第34話
「パパ。」
凌馬の元にミウが駆け付けてきて、凌馬の体に抱き付いてきた。
「大丈夫だよ、ミウ。」
凌馬は、安心させるようにミウの頭を撫でていく。
これまで、極力ミウには戦う姿を見せていなかっただけに心配をかけてしまったようだ。
(出来れば、ミウにはこういったことは見せたくなかったんだけどな・・・・・・。)
凌馬はそう思いながらも、あまり時間も残されていないことからミウをムラサキたちに任せると、儀式の間に繋がる扉の前に立つ。
扉を調べると、ロックが掛かっており何やら魔力が感じられた。
(どうやら魔術を掛けられた扉のようだな。いちいち解除するのも面倒だし強行突破するか────。)
バーーーーーン!
次の瞬間凌馬の回し蹴りを喰らった扉は、破壊しかねないほどの勢いで呆気なく開かれた。
扉の向こうは階段状に中央に向かって下がっており、まるでコロシアムのような形状をしていて、ゆうに数百人が入れるほどの空間が存在していた。
「何事だ!」
その声とともに、中に居た教会のお偉いさんと思わしき人物たちの視線が凌馬達へと集まっていた。
そして、部屋の中心の魔方陣の上には一番立派な服を着た老人と、凌馬たちの目的の人物が居た。
「凌馬さん!」
驚きと共に、ナディはそう凌馬を見て叫んでいた。
凌馬は、視線を中央へと定めると目を鋭くしていた。
(成る程、これはとんだ茶番だったって訳か・・・・・・。)
「よう、ナディ。迎えに来たよ。」
凌馬はナディにそう話しかけると、手を上げて何て事無いように振る舞っていた。
「貴様、この場がどういう場所か分からんのか!」
周りに居た枢機卿を始めとした者たちから、そう怒りの声が上がっていた。
「っ!」
凌馬はそちらに視線を向けて、体から魔力を放出しながら威圧するとそれ以上の発言を止めさせる。
凌馬はナディの方に視線を移すと、手を差し出して話し掛けた。
「ナディ、帰ろう。ミウもみんなも君の帰りを望んでいる。」
凌馬はそう言うと、ミウもナディの見えるところまでやって来た。
「ナディお姉ちゃん、帰ろう?」
ミウはナディにそう話し掛けていた。
その様子を見て、ナディは哀しそうな表情をして答える。
「ごめんね、ミウちゃん。でも、止めるわけにはいかないの。でないと、この国の人やミウちゃんや凌馬さんも死んじゃうかもしれない。」
ナディに拒絶されたことに、涙を浮かべながら首を振っているミウ。
凌馬はミウの頭を撫でると、ナディへと話し掛ける。
「ナディ、やっぱりこんなのは間違っている。君の決断は確かに尊いものだと思う。でも、この国の未来を誰か一人に押し付けて、国民は何も知らず教会は真実を隠し続けていく。こんなことでは何も変わらない。それでは、君の護りたかった人達も都合の良い存在として同じ道をいずれ辿ることになる。君はそれで良いのか?」
凌馬の言葉をナディは目を閉じて聞いていた。
「それでも、魔物が復活してしまえば孤児院の子供達は他に行き場もなく死ぬか、仮に生き延びても犯罪に手を染める事になるかもしれません。」
ナディはそう返答してきた。
「そうだ。この国を守るためには誰かが犠牲になるしかない。魔物の復活は国の崩壊を意味する。彼女の命はその尊い・・・。」
「黙れ!」
凌馬は、口を挟んできた男をそう言って黙らせた。
「初代聖女ミネルバの行いは確かに魔物からこの地を取り戻し、事実多くの命を救ったのかもしれない。だが、彼女はひとつだけ過ちを犯した。彼女の行いは崇高なものとして喧伝され、なにもしなかった奴等の権力を得る道具として利用されてしまった。こんなクズどもに本来守られるべき者たちは責任を肩代わりさせられ、戦うべき義務を負う者たちは責任から逃れ利益だけを貪る。」
凌馬は枢機卿や司祭たち、そして教皇を睨み付ける。
「この地に生きて利益を享受するのならば、同時にこの土地に生きるものとしての義務を果たせ! それは誰かひとりに押し付けるものではなく、そこに生きるすべての人が本来負うべきものだ。たとえその結果がどれ程の犠牲を払うことになろうとも、それこそが人として生きるということだ!」
凌馬の体から膨大な魔力が溢れ出す。それは、戦闘を生業としないものでも感じ取れるほど圧倒的で絶対な力であった。
すると、凌馬の足元からは手の形をした影が幾つにも別れて枢機卿たちの方に伸びていく。
