはならなくなっちゃうもの。」

 むしろ、それを望んでいる事くらいコーネストは理解していた。



─アメリーナ─


 無事ヴァレール家の領地へと到着をすることができた凌馬たち。

「何だ、何か町の様子が変じゃないか?」

 流星旅団の一人が、町の様子の異変に声を漏らす。


「おい、早くしろ。」

「なんでこんなことに・・・。」

「えーーーん!」

 町の人々が何やら避難をしているようであった。


「一体何が起きているんだ? おい、誰か話を聞いてくるんだ。」

 直ぐに団員が動く。


 そして、事情を聞いてきた団員から信じられない情報を耳にする。

 間もなくこの領地に、ヴァレール家討伐の部隊がやって来ること。そして、領民もろとも抹殺しようとしていることを。


 実は、命令を下されたコーネストは直ぐにヴァレール家へと密偵を飛ばして、警告をしていたのだった。

 ギリギリの綱渡りをしていたコーネスト。

 もしばれれば相手の思うつぼであったが、彼にとっては到底容認できない命令であったため、そうするより他無かった。


「皇帝は一体何を考えているんだ。」

 団員たちが話すなか、ブライアスがアメリーナへと進言する。

「アメリーナ様、こうなっては一刻も早くへブリッジへと亡命をしなくては。最早戦争を止めることは誰にもできません。」


「お待ちなさい。彼らはどうなるのですか。」

 避難をする中には、小さな子供や老人たちの姿も見られた。


「彼らはヴァレール家の兵士に任せるしかありません。」

 ブライアスの言葉に目を閉じるアメリーナ。


「私は、帝国民や祖国の国民に無駄な血を流させないために行動したのです。ここで彼等を見捨てて、一体何のためにへブリッジへと行くというのです。私にはそんな事は出来ません。彼等を護衛しつつ、ヴァレール家へと目指します。もしもの時は、貴方はウィリックを連れて亡命してください。私が時間を稼いで見せます。」


「しかし───。」

 アメリーナは最早覚悟を決めたようであった。命懸けで討伐軍を説得する事を。


「凌馬様。もしもの時は、ウィリックをよろしくお願いいたします。」

 頭を下げて凌馬へ懇願するアメリーナ。


「母上がそんなことする必要はないじゃないか。平民なんてどうなろうと俺たちに関係ないだろ。」

「ウィリック。貴方は姉の、シンディの願いを忘れたの? あの子が最期まで願っていたことを。それを母である私が見て見ぬふりなど出来ません。」

「!」

 ウィリックは言葉を詰まらせると、拳を握りしめていた。


「良いのか。多分貴方は死ぬことになるぞ。」

「構いません。既に戦争を止めることはもう私では出来ません。ならば、一人でも多くを救うために行動したいと思います。それが、私の最期の願いです。」

「そうか・・・。」

 凌馬はそれ以上、何も言わなかった。



─ウィリック─


 馬車の中で一人、ウィリックはひとつのペンダントを見つめていた。

「姉さん・・・、俺にどうしろっていうんだよ───。」


 ・

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 ・

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『久しぶりだね、ウィリック。』

『なんだよ姉さん、体調が悪いんだから起きてたらダメだろ。』

 ウィリックは、病に伏せていたシンディから呼び出しを受けて、人払いのされた彼女の部屋にやって来た。


『大丈夫、今日は調子が良いの。』


 本当はあまり来たくはなかった。自分よりも遥かに優秀な姉。

 陰で人々が自分ではなく、出来ることならば姉にこの帝国の後を継いでほしいと皆が陰口をしていることなど承知していた。

 シンディが女性であることと病の件が、ウィリックが後継者に選ばれている理由なのだから。


 昔は、こんな風じゃなかった。何時からだ? 何時から俺はこんな風になってしまったんだ?

 ウィリックが心の中で自問していると、シンディが突然告げてくる。


『貴方に渡したいものがあってね。』

 そう言うとシンディはウィリックにペンダントを見せる。


『何だよ。それは姉さんが父上から貰ったやつじゃないか。それ一番のお気に入りなんだろ? 大切な行事のときは必ず着けてたじゃないか。』

 そんなものは受け取れないとウィリックは断る。


『どうしても貴方に持っていて欲しいの。』

 シンディはウィリックを見つめて強く懇願してきた。


(なんだよそれ。それじゃまるで・・・・・・。)

 遺言みたいじゃないかと頭によぎった言葉を振り払う。


『分かったよ。姉さんが良くなるまで俺が預かっておくよ。まあ、父上が今姉さんのために必死に動いてるからな。直ぐに薬だって調達してくるさ。父上は姉さんにだけは甘いからな。』

 その言葉に苦笑するシンディ。


『ねえウィリック、貴方にお願いがあるの──────。』


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 それが、ウィリックがシンディと話した最期であった。

 翌朝、シンディはベッドの上で静かに息を引き取った。

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