第41話

「ふわああああーーー!」

 凌馬は大きな欠伸をしていた。

「あれ、凌馬さん。昨日は夜更かしでもしていたのですか?」

「パパ、おはよう!」


 宿の部屋から出てきた凌馬に、昨日は一緒だったミウとナディが話し掛けてきた。

「おはよう、ミウ、ナディ。いや~、昨日はなんだか寝付けなくてね。つい夜更かししちゃったよ。」


 そう言うと、凌馬は頭を掻きながら何かを誤魔化すように笑っていた。

「ミウたちは昨日はどうだったんだい?」

「えっとね、お姉ちゃんとカイとソラとムラサキと一緒に街を色々見て回ったんだ!」


 ミウは嬉しそうにそう答えてきた。

「すみません、凌馬さんが大変なときに私たちだけで楽しんでしまって・・・・・・。」

 ナディが申し訳なさそうに告げてきた。


「いいんだよ。それにミウも喜んでいるので俺も助かっているし。」

「えへへ。」

 ミウはナディと仲良く手を繋いで、とても嬉しそうにしていた。


 そんな光景を見られるだけで、凌馬としてはナディに感謝してもしきれない気持ちだった。

「さあ、朝食にしようか。」

 二人と共に食堂に向かう凌馬。


 二人と一緒に食堂で朝食を食べると、ターニアの様子を確認しておきたいと思い教会にいくことを告げると、二人も付いてくると言ってきた。


「そうか、まあそれほど時間も掛からないだろうから、その後にでも今日はパパと一緒に遊びにいくか?」

「うん! やったー。今日はパパと一緒!」

 ミウが抱き付いてきたので、抱えあげると教会へとみんなで向かうことにする。


 ざわざわざわ──────。


 教会の周りには、多くの人たちが集まっておりどうもただ片付けをしているだけではないと悟った。

「ナディとミウたちはここで待っていてくれ。ちょっと様子を見てくる。」


 凌馬は、ムラサキとカイとソラに護衛を頼むと人だかりを掻き分けて教会の敷地内へと入っていく。

 すると、凌馬の視線の先にターニアがちょうど入ってきたので事情を聞くことにした。


「ターニア、一体何事なんだこの騒ぎは?」

「あっ、凌馬さんいらしていたのですか・・・・・・。凌馬さん、もしかして貴方が・・・・・・?」

 ターニアは、何か言いにくそうにそう呟いてきた。


「?」

 なんのことか分からなかったが、取り敢えず兵士たちが多くいる所にターニアと向かうと衝撃の光景が目に入ってくる。


なんだこれは・・・・・・?」

 そう、凌馬の目には今回の事件でヤマタノオロチたちに良いように利用されていた教会関係者たちの首だけが、うず高く積まれている不気味な光景であった。


「いや・・・、違う。俺はこんなことは・・・・・・していない。」

 凌馬は、そう誰にともなく呟いた。


 凌馬は確かに、昨夜皇都から逃げ出していった教会関係者たちを襲撃はした。しかし、それは財産の没収をして奴らに残りの人生を罪を償わさせるためにやったのだ。


 断じて、殺してなどいなかった。

 もちろん、心情的には殺してやりたいこと山々だったが。

「それでは一体誰が・・・・・・。」

 ターニアも考え込む。


(こんなことをするようなヤツなんて・・・。)

 凌馬が考え込んでいると、見知った魔力を放つ気配に気が付いた。

 そちらに視線を向けると、気配は動きだし皇都の外へと向かっているのが感じ取れた。


(逃がすか!)

 凌馬は、後を追うために人垣を飛び越えると屋根伝いに向かう。

 行きなりの凌馬の行動に、ターニアを始めとした周囲の人達の驚いた視線を集めていた。


「凌馬さん!」

「パパ?」

 ミウたちもその行動に気が付いたが、凌馬のスピードには付いていくことが出来なかった。


─皇都から数キロ離れた草原にて─

「やあ、待っていたよ。」

「やはりお前の仕業か、クロ!」

 凌馬は気配に追い付くと、その人物は動きを止めて凌馬の事を待っていたのだった。


「そんなに慌ててどうしたんだい?」

「どうしたじゃないだろう! 一体何を考えているんだ!」

 クロは凌馬を逆撫でするように、まるで友人にでも話し掛けるように明るくそう聞いてきた。


「何って、何か君に迷惑でもかけたのかな? 僕はただ魔物に生け贄を捧げるような下衆どもを駆除しただけじゃないか。感謝こそされ、君にそんなことを言われる筋合いはないんだけどな。」

