第6話 拘留所にて


鷲宮テロの狙いは分かりやすく、親の仇打ちだ。

2人の読み通り拘留所には基本的に人がいないので報復の対象にならず

夕陽テレビに映像を送信した警視庁に攻撃を仕掛けていると思われる。

(誤作動を引き起こした竹邑の名前は報道されていない)



「バタンッ。」


「随分とキレイな拘留所ですね。」



到着したのは外壁改修工事が終わったばかりで見栄えの良い拘留所。

外来用出入口は施錠されているが特にバリケードなどの処置はなく

2人は裏口のインターホンを鳴らし中へ入っていく。



「(記者が)あの映像はこちらですか!?ってしつこいんですよ。

お宅の上司からは絶対しゃべるな、って言われるし。」


「お元気そうじゃない。事故の瞬間、見たんでしょ?」



腰にジャラジャラと鍵をぶら下げて警備員は歩き出す。

矢島はいつも冷めたセリフを吐くわりに誰にでも愛想が良い。

伸びた髪をかき上げて微笑みながら問いかける。



「あーもうあなた達だから言いますけど、私ここに来てもう6年目なんですよ。

何て言うか、まぁ…その…。」


「見慣れたのね。」


「えっ、いや違っ、見慣れたなんてそんな――」


「無理しなくたっていいよ、こっちだってある意味見慣れてるから。」



分かりやすく口を詰まらせた警備員は矢島の歯に衣着せぬ物言いにたじろぐ。

そのまま執行台のある部屋の鍵を開けて、無言で腰引けに入室を促す。

建物内を観察していた関は矢島の後に続いて入っていった。



「ここ、(事故)当時そのままなの?」


「あ、いえ手持ちのボタンがありました。ちょっとお待ちください。」



急に丁寧な口調になる警備員。

部屋の隅に置かれたカバンからいかにも安物の押しボタンを取り出す。



「これです、これ。」


「これ何?」


「まさかこれ押して床が抜けたってことですか?」


「いやぁ…まぁそういう言い方ならそうなりま――」


「何でハッキリ言わねぇのよ。あんたが怪しく見えてくるよ?」



安物の押しボタンから黒い配線が伸びている。

関はそれを手繰り寄せるが途中から何かの抵抗で突っ張ってしまい

元に近寄ると、壁と床の隙間に潜ってどこかへ繋がっているように見えた。



「この先には何がありますか?」


「あ、えっと、ボタン室ですね。こちらからどうぞ。」



入ってきた扉を出てその隣の扉からボタン室に入る。

死刑執行の際、死刑囚と刑務官が鉢合わせないように配慮した作りだ。

しかし想定の場所から配線が出てきていない。



「さっきのボタンの配線はどこに繋がってるんですか?」


「ああ、私もよく分かってないんですけど、ここの配線盤に来てるようで。」



壁に3つの埋め込みボタンがある3畳ほどの部屋の奥に配線盤があった。

それ程大きくないが小さくもなく、

ボタンを含め拘留所内の処刑器具装置と繋がっているようだ。



「さっきのは試験用のボタンだったようです。詳しくは存じませんが。」


「そういや調書にも(執行台)設置時に使っていたボタンがどうのって書いてたな。」


「そうか…!これですね、ボタン配線の内1つだけ独立してるものがあります。」



関は配線盤の中のスイッチを指差す。

その隣には3本の配線をまとめたスイッチがあり、

壁に埋め込まれた本番用を連想させる。



「でも、実際に通電を制御しているのは別のシステムだって聞きました。

これはブレーカーのようなもので、基本的にスイッチON状態らしいです。」


「あ、そうか。確か調書ではそのシステムがイカれたって事になってましたよね。」


「なるほどね~。で、そのシステムってのはどこにあるの?」


「それが…私にはさっぱり…すみません。」



2人は拘留所を後にし、牛丼屋で飯を胃袋に詰めて表の自販機でコーヒーを買った。

事件とは別の時間軸で回ってるような、普通の平日の混んだ牛丼屋である。

灰皿のそばでタバコを吸いながら談笑する作業着姿の男たち。

気を抜くと自分を見失ってしまいそうになる春のひだまり。

冷えたブラックをちびちび飲むのが好きな矢島は

何か思い立ったように小走りで運転席に向かう。

一方コーヒーの苦みをミルクと砂糖で絶妙なバランスに仕上げた微糖が好きな関。

缶を取り出して振り返ると矢島がドアを開けているところで

慌てて追って助手席に乗り込んだ。

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