エピソード20 食卓のあたたかさ
「して、被害は城のみ、ということじゃな。なるほど……。」
「そう。でもそれがまた一大事じゃないの。私たちの拠り所にする予定だった場所だったんだから」
「ん?そうなのか?城は王族の住まう場所。そういう国民の意識は当たり前に根強い。そこにわしらが住んでは反感をかうだろうし、反乱でも起こされかねなかったじゃろ?じゃから、これは良いことだと思うぞ。わしらが取り壊したわけでもなく、ちゃんとした理由のもと新しい施設を立てられるのじゃからか!」
「新しい施設って、一体どうやって?それに、それまでの間私らはどこで暮らすの?ここを離れることだってできないし」
「ああ。それについてはどこかの家に住まわしてもらおう」
「……はあっ?!ああ、じゃないわよ。こんな得体も知れないやつら住まわしてくれる人なんてそういないわ」
「しかし、仕方あるまい。あと、わしらの拠り所となる施設は、それなりの職人を読呼んで作ってもらおう」
「それなりの……って」
いい加減飽きれた様子でそういうクーガさんにカヤは自信満々な様子。
相変わらずってかんじで、こんな時でもどこか和やかな気持ちになる。
「今シエルから伝言がきたわ。とりあえず、この場はおさめたけど、このあと何日も反動で騒がしくなるでしょうねって」
「まあ、それは予想済みなことよ。任せておいて。」
そういうクーガさんは本当に頼もしいと思う。
「で、アーシェの容態はどう?」
「なんか、怪我をした自分の顔を見た途端に気を失っちゃったみたいで……」
ボブさんのその言葉の後、暫しの沈黙が流れる。
「あと、あーもアーシェとちーのとこにいるみたい」
「……わかったわ。とりあえず、アーシェが目覚めたらみんなで反省会。それまではあの空き家で待機ね」
「了解」
「了解なのじゃ」
「はい」
そう、どこか微笑ましく答えてから、そういえば自分って団長候補だったんだっけ、なんて思う。
でもこれじゃ、クーガさんが団長みたい……だよね。
「アル?どうかしたの?はやく行きましょ」
「え?い、いえ、なんでも……」
そう曖昧に受け答えると慌ててクーガさんに続いていった……。
「はい、まずは、アスピックができたわ。あー、持ってって」
そんな声が台所からしてきて
「へーいへーいほー」
そう変わった返事をしてとたとたと駆けていくあーちゃんさんの背中を見送る。
僕も何かしたほうがいいのだろうか……。
そんなことを考える今は、みんなであの空き家の中にいて、アーシェさんが目覚めるのを待っている。
そしてシエルさんはせっせと夕飯作りをしている。
「戻ったわよー」
居間の真ん中のテーブルを前に、正座していた僕の耳に飛び込んでくる元気な声。
見ればクーガさんとカヤが二階から降りてくるところだった。
「ここ、中々にボロ屋だけど広いしあたしたちのとりあえずの拠点にはかなりいいと思うわ!」
「なのじゃ!」
その言葉にそうですか、なんて答えようとしたら、目の前のテーブルにコトリとおかれる大皿。
乗っているのは見たこともないおいしそうな食べ物。
透明なプルプルした四角い物体。
「へえ〜!二階も広いの?」
お皿を置いたあーちゃんさんがウキウキした様子でそういう。
……それはいいんだけど、あーちゃんさんがさっきから上下下着一枚で歩いているのが目に痛い。
みんな普通にしてるけど、普段からこんな感じなのかな。
そう思ったら、クーガさんがあーちゃんさんのその格好に気づいたのか
「あー!なんて格好してるのよ。はやく上着なさいよ」
という。
「えー、やだよー」
「っていうか、シエルに何もいわれなかったわけ?そんな格好で」
「シエ姉、料理作ってる時はそこにしか神経いかないじゃんー」
「なるほど。はやく、とりあえずこれ着て」
そういうと自身がきていた上着をあーちゃんさんに着させてあげているクーガさん。
大きめのそれは自然と下着も隠す。
「おー!あったかい!」
「はいはい、よかったわね」
「で、二階は大きいの?広いの?」
「広いわよ。見てらっしゃいよ。まあ、ただ、ベランダはアルくんのせいで崩れおちたけど」
「え?!それ、僕のせいですか?!」
「嘘、嘘。冗談よ。アルくんったらからかい甲斐があるわよね、ほんと」
「んじゃ、二階にいってきまーす!」
あーちゃんさんがそういって右腕をあげると同時に隣の部屋からぬった顔を出すちーくんさん
