第7話

 その場の時が、凌馬の言葉によって止まっていた。

「あの・・・、えっ、今なんて? なんだか断られたような気がしたのですけれど・・・。」

「メリーナ様、勘違いではなくハッキリと断られました。」


 混乱するメリーナに進言をしたハンズ。

「あのー、凌馬君。普通こういう時は、健気な王女様の言葉に感激した君が剣を引くって場面なんだと思うんだけど・・・。」

 ハンズが凌馬へと説得をする。


「確かに。普通のお人好しの日本人ならば、姫様の言葉に感激して剣を引くのだろう。そんな場面は腐るほど(小説で)見てきた。」

「ならば、この場は考え直してくれないかい?」

 ハンズがなおも食らいつく。


「しかし、俺はノーと言える日本人。どこの誰とも知らぬヤツの言葉に、大人しくしたがってやるほどお人好しじゃあないんでね。」

 凌馬はきっぱりと断りの返事をする。


「そもそも、この地がこんな状態になるのを放置して、村人たちも死ぬ寸前だった。それらは全て無能なトップの責任だ。それが、この男を処罰する直前に駆けつけて、後は私たちに任せろだと! 寝言は寝て言え。」

 凌馬の言葉は止まらない。


「大体、俺はお前たちの事など知らない。お前たちがこいつを助けるために、芝居をしているとも考えられる。ならば、俺は確実に村を救うためにもこいつを殺して、目撃者のお前たちも皆殺しにする必要があるな!」

 凌馬は、殺気をメリーナとハンズへと向ける。


 すかさず、ハンズはメリーナの前に庇うように立つと剣を抜く。

「ハンズ、止めなさい。」

 メリーナの制止を、ハンズは無視をする。


「君は本当に、あの村にいた男なのかい。まるで別人じゃないか。あの時のお人好しな君がこれほどの殺気を出すなんて、僕はまんまと君に騙されていたというわけか。」

 ハンズは、全身から冷や汗が出てくる。


 対峙しただけで分かった。この男は、自分よりも数段強いと言うことに。

 打ち合えても、数合で自分の命は刈られてしまうだろう。

 だが、それでもなんとか姫様だけでも逃がそうと状況を分析していた。


「止めなさい!」

 メリーナはハンズを強引に止めると、凌馬の前に来て床に頭を着き土下座の姿勢をとる。

「ひっ、姫様!」

 あまりの光景に、ハンズが叫び声をあげた。


「凌馬様、申し訳ございませんでした。全てあなたが言った通り、今回の件は私たち国のトップの責任です。その事は一切申し開きもありません。謝って済む問題でもないことは、重々承知しております。ですが、どうか剣を引いては貰えませんか。この場でこの男が殺されれば、貴族に対する恣意的行為として反逆行為がうやむやになってしまう危険があります。今後、この様なことが起こらないように他の貴族に楔を打つためにもきちんと裁判にかけなければなりません。どうか───。」


 メリーナはそう言うと、ただ床に頭を着いたままピクリとも動かなかった。

 凌馬は領主の首に手刀を打ち気絶させると、メリーナの前に立ち徐に忍び刀を振り下ろす。


 凌馬は刀を寸前で止めるが、ピクリとも動かないメリーナ。

 それを見て、凌馬は刀を鞘に納めた。

「もういい。お前の覚悟は理解した。この男を何処へなりと連れていくがいい。」


 凌馬の言葉を受けて、メリーナはようやく頭をあげた。

 全てを見ていたハンズは、体の力が抜けるような思いをしていた。

 領主は、メリーナの兵たちによって外へと運ばれていった。


「はぁー、全く凌馬君は心臓に悪い事をしてくれる。見張りに睡眠薬を入れて、眠ったところで君を逃がそうと行ってみればもう居ないし。僕は一体なにやってるんだろう・・・。」

