SS. ヒロイックテイル
これは人知れず世界を救うことになる、救世主の物語である。
後世に遺すために、今英雄譚を開示することにしよう。
それは、なんの変哲もない平和な朝の風景から始まった。
「そういえば、こっちの世界には誕生日とかあるのかな?」
凌馬は素朴な疑問を口にしていた。
「誕生日ですか? ええ、勿論ありますよ。その月の決まった日にまとめて行われるのが恒例ですが。」
ナディが言うには、この世界では月単位で誕生日を祝う風習らしい。
「ナディの誕生日は何時なんだ?」
「私は後二ヶ月先ですね。ミウちゃんはどうなんでしょうか?」
ナディの疑問に凌馬は直接聞くことにした。
「ミウは自分の生まれた日とか分かるかい?」
「んーん。分かんない。」
「そうか~。」
凌馬が腕を組みながら考えていると、ナディが聞いてくる。
「凌馬さんはどうなんですか。向こうとこちらでは違うとは思いますが。」
凌馬は、自分の使っていたスマホを取り出すと日付を確認していた。
「あー、向こうの暦ではそろそろだったな。また一つ年を食ってしまうのか・・・。」
もう、この年になると自分の誕生日など嬉しくもなんともなかった。
特に、ひとり寂しく過ごす誕生日ほど虚しいものはなかったから。
そんな話をしていた凌馬たち一行は、とある街に辿り着くと久々の安息の時間を過ごすことになった。
「ようこそいらっしゃいました。お部屋の方はどういたしましょうか?」
「そうだな、ナディどうしようか? ナディさえ良ければ一部屋で行きたいんだが?」
「ええ、私は構いませんが・・・・・・。」
ナディがそう答えようとすると、ミウがなにやらナディに耳打ちをしていた。
「あの~、やっぱり別々にしても良いでしょうか?」
「えっ、あ、いや、それならばしょうがないが・・・。」
ナディが申し訳なさそうにして答えていた。
「じゃあ、ミウはパパと同じ部屋でいいよな。」
凌馬は、当然のことのようにそう部屋割りを決めようとしていた。
「ミウ、ナディお姉ちゃんと一緒が良い!」
「えっ!」
凌馬の時が止まる。
「凌馬さん。ミウちゃんは私が見ていますから安心してください。たまには一人でのんびり過ごすもいいと思いますよ。」
ナディにそう促されるまま、二部屋を取るとミウとナディは部屋へと行ってしまう。
「凌馬様?」
ムラサキとクレナイが凌馬に問い掛けてくる。
「あ、ああ、二人はミウとナディのことを頼む。俺は少し風に当たってくる。」
そう言うと、凌馬は一人ふらふらと外へと行ってしまう。
「ミウに・・・、ミウに拒絶された・・・。まさか! もう反抗期が来てしまったのか? 思春期特有のもうパパとはお風呂なんて入らないとか、洗濯は別々にしてとか世の父親を地獄の底に叩き落とすと言うあの───────。」
凌馬はかつてない戦慄を感じていた。
「嘘だ・・・・・・。でも、それはミウが成長していると言う証の裏返しでもある。それを父親である俺が受け止めるべきものなのかもしれない。例え、もう一緒に料理をすることができなくても! 一緒の布団で寝られなくても! 一緒にお風呂に入れなくても!──────俺はそれを────うけっ───受け入れ────受け入れられるかどちくしょおーーーーー!」
凌馬は叫び声を上げながら、街の外へと駆け出していってしまった。
「なんだぁあれ?」
「さあな、季節の変わり目にはへんなやつが湧くっていうしそれじゃないか?」
凌馬の奇行を見た男たちは、そんな感想を漏らしながらも家路へと着くのであった。
─とある森の奥の遺跡にて─
「くっくっくっ、ついにこの時が来た。俺の才能を妬み追放しやがった愚かな凡人どもめ! 俺様の力でこの世を終わらせて、お前たちに地獄を見せてやる。」
ローブを来た男がそんな不吉なことを言うと、遺跡の魔方陣が怪しい光を放ち始める。
「さあ、出でよ。
男がマジックアイテムを使用すると、地鳴りとともに結界の紋章がひび割れていく。
ゴゴゴゴゴゴ、ビシビシビシビシ、バリーーン!
