第8話

 泥棒をした子どもを助け出した凌馬は、その子の名前をまず聞くことにした。

「まずは名前を教えてくれるかな?」

「リオ・・・。」


 一言だけそう答えたリオに、凌馬はポケットから飴玉を取り出してリオに渡す。

「舐めてごらん、甘くて美味しいよ。」

 キョトンとするリオを前に、凌馬はもうひとつ飴玉を取り出すと自分の口にいれた。


 美味しそうにする凌馬の様子に、おどおどしながらも口にいれたリオ。

 その瞬間、今まで食べたことのない甘さに幸せな時間を堪能していくリオ。

 その様子を微笑ましく見ていた凌馬。


「おいっ! リオを返しやがれ!」

 そんな二人の前に、リオの仲間たちと思われる子どもが十人ほど集まって、棒切れを手に凌馬へと話し掛けてきた。


「別に捕まえてる訳じゃないから構わないけど、とりあえず皆もこれでも舐めていきな。」

 凌馬が子どもたちに飴玉を配って歩く。


「みんな大丈夫だよ。このお兄ちゃん優しい人だから。」

 リオの言葉に半信半疑だが、恐る恐る飴玉を舐めるとその美味しさの虜になっていった。


「さて、落ち着いたところで話を聞きたいんだけど良いかな?」

「何を聞くつもりだ?」

 いまだに警戒がとれない子どもたちだったが、凌馬は気にせずに先程の事について尋ねた。


「俺たちには親がいないんだ。お金も仕事もないし、生きていくためにはこうするしかないんだ。」

 凌馬は子どもたちの状況を確認していく。


 それにより、皆親を戦争や餓死で亡くし家も掘っ建て小屋のとこで暮らすと、昼間は泥棒をして食料をみんなで分け合って生きているとの事だった。


(泥棒はいけないことだとみんな分かっている。でも、そうしなければ生きていけない状況なのも確かだ。他の大人たちも、自分や家族で手一杯で助ける余裕などないのだろう。だからこそ、国や領主がその存在に手を差し伸べなくてはならないんじゃないか。誰だって、好き好んで犯罪などに手を染めたくはないはずだ。)


 そんな思いから、凌馬はラモンに対する殺意が再び沸き起こった。

(今からでも、苦しませてから殺したいくらいだ!)

 そう思ったが、子どもたちの手前なんとか堪えた凌馬。


(この世界は、なんて簡単に命が失われていくんだろう。いや、違うか。地球にいた頃から、こんな光景は世界の何処かで当たり前に起こっていたんだ。それを知らない振りをして、自分の事だけを考えて生きてきたのは俺自身だったな。)

 凌馬は、テレビで流された悲惨な映像を思い浮かべる。


(寄付やボランティアなんて、ただの偽善だと冷めた目で見ていた。でも、実際に目の前で現実を見てそれでも見て見ぬふりなどもう出来ない。偽善でも構わない。今の俺には、多くを救う手段と力があるのだから!)

 凌馬はそう決意すると、子どもたちに提案をした。


 凌馬は子どもたちを連れて、メリーナの待つ別荘に向かっていく。

 今日の夕食をご馳走すると言ったら、家に残っていた子どもたちも連れてきて、総勢二十人近い数になってしまったが。


 門のところに来ると門番に止められるが、凌馬は名前を告げてメリーナへと連絡を頼んだ。

 その時連れていた子どもたちの事も聞かれたが、メリーナに直接説明すると押し通した。


 やがて、門のところへメリーナとハンズがやって来る

「いやー、こりゃまた団体さんだね。」

「凌馬様、これは一体?」


 メリーナに尋ねられ、昼間あったことを説明すると夕食を出してくれるように頼み込んだ。

「構いませんよ。ハンズ、厨房に料理の追加を伝えてください。」

「分かりました。」

 メリーナは快諾してくれた。


「すまない。」

「凌馬様が謝ることありません。これも私たちの不甲斐なさが招いたこと。さあみんな、中に入って。」

 子どもたちはメリーナの言葉に、恐る恐る門を潜っていく。


 料理が出来るまでの間、お風呂に入ることになった凌馬たち。

 総勢二十人が入っても余裕のあるお風呂に、子どもたちも大興奮していた。


「ほら、お風呂に浸かる前に体を洗うぞー!」

 凌馬や大きい子達は、小さい子どもたちの体を洗っていく。終わった順に風呂に入っていき、皆一息をつく。


「すごい。お風呂なんて初めてはいった!」

 リオも興奮した様子だった。

 この世界には風呂は貴族や金持ちの家か、高級宿にしか存在せず、皆タオルや川で体を洗っているのだった。


 ゆったりとお風呂を堪能した凌馬たちは、夕食が出される食堂へと向かう。

 中に入ると、豪華な料理がたくさん用意されていて、子どもたちは歓声を上げていた。


「うわあ、これ食べていいの?」

「皆さんお席に着いてください。せっかくの料理が冷めてしまいますよ。」

 メリーナに促され、次々席へと着く子どもたち。

 凌馬はメリーナの対面の席へと案内された。


「みんな、メリーナさんに感謝を述べてからいただくんだぞ。」

『メリーナお姉ちゃん、ありがとうございます。』

「はい、みんなゆっくりと食べるのよ。」

 そう告げると、子どもたちは目の前の料理を食べはじめた。


「本当に助かったよ。無理を言ってすまなかったな。それと、これまでに失礼なことを言ってすまなかった。」

 凌馬はメリーナに頭を下げて謝った。


 そんな、目の前の出来事が信じられないように目を見開くメリーナとハンズ。

「頭を上げてください。先程も言いましたが、これは本来私たちがなすべき事。凌馬様が謝ることではありません。」

 そのメリーナの言葉に頭を上げた凌馬。


「それと、無理を承知で頼むのだが、この子達になにか仕事を与えることはできないか? このままでは、いつか犯罪で捕まって処罰を受けることにもなりかねない。善悪の区別がついている今なら、この子達もまだやり直せるはずだ。」


 凌馬の言葉に、ハンズと相談をするメリーナ。

 その結果、庭の草取りや雑用等をこなすことで、食事と僅かだが給金を得ることが出来るようになった。


 凌馬は、その事を子どもたちに告げ選ばせる。子どもたちは、みな働きたいと手を上げて答えていた。

 凌馬がお礼を言うように子どもたちに言うと、『ありがとうございました。』と元気よくメリーナへとお礼を述べていた。


(良かった。とりあえず、しばらくは大丈夫だろう。後はこの国を安定させることが重要だな。)

 凌馬も、こんなことは偽善だと分かっていた。こうしている間にも、多くの命が失われていることだろう。


 それでも、何もせずにいるよりは一人でも多くの人を救いたいと心から思っていた。

「安心したよ。今の君を見ていると、あの村にいた頃と同じように感じる。ラモンの前にいた時の君が、今の君を見るととても信じられないよ。一体、どっちが本当の君なんだい?」


 凌馬の様子を見ていたハンズが問い掛ける。

「俺は俺だ。どちらがではなく、どっちもが俺なんだと思う。」

 凌馬の答えに「そうか。」と頷くハンズ。


 結局、メリーナの好意により子どもたちも一緒に大部屋で泊まることになった凌馬。

 まるで、修学旅行の引率の先生のような気分になりながらも、ふかふかの布団に興奮する子どもたちと夜遅くまではしゃいで、疲れきった凌馬たちはやがて眠りへと誘われていった。

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