第5話

 それから、時は十日ほどが過ぎていた。すっかり居心地がよく、凌馬は何だかんだと村に居座り続けていた。

 村人たちも、凌馬のことを恩人であると同時に村の一員として迎えてくれて、畑仕事を手伝ったり子どもたちと一緒に遊び方を教えて遊んだりしていた。


 その日も、何時ものように少し遅くに起きた凌馬は村長宅で朝食をいただいていた。

「たっ大変だー!」

 朝の静寂な時間を、そんな叫び声が壊していった。


「なんじゃ騒々しい。」

 村長宅に駆け込んできた村人にそう声をかけると、村人から一大事が告げられる。

「村長大変です。領主様のところの兵が、この村に向かってきています。」


 その言葉を聞き、村長は慌て始める。

「なんじゃと。何故じゃ、もう今年の税は納め、飢饉のための追加の徴収まで受けたじゃないか。そのせいで、わしたちは凌馬様が居なかったら全滅していたところだ。それなのに、この上一体何を・・・。」


 村長は誰に言うでもなく、一人声を出していた。

「はっ! そんなことよりも、凌馬様何処かへお隠れくだされ。領主様のことだ。もし凌馬様のことを知られたら、何をされるか分かったものではありません。」


「分かりました。」

 村長の提案に、村の空き家のところで身を隠すことにした凌馬。


(不味いぞ、せっかくこの村を助けられたのにとんだ邪魔が入ってきやがった。領主の野郎、これ以上非道なことをするのならいっそ俺の手で片を付けるか。いや例え殺せたとしても、今ここで動けばこの村の人たちまで一緒に罪を背負うことになる。最悪国によって粛清されるだけだ。)


 凌馬一人だけならなんとかなるが、村人全員を救うことなど今の凌馬には無理なことであった。

 凌馬は拳を握りしめると、なんとか無事に乗り切ってくれと祈る思いだった。


 村の前には、村人たちが集まっていた。

「これはラモン様、わざわざこんな遠くまでお越しいただきまして。今日はどういった御用件でしょうか?」

「村長か、出迎えご苦労。何、この間の飢饉で国の方からも臨時の徴収を急かされてな。また、税の徴収にわし直々に出向いてきたのだ。」


 領主はそう告げてきた。

「はあ、しかし、つい最近も臨時に徴収を受けたばかりですし、これ以上は私たちも年を越せなくなってしまいます。」

 村長の言葉に領主が激昂する。


「何だと! 国の一大事に、貴様は我が身可愛さに協力はしたくないと申すのか?」

「いえ、決してそのようなことは。できる範囲で協力はさせていただきたいとは思っております。」

 村長の言葉を聞き「始めから素直にそう言えば良いのだ!」と告げていた。


(なんだあいつは! ぶくぶく太って自分だけ贅沢している癖に、権力を使って弱いものから搾取する事しか考えていないのか! あんな害虫が領主だと?)