遂に紋章は破壊され、それとともに周囲を尋常ではない気配が支配し始める。
「俺様を呼び出したのは誰だ?」
威圧感のある低い声でそう問い掛けてくる
「おお! やはり伝説は本当であったか。俺だ、俺が封印から解き放ったのだ。」
男はそう声高に訴えた。
「俺様を呼び出すということがどういうことか分かっているのか?」
「ああ、こんな下らない世界滅びてしまえばいい・・・ひひひ。」
狂気に支配された男はそう言って笑っていた。
「そうか、ならば望み通りにしてやろう。うん? ちょうど良いところに供物が向こうからやって来たようだ・・・。」
ルホニルスが視線を向けていた方向から一人の男がやってくる。
「パパ、もう一緒の布団で寝るのは恥ずかしいから私の部屋欲しいとか・・・、この年でパパとお風呂なんか入るわけないでしょとか・・・、ナディお姉ちゃんと出掛けるからお小遣い頂戴。あっ、パパは付いてこないでとか・・・、」
なにやらぶつぶつ呟きながら近付いてくる。
「フッフッフッ、ついてなかったな。だが俺様の最初の生け贄になれるのだ。光栄に思えよ?」
ルホニルスは凌馬へと話し掛ける。
「あっ、パパいたの? 彼はボーイフレンドのケン君よ。今から部屋に行くけど入ってこないでよ。ケン君いいから私の部屋に行こう・・・・・・、なんて許せるかぁーーーーー! 貴様の命は今日までだケーーーーーン!」
自分の世界に入り込んでいる凌馬は、目の前の光景など眼中になかった。
「おい貴様! 何を訳のわからないことを言っている。この俺様を無視するでないわ!」
自分の存在を空気のように扱われ、少し焦るようにルホニルスは告げた。
「ああ?」
凌馬が機嫌悪く視線を向けた先には、闇よりもなお暗き漆黒の気配を纏った魔物であった。
「全く、ようやくこちらに気がつくとは。俺様をこんな扱いするなんて、昔の大戦のときでは考えられないことだぞ。喜べ下等な人間よ。貴様はこの俺、ルホニルス様の生け贄になり俺様が世界を滅ぼして新しい世界を創造するのに協力できるのだ!」
ルホニルスは、胸を張るようにして主張してきた。
「世界を滅ぼし新たな世界の創造・・・・・・、リセット! そうか、その手があったか! ミウに近づく可能性のある男どもはすべて消し去り、ミウに悪影響を与えることのない世界を俺の手で造り上げるんだ!」
凌馬は天啓を得たというように拳を握りしめながら高らかに叫んでいた。
《いや、ねえよ!》
相変わらずのツッコミはスルーされていた。
「クックックックッ。感謝するぞそこのお前! ようやく解決策が出た。あとは実行するのみ。あーはっはっはっはっ────────!」
ゴオオオオオ──────!
凌馬はそう言うと、漆黒よりもなお暗き全てを飲み込むかのごときブラックホールの様なオーラを纏っていた。
「なっ、なんだこやつは! 一体この禍々しい気配はなんなんだ──────。」
《いや、お前が言うなよ・・・・・・。》
ルホニルスは凌馬の発するオーラに、完全に気圧されていた。
・
その者の哀しみは海を割り、大地を砕き、空を切り裂く。哀しみの深さほど能力は上昇する。
ケン、今日が貴様の命日だ!
《いや、だからケンって誰だよ?》
スキル
◯
邪魔なもの全てを滅ぼし、ミウのために男(自分以外)の居ない世界を造り上げる。
「貴様ノ力、俺ノ為ニ使ワセテモラウゾ!」
邪神リョーマはそう言うと、ルホニルスに近付いていく。
「何なんだよお前は? 来るな! 俺様を誰だと・・・。」
ガシッ!
