第40話
凌馬の爆弾発言により、謁見の間は再び混乱と怒号で包まれていた。
「ふざけるな! 教皇選出は教会内での選挙によって執り行われることだ。外部の、しかもこの国の人間でもない者の指名で選ばれるものではない。」
「そうだそうだ。」
「国王、このような横暴は認めてはなりませんぞ!」
皆一様に拒絶を示すなかで、国王は凌馬を見つめていた。
「凌馬殿、彼らの言うようにいくら国王と言えども教会の人事にまでは口を挟めぬ。その他のことで何か希望があれば力になろう。」
国王はそう答えてきた。
「まあ、そうだろうな。なら、要求を変えてターニア司教を教皇選出するための選挙に出すため、推薦人の協力を取り持ってくれ。それならば、教会に直接関わることにはならないだろう?」
凌馬の発言にしばし間をおいて答える。
「まあそれくらいならば・・・・・・。」
国王は周囲の様子を伺うが、教会関係者たちからは特に反発はなかった。
どころか、なにやらニヤついたような表情で凌馬を見ていた。
まるで、その様なことは驚異ではないというように。
教会内にも純然たる派閥が存在し、それらの協力なくしては選挙に出たところで教皇に選出されるわけが無いのだから。
そう誰もが思って居たところに、凌馬は爆弾を投下する。
「あー、それとこれは全く関係ない話なんだけども、今回の一連の真実なんだけどな。どうも国中に知れ渡っているみたいだよ。今までの生け贄の話や、魔物の手先になって復活を協力していた連中の名前、我先に自分の命を優先して国民を見捨てたやつらの話なんかな。今頃は国外にも話が行き渡って、その内国王にも正式に諸外国から説明を求められることになるかもな。」
「なっ!」
「そんな!」
「貴様、国の極秘事項を触れ回ったのか!」
怒りの声をあげる教会関係者たちを尻目に、凌馬は国王の様子を見る。
国王は深くため息を着くと、椅子にもたれ掛かっていた。
・
待て、これは孔明の罠だ!
○
もちろん、噂の出所は言うまでもなかった。
そもそも、今回凌馬が城に呼ばれたこと事態もこちらで仕組んだことであった。
魔物たちを討伐する際に、わざと目立つような攻撃をして自分が事態を収拾させたことを、広く国民に知らしめていた。
その上で、この国の救世主と教会、国王との間には確執があるために恩賞を受け取ることを拒否しているのだと同時に噂を流した。
救世主とこの国の上層部に軋轢があるなどと、せっかく魔物が討伐されたのに国民も素直に喜んでよいかどうか分からなくなっていた。
そして、そもそも今回の一件が教会側の不始末によるもので彼が怒るのも無理はないという声も上がっていた。
国王としては、今回の一件を国が災厄から救われた喜ばしいことであるとするため、何とか凌馬に恩賞をと動いたが了承するどころか会ってすらもらえなかった。
仕方なく、顔見知りであるターニア元司教を担ぎ上げ、彼ら破門された者たちの教会へ復帰を働きかけて、それを条件に今回の件になったのだった。
全て凌馬の計画通りにことは運んでいた。
唯一この中では外見上は比較的冷静さを保っていたのは、国王の側近である近衛騎士たちだった。
凌馬は、近衛騎士たちの実力を測ろうと一人一人観察する。
近衛騎士は全部で五人。隊長格は他とは一線を画する力があった。銃を使わなければムラサキと渡り合える程度には。その部下たちは聖騎士ギルと同等かそれ以上の実力の持ち主であると窺えた。
しかし、所詮凌馬の相手にはなり得ない者たちだった。
そんな観察をされていた近衛騎士たちも、凌馬の一挙一動をつぶさに見ていた。
そして、その底の見えない力を悟っていた。
例え、五人一斉に掛かっても太刀打ちできない事実を。
そんなプレッシャーに必死に耐えていたのだった。
「別に俺は小耳にはさんだことを教えて上げただけだぜ。心外だな。」
わざとらしく肩をすくめる凌馬。
「それに俺はこの国では部外者なんだろう? 国の極秘事項と言われても、そんなことを言われる筋合いじゃ無いんだがな?」
凌馬は小馬鹿にするようにそう答えていた。
「貴様ー!」
怒声が響き渡る謁見の間。
「それとも、力ずくで取り押さえようとするのならば別に構わんよ。但し・・・。」
凌馬は殺気を解き放つと、謁見の間はその殺気をまともに受けたものたちが声もあげられずに震えていた。
「こちらもそれ相応の対応はさせてもらうがな!」
そして、今まで我慢してきたこれまでの怒りを解き放つ。