 凌馬は怒りが込み上げてきた。


「よし、お前たちこの村にあるものを持っていけるだけ積み込め。」

「そ、そんな。そんなことをされては、私たちはどうやって冬を越せば!」

 村長の制止も聞かずに、兵士たちは家々から食糧などを片っ端から馬車へと積み込む。


「ラモン様、何か変です。どの家にも、食糧がかなりの数備蓄されております。臨時の徴収で、他のところではあまり徴収を出来なかったのに、この村は異常です。」

 兵士の一人がラモンに報告する。


「なに? おい貴様。どういうことだ。この村には食糧が山のように残されているではないか?」

「そ、それは、たまたま行商人のかたがこの村にやって来まして、食糧を安く譲っていただけたのです。」

 ラモンの追及を躱わそうとする村長。


「それだけではありません。畑には作物が大量に実っています。この間来たときは、作物は病気で全滅していたはずなのに。」

「何だと! 貴様何を隠している!」

「そ、それは・・・。」

 ラモンの更なる追及に、返答に困る村長。


 そんな村長を見てイラついてきたラモンは、部下の一人に命令を出す。

「おい、ハンズ。あそこのガキを連れてこい。」

「ハッ!」

 ハンズはそう答えると、ミックを捕らえてラモンの側へと連れてく。


「ミック!」

「お姉ちゃん!」

 ミックを助けようとするジェーンだが、兵士に邪魔をされてしまう。


 ラモンは剣を抜くと、ミックの首に剣を当てる。

「さあ、吐け! さもないとこの子どもの首が飛ぶぞ。国に楯突く貴様らは、反逆者として裁かなければならないからな!」

「いやー、ミック!」

「やだよー、お姉ちゃーん!」


 ジェーンとミックの泣き叫ぶ声に、村人たちも領主の横暴に怒りを覚える。

 バーン!

「その子を離せ。お前たちが探している答えは俺だ!」


 凌馬は扉を開くと、外へ出て領主たちに大声で告げた。

「誰だ貴様は!」

「俺はこの村を訪れた行商人だ。これ以上は、その子を離さない限り何も教えるつもりはない。」

 凌馬はそう啖呵を切って、領主の前までやって来る。


「交渉できるつもりか? 今ここでこの小僧を殺して、貴様を拷問してもいいんだぞ!」

「その場合は全力で抵抗して、一人でも多く道連れにしてやる。ただし、そうなればこの村の作物の収穫の秘密については分からないぞ。俺は、村人には何も見せてはいないからな。」


 凌馬の答えに歯軋りをする領主。

「だが、もしこの村を見逃すというのなら、協力するのも吝かではない。そうなれば、お前は国を救った英雄として褒賞が山ほどもらえるだろう。さあ、どうする? 今ここで全員殺して幾ばくかの食糧で我慢するか、この場を見逃し国の英雄になるか選べ!」


 領主は少し悩んだが、やがてミックを離す。

「これで良いのだな?」

「お姉ちゃん!」

「ミック良かった!」

 ミックはジェーンへと抱き付く。


「凌馬様・・・。」

 村長をはじめ村人たちが沈痛な表情で凌馬を見ていた。

「なーに、大丈夫ですよ。別に殺されにいくわけではないんですから。」

 凌馬はなるべく明るく話し掛けた。


「凌馬様。申し訳ありません。命を救っていただいた上に、この村の危機を解決してくださったのに、なんの恩返しもできないばかりかこのような・・・。」

「村長、それに皆も顔をあげてください。俺嬉しかったんです。皆とこの村で暮らせた数日、本当の家族のように接してもらえて。だから、恩ならとっくに返してもらってるんですよ。」

 凌馬の言葉に、村人たちは涙を流しはじめる。


「凌馬様。」

「お兄ちゃん!」

 ジェーンとミックが抱き付いてくるのを受け止めて頭を撫でる凌馬。


「お兄ちゃん、ごめんなさい。」

「凌馬様、申し訳ありません。」

「いいんだよ二人とも。二人もありがとな。二人に会えて、俺は前よりも変われて少しはましな人間になることが出来たよ。大丈夫、すぐまた会いに来るから。」

 凌馬は優しく語りかけた。


「ほんとう?」

「ああ、本当だ。兄ちゃんが嘘いったことないだろ?」

「うん!」

 そう言うと、ミックから笑顔が見られた。


「さあ、別れがすんだらとっとと行くぞ!」

「待て、その前にこの村で徴収したものを返してもらおうか?」

 領主は凌馬を睨み付けたが、やがて部下に命令を出すと馬車から荷物を下ろしはじめた。


「これでいいな! さっさと乗れ。」

「分かっているよ。」

 凌馬は馬車へと乗り込む。


 そして、馬車は領主の館へと向けて走りはじめた。

「にいちゃーん、約束だよ。絶対にまた来てね!」

「ああ、約束だ。それまでねえちゃんと仲良くするんだぞ。」


 凌馬は馬車の窓から、ミックやジェーンそして村人たちが手を振って来るのに答えて、手を振り続けていた。

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