邪神リョーマに掴まれたルホニルスは、身動きを封じられる。
「ちっ力が───。」
「世界ヲ滅シタイノダロウ? ナラバ貴様モ協力シロヨ。」
邪神リョーマによって、ルホニルスの力は急速に奪い取られていく。
「こんなバカなーーーーー!」
ルホニルスは最後の絶叫を上げて、この世界から消え去っていく。
「あっあっ、あり得ない。こんなことが・・・。」
全てを見ていたローブの男は、震えながらそう呟いていた。
邪神リョーマは、ついでとばかりにそちらを向く。
「オ前モ協力スルカ?」
「ひーーーー! 助けてーーーー。」
男は逃げ出していってしまう。
「マアイイ、コレデ・・・。」
邪神リョーマは元居た街の方へと戻っていく。
街にたどり着いたリョーマは、宿の部屋の扉の前で佇んでいた。
ガチャ!
「あれ? パパ?」
扉が開き、そこには首をかしげてリョーマを見ているミウが居た。
「ミ、ミウ・・・。」
リョーマに残っていたわずかな理性が、ミウを見て動揺させていた。
(この俺様がこんなことでやられてなるものか。この男の精神を乗っ取っていつの日にか復活してやるぞ!)
吸収されたルホニルスはいまだ諦めていなかった。
「あのね、パパ。はいこれ!」
そう言って一枚の紙を渡してくるミウ。
「コレハ───。」
リョーマがその目で見たのは、凌馬とミウとナディ、ムラサキやクレナイ、そしてカイとソラが皆で仲良く笑いながら一緒にいる絵であった。
「あのね、パパもうすぐ誕生日だって言ってたから、一生懸命描いたんだ。」
ミウは凌馬を見ながらモジモジしてそう告げていた。
「ア・・・ア・・・。ミウ・・・良かった、反抗期じゃなかったんだな!」
ガシ!
凌馬はミウを抱き締めると、涙を流しながら喜んでいた。
「反抗期?」
「いや、なんでもないこっちの話だ。」
凌馬は誤魔化すようにしてミウに答えた。
「それにしても上手に描けているな。みんな幸せそうで良い絵だ。やっぱりミウは天才だなー!」
凌馬は、ミウの頭を撫でながらそう言っていた。
「えへへ。パパお誕生日おめでとう。これからもずっと一緒に居ようね。」
そう笑いかけてくるミウに凌馬の心は浄化されていく。
(なんだこの光は・・・、まぶしい───意識ガ・・・消エテイク・・・・・・。)
そうして、今度こそルホニルスは完全にその存在を消し去られてしまうのだった。
「あら、凌馬さん。おはようございます。どうですかミウちゃんの絵。上手に描けていたでしょう? 昨日夜遅くまで頑張って描いていたんですよ。」
ナディも部屋から出て来て、凌馬にそう告げていた。
「ナディおはよう、昨日は色々ありがとうな。この絵は我が家の家宝にしないとな。」
凌馬が絵を汚さないよう額に入れると、大切に保管していた。
そんな様子に、ナディが微笑ましそうな視線を向けていた。
「それじゃあ、朝食にしようか。今日はお礼に御馳走にしよう。」
「あっ、凌馬さんそれは・・・。」
「あのね、パパ。今日の朝ごはんはミウとお姉ちゃんで作ったの。ハンバーグなんだけど。」
ミウがそう言うと、凌馬はさらに感激してミウを抱き締めると、頬にキスをしてお礼をするのだった。
こうして、平和な日常は戻ってきた。
邪神リョーマによる世界の滅亡の危機から、救世主ミウの活躍により世界は救われたのだった。(ついでにルホニルスも)
─街の検問所にて─
「本当なんだ! 古の魔物を復活させたのに、それを上回る怪物が現れてそいつを吸収してしまったんだ。もうすぐやつがこの世界を滅ぼしにやってくるぞ。早く何とかしないと───。」
「あー、ハイハイ。それは大変ですね。ちょっとおじさんたちに付いてきてくれるかな?大丈夫、怖いことはないからね。」
ローブの男は、そう言って街の兵士たちにどこかに連れていかれてしまう。
「なんだぁあれ?」
「さあな、季節の変わり目にはへんなやつが湧くっていうしそれじゃないか? 昨日も何かいたし。」
「そうかぁ、俺も気を付けないとな。」
そう言って、男たちは仕事場に向かって行くのだった。
─余談─
ミウに抱きついた凌馬。
「あれ、パパちょっと汗臭い?」
凌馬が、速攻で風呂に入ったのは言うまでもなかった。
頑張れミウ。この世界の存亡は君の純真無垢な心に懸かっている。
いや、マジ頼みます!
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