「よさないか。すまなかった凌馬殿。すべてこちらの不始末だ。この謝罪は何れさせて貰おう。それよりも、気を鎮めて貰えると助かる。この年にはちと堪えるのでな。」
国王は凌馬を宥めるように、そう頼み込んだ。
凌馬は怒りを鎮めると、漸く息を吸えるようになった者たち。
彼らもいったい誰を相手にして居るのか思い出したのだろう。
なまじ、見た目がただの人だからつい忘れてしまうが、彼はこの国を滅ぼしかねない魔物をたった一人で討伐した相手なのだ。
それはすなわち、この国を何時でも滅ぼせるだけの力をこの男はたった一人で持ち合わせているという事実。
その証拠に、先ほどの事態にも関わらずこの国最強の力をもつ五人が、自分達と同じく殺気だけで身動きを封じられてしまったのがその真実をまざまざと見せつけていた。
「凌馬さん、私に教皇など務まりはしません」
漸くまとまった話を蒸し返すターニア。
「悪いんだがあなたに拒否権はありません。それに、貴方だって今回のことではなにもできなかったことを後悔しているのでしょう。だったら、今度はそんなことが起きないように責任ある立場に居てください。これは、貴方にとっての贖罪の意味でもあるんですから。」
凌馬にそう告げられると、なにも答えられないターニア。
凌馬は、ターニアから視線をはずすと今回の元凶たちでもある枢機卿を始めとした教会関係者たちを睨み付ける。
「今回の一件で教会の闇は全てを白日のもとに晒された。だが、怯えることはない。日頃から信者や国民のために過ごしてきた者たちならば、あなたたちの言い分もきっと聞いてもらえるはずだ。もっとも、権力に胡座をかいて恨みを買ってきたやつらはその限りではないがな。国民の命を第一に考えていると言って、今まで犠牲を強いてきたんだ。さぞや、日頃の行いも良いのだったのだろう? まあ、熱狂的な信者には邪教徒として恨まれるかもしれんが。」
凌馬はそう嗤いかけると、皆一様に表情を青ざめさせる。
大なり小なり、出世や金のために恨みを買ってきたものがほとんどである。
今回の一件で、失脚しようものならどんなしっぺ返しが待っているのか。
だが、そんな問題すらも些末なことに過ぎなかったのだ。何故ならば、この
ことここに居たって、漸く自分達の置かれた立場を理解したものは慌てて謁見の間から飛び出すと自宅へと帰っていってしまう。
どうやら、夜逃げの用意をするつもりのようだった。
これで凌馬の目論み通り、今までの派閥は瓦解していき相対的にターニアの勢力が力を増していくだろう。そして、その後ろには凌馬の存在があった。
誰も、彼の恨みなど買いたくないと教皇に立候補などできるはずもなかった。
凌馬はすごくいい表情をしていたが、その事を指摘出来るものはこの場に誰一人として居なかった。
そして、謁見は無事? 終了した。
─その日の夜、皇都外とある場所にて─
「旦那様、一体どちらに向かうのですか?」
御者を務めている使用人から声をかけられたある枢機卿は、苛立ちを隠せないように答える。
「ええい、良いから黙って走らせろ。とにかくこの国から一刻も早く出るんだ。こんなところにいたらワシは・・・・・・。」
持ち出せる家財道具を馬車に積み込んで、家族すら見捨てて逃げ出してきた男。
「ヒヒヒーン!」
急に馬車が止まってしまう。
「一体どうした? 誰が止めていいと・・・。」
枢機卿が御者を確認すると、意識を失って倒れ付していた。
周囲に居た護衛たちも、いつの間にか意識を刈り取られて地面に寝転がされていた。
「なっ、何だこれは?」
「やあ、今晩は。」
場にそぐわない明るい声がかけられる。
「お、お前は?」
枢機卿は、仮面をつけた男を見て問い掛けた。
「なーに、自分だけ助かろうと逃げ出してるんだ? 責任を取らないなんてひどいやつだなあ。しかも、家族まで見捨てて救い様のないゲスやろうだ。」
「たっ、頼む。見逃してくれ。金ならいくらでも払う。」
ズドン。
「ぐえー。」
「この金は弱者から吸いとってきたもんだろうが。逃げるなら、全てを捨ててその身一つでやっていくんだな。その程度の苦労、死んでいった者たちに比べたら分けないだろう?」
そして、馬車にある荷物を全て没収すると次の場所へと駆け出していく。
この夜、そんな光景がいくつもの場所で繰り返されていった。
一体誰の仕業であったのか、それを知るものは誰一人として居なかった。
そしてまた夜が明けていく。
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