 肩を上げて凌馬に告げる。


「お前、本気で言っているのか? なんで殺したんだ。アイツ等にはそれにふさわしい今後の人生を用意して、償わせようとしていたのに。」

 凌馬の言葉を聞くと、心底驚いたようにクロは聞いてきた。


「まさか君からそんな発言が出るとは意外だよ。君だって奴らには生きる価値などないと考えていたんじゃないのか? 君の目を最初に見たときから分かっていた。君も僕と同類だとね。」

 凌馬は、その言葉に反論できずにいた。


「それに彼らによって殺された人たちにとっては、彼らが今さら反省なんかしたところでなんの慰めになる? それどころか、また新たな犠牲者が彼らによって生まれるかもしれない。その芽を刈り取ったにすぎない。」


「お前・・・。」

 凌馬としても、本当はクロと同じような思いもあった。だが、ナディの命も助かり魔物の驚異もなくなくなったことから、どこかで心にブレーキがかかっていた。


 もしもナディがその命を落としたのならば、教会やこの国の城を丸ごとこの地上から消滅させるくらいはしていただろう。


「クックックッ。そうか、君はまだ大切な人を失った経験がないんだね。だからそんなあまっちょろいことを言ってられるんだ。そして、どこかで直接人殺しに手を染めることにも忌避感を持っているようだね。」


 クロの発言に凌馬は何も言えなかった。

 確かに、日本人として育った経験から人殺しに抵抗を感じていることも事実だった。

 もちろん、その覚悟がないわけではなかった。しかし、一歩でもそこに踏み入れれば決して戻らない何かがあることも悟っていた。


 だからこそ、凌馬は地球にいたころの倫理観に縛られていた。それを打ち破ることなどクロの言ったように、自分の命よりも大切な人を失うようなことでもなければ・・・。

「まあ、良い。いずれ君も知ることになるだろう。もし、このまま僕の邪魔をし続ければ何れはね。」


「何だと!」

 凌馬はクロを睨み付ける。

「その時、君は今みたいなことが言えるのかな? 断言するよ。君もいずれ僕のように、人殺しに何の抵抗もなくなるときが来る。君の大切なものを奪われそうになったときなのか、或いは全てを奪われた後でね。」


 クロの言葉を遮るように聖剣を振り払うと、クロはあっさりと躱し凌馬から距離をとる。


「せいぜい、今の内に大切な人と思い出を作ることだ。いつまでそうしていられるか分からないのだから。」

 クロはそれだけを言い残すと、転移魔法でどこかへと消えてしまう。


 凌馬はクロに感じていた嫌悪感の正体に気が付いた。こいつは昔の地球にいた頃の自分と同じだと。

 もしこの世界に飛ばされて、これ迄出会った人達やミウやナディと会わなければ何れはあんな風になっていた自分が居たかもしれないと。


 だが、ミウと出会うことで変われた今の自分が凌馬は好きであった。もうあの頃の冷めた自分には戻りたくないと。


「──────そんなことは断じてさせない。ミウやナディに仇なすものは、神であろうが潰すだけだ!」

 凌馬はクロの消えた場所を睨み付けると、拳を握りしめてそう宣言をしていた。


 しばらくその場に留まっていた凌馬だったが、やがてミウたちのもとに戻るために皇都へと歩き出した。


「凌馬さん! いきなり何処かへ行ってしまうんですもの。心配しました。」

「パパお帰り~。」

 ナディとミウが凌馬を見つけると、駆け寄ってきた。


 しかし、凌馬の暗い表情に気が付くと心配そうに問い掛けてくる。

「凌馬さん、何かあったのですか?」

「パパ、大丈夫?」


 凌馬は二人に笑顔を見せると、「ごめんごめん。」と謝りながら話始めた。

「皆に今まで黙っていたことがあるんだ。それを今日説明したい。一端宿に戻ろう。」


 凌馬が真剣な表情に変わったことで、皆了承すると宿の部屋へと戻っていく凌馬一行。

 そこで凌馬は、自分の出自について明かすことになるのだった。

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