 どうやら、あの見張りはこいつのお陰のようだった。流石に、あんなザル警備はこの国のいつものことではないようだとこっそり安堵していた。


 凌馬は、釘を刺すようにメリーナとハンズへと忠告する。

「一応忠告するが、もしあの男を無罪で逃がしたり、また同じようなことがこの地で行われれば、この国の国王はじめ貴族たちは皆俺の手で粛清するということは忘れるなよ。」


 凌馬の言葉に、唾を飲み込んでハンズが問い掛ける。

「そんな、この国全てを敵に回すなんて本当にできるとでも?」

 そんな言葉に、凌馬は不敵に嗤って答えた。


「俺がその程度の事を、本当に出来ないとでも思っているのか? もし確かめたければ、あの男を直ぐにでも逃がしてみるといい。」

 凌馬の言葉に返答できずにいるハンズ。


「その言葉を肝に命じておきます。」

 メリーナは、凌馬にそう答えていた。


(ふうー、どうやら楔は打てたようだな。ほんと疲れた・・・。)

 凌馬は、シリアスモードを長く続けて大分疲れているようだった。

 もっとも、先程の言葉は張ったりでも何でもなく、もしそうなったらこの国のトップたちの命は早晩失われていたことになったのだが。


「そう言えば、聞きたかったんだがこの国の状況はどうなっているんだ。そんなに飢饉が深刻なのか?」

 凌馬はメリーナへと尋ねる。

「はい。お恥ずかしい話ですが国全体で作物が不作になり、他国からの輸入も追い付かない状態で。商人からは足元を見られて、かなりの金額を吹っ掛けられていると聞きます。」


 どうやら、この国の飢饉自体は本当の事らしい。

 こんな時に、他の事に手を煩わさせるとはそれだけでラモンは万死に値すると思った。


「もし、あの村の安全が保証されるのなら俺が力を貸してもいいがどうする。ただし、他者へは内密になるから話すのはメリーナだけになるが。」

 凌馬の提案に一にも二にもなく承諾するメリーナ。

「そうしていただけるのならば是非。」


「姫様、それは!」

 ハンズが止めようとするが、視線だけで黙らせる。

「何処かそれなりに広くて、人の目のないところがいいんだが。」

「それなら、この街にある私の別荘がいいと思います。」

 メリーナがそう答えた。


「それでは、色々と準備もあるから後で伺わせてもらうよ。今日は疲れたし。」

「分かりました。それでは、本日は私の別荘に泊まってください。使用人には説明をしておきますので。」


 メリーナにそういわれ、夕方ごろに伺うと告げた凌馬は街へと繰り出していった。

(とりあえず、明日にならないとジョブチェンジ出来ないしな。適当に、街の中をぶらつくか。)


 街を歩いていると、この街も大分危機的状況なのが見てとれる。道行く人に活気はなく、食料品などの値段が高いのかあちこちで値段交渉が必死で行われていた。


「てめえら待ちやがれ!」

 そんな声とともに、複数の子どもたちが大人から逃げていた。

 そのうちの一人が捕らえられると、男は容赦なく拳を振り下ろす。


 凌馬はその男の拳を受け止めると、子どもを助け出した。

「何しやがるてめえ。」

「こんな子どもに暴力を振っておいて、何しやがるはないだろう?」

 凌馬は正論を告げた。


「そいつは泥棒だぞ。俺の店から食料を奪っていきやがったんだ。」

「へっ?」

 凌馬は助け出した子どもを見る。子どもは、泣きそうな表情をしながら必死に逃げようとする。


(参ったな。金なんて持ってないし。)

 凌馬はポケットを探すと、中から百均で買った折り畳みの手鏡を見つけた。

「あの、これで勘弁してくれませんかね?」


 凌馬は、店主にそう言って手鏡を渡す。

「なんだこれは? こんなものどうしろと・・・!」

 店主が開くと、中から品質の良い鏡が現れ驚く。


「お、おい、こいつは鏡じゃないか。しかもすごく質が高いぞ。こんなもの本当に良いのか?」

 どうやら、この世界では鏡は貴重なもののようだった。


「ええ、この子を見逃してくれるのならそれは差し上げます。」

 その言葉に喜んで了承した店主は鼻唄交じりに帰っていった。

 ほっとした凌馬だったが、さてこの子をどうしようと途方に暮れていた。

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