「お前たちが本当にこの国を、国民を思うのならばその影に抵抗するな! 俺が後千年は持つ結界を張ってやる。ただし、代償として貴様ら全員の命を捧げて貰うぞ。なに、お前たち数十人の命で千年間の安全が買えるんだ。お前らも本望なのだろう?」
凌馬の影は枢機卿たちを捕らえると、その力を吸いとっていく。
「ひぃぃぃぃ・・・・・・。」
皆、その影から逃れるようにして振りほどくと端の方に逃げていく。
「どうしたんだ? この国が救えるんだぞ。命くらい安いものなんだろう?」
凌馬の言葉に、怯えながら答えない者たち。
「ナディ、これが現実だよ。君が何を言われたのかは大体想像がつくが、結局は自分達の命が可愛いだけのやつの戯言なんだよ。」
「それでも、ミウちゃんや凌馬さんたちに迷惑をかけたくありません。ここで逃げれば、一生反逆者として追われる事になります。」
ナディがそう答えた。
「それでもいい! ミウはナディお姉ちゃんと一緒がいい。もっとナディお姉ちゃんと一緒に、パパやカイやソラやムラサキたちと旅をしたい・・・。お姉ちゃん、死んじゃやだよぉ・・・。ひっく、うぇぇぇぇん。」
「ミウちゃん・・・・・・。」
ミウの言葉にナディも涙を流していた。
凌馬はミウをあやしながらナディに告げた。
「ナディ、君の本心を聞かせてくれ。この国の未来も俺たちの心配もしなくていい。君は一体どうしたい? 俺たちと共に過ごした時間は、君にとっては取るに足らないものだったのかな?」
「───私だって、──────もっとミウちゃんや凌馬さんと一緒に居たかった・・・。もっと旅を続けていたかった。このまま皇都に着かなければと何度思ったか───。でも・・・。」
ナディは凌馬を見つめる。そんなナディを凌馬は優しく見つめ返していた。
「───死にたく───ないよ。──────凌馬さんやミウちゃんともっと・・・ずっと一緒に居たいよ───。誰か・・・助けてよぉ・・・、凌馬さんっ───。」
崩れ落ちるようにしてナディは魂の叫びを上げると、それを受け止めた凌馬。
「分かったよ。君がそう望むのなら、俺達は最期まで君と共に歩んでいくよ。」
凌馬の言葉に、再び涙を流すナディ。
「やれやれ、黙って聞いておれば勝手なことを。だがそれももう終わりだ。」
儀式をしていた老人がそう言うと、魔方陣が光輝きナディを包んでいく。
「お姉ちゃん!」
ミウが叫ぶ。
「すでに儀式の準備は完了した。それにしても、そこに居るのはターニア元司教か。部外者に情報を漏らすだけではなく、邪魔をするなど反逆行為であることは理解しておるのか?」
「教皇様! やはりこんなことは間違っています。私達は───。」
「黙りなさい。私達の使命は、ミネルバ様が命を懸けて築いたこの国を守ること。それを、勝算のない賭けに出ることなど私が許すとでも思っているのか。最早、何人も儀式の邪魔などさせぬ。」
教皇の言葉に遮られてしまったターニア。
「ほう、そんな事を俺が許すとでも思っているのか?」
凌馬は、教皇を睨み付けて言い放った。
「ふんっ! お前に何ができる? 少しは力がありそうだが、私の儀式を止められるとでも?」
「では試してみようか?」
パチン!
凌馬が指をならすと、魔方陣の中に居たナディの体は突然現れた箱によってその姿は隠れてしまった。
「なんだこれは? 一体どこから?」
教皇を始めとした皆が驚きの声をあげていた。
「レディース・アーンド・ジェントルメン。これより奇跡の脱出ショーをお見せいたします。」
パチン!
その瞬間に、凌馬の隣にも大きな箱が姿を現す。
「さあ、お立ち会い。その身を、魔物の生け贄に捧げられようとしている哀れな少女を私のマジックで救って見せましょう。」
凌馬がそう言うと、魔方陣の中の箱の板が倒れていき中に居たはずのナディは姿を消していた。
「ど、どういうことだ? この魔方陣から逃れることなど・・・。」
教皇は混乱していた。
「さあ、果たして少女は何処に消えたのか。」
凌馬は、隣の箱の扉を開いていくとそこからはナディが姿を現した。
「さあ、ナディ。」
凌馬はそう言うと、ナディの手を取り外へと出るように促した。
「お帰り、ナディ。」
「凌馬さん───。」
ナディは、凌馬の体に抱き付いてただ涙を流していた。
・
私の手にかかれば、どんなものでも消し去って見せましょう。おっと! 私にも消せないものが一つだけありました。あなたへの恋心です。
○
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