「おい、うっせえぞ。アーシェが寝てんだって何回言わせんだ、お前は」
「あ、そっか!ごめーん」
そういうと悪びれる様子なく二階への階段を駆け上がっていくあーちゃんさん。
あれでもアーシェさんのこと心配はしている……んだよな。
若干の疑問は抱きつつもそう思う。
「ちょっと、あー!次のできたから持ってってちょうだい!」
台所から聞こえてくるその声。
あーちゃんさんはもう二階にいってしまっていないし……。
いよいよ僕の出番が来たかな、と思う。
だけれど「はーい。あたしがいくわ」そんな言葉とともにスッとクーガさんがでていく。
先越されちゃったな……。
これだから、僕は……。
なんて思っていたら玄関の方で扉が開閉する音がする。
「みんなー、ボブが帰ったわよーん」
強烈なその声に玄関の方角を見やれば腕いっぱいに花やら草やらを抱えたボブさんこちらに向かって歩いてきていた。
「ここらへんにしか咲いてない花を見つけたの。それにこの薬草も。ほら、みて」
そういうと嬉しそうな笑みを浮かべるボブさん。
どんな反応をすれば良いのかわからずにいるとカヤがとてとてと近寄っていって
「おー、綺麗な花じゃなあ」なんていう。
そして気づけばクーガさんがまた大皿を一つ持ってそこに来ていた。
上に乗っているのは……これまたなんだろう。
何かの動物の肉。そしてそこにツヤツヤしてる美味しそうなソースがかけられている。
見ているだけで唾液がでてくるくらいだ。
「あとはガンガンできあがってくから全員運ぶの手伝いなさい」
そんな声に僕もいよいよ立ち上がる。
ちょうどあーちゃんさんも二階から降りて来て、「はーい」と返事をした。
「アーシェには悪いけど……。お先に、いただきます」
「「「いただきます」」」
クーガさんの声に合わせてみんなでそういう。
ほんと、誰が団長なのかって感じだよね。
まあ僕はどうせ団長候補、なんだけどね
なんて思いながらみんなが思い思いに自身の取り皿にオカズを乗せていくのを真似る。
お城では一人一人取り分けられた食事がでててくるのが当たり前だったからひどく不思議な気分になる。
「はふっ!ふはー!めはふま!」
あーちゃんさんが口から湯気をだしながらそういう。
「おい、口閉じて食えよ」
なんていうちーくんさんだけど、食べ物を口にいれた瞬間険しい顔が少し緩やかなものに変わる。
「うむ!まっこと、美味じゃのう。シエルの料理の腕は流石じゃな」
「流石って、あんた、あたしの料理食べるの初めてのくせに。調子いいんだから」
なんていいながら姿勢良く食事を口に運ぶシエルさん。
「ほーんと。シエちゃんは料理上手よねえ。将来いいお嫁さんになるわ」
なんていって豪快に野菜を頬張るボブさん。
「バカなこと言ってないであんたはもっと肉を食べなさいよ」
呆れた調子でそう言うシエルさんだけど
「あたしもそれ思うわ。シエルは将来いいお嫁さんになるわよ。ね?」
なんて隣のクーガさんに言われて顔を真っ赤にしているシエルさん。
怒っているのかな?
なんて思いながらも、僕も早速食事をしていただくことにする。
手前に置かれた箸を手に取り「いただきます」と小さな声で言う。
「召し上がれ」
「え?……」
「なに?あんたがいただきますっていったから答えたんだけど」
「あ……いや、あの、そうですよね」
いつも誰も答えてくれなかったその声に、誰かが答えてくれる、ってこんなにも胸があたたかくなるものなんだ……。
改めて、自分の取り皿を手に持ち、アイスピックなるも四角い透明な物体を口の中に運ぶ。
「……っ!」
噛んだ瞬間口の中で広がる旨味。
なんの味か、定かにはわからないけど。
「おいしい……」
そう呟いたら
「当たり前よ。」
と優しくて自信にあふれた表情をしたシエルさんにいわれる。
「ちなみにこれ作るための材料は俺とクーガとあーが酒屋でバイトして稼いだ金だから」
「チビったら恩着せがましいわね。」
「ああっ?!誰がチビだと!」
一触即発といった感じのシエルさんとちーくんさんに苦笑いを浮かべる僕。
「うむうむ。おいひいなあ〜」
「なのじゃ〜」
そのまた横では美味しそうに食事を頬張り続けるあーちゃんとカヤ。
まるで姉妹みたいで可愛らしい。
「……あんた、泣いてるの?」
「え?」
騒がしく、あたたかな周りの声を聞きながらもぐもぐと口を動かしていたらシエルさんのまっすぐな瞳と不意にかち合う。
泣いてるの?ってそんなわけ。
そう思って目元を触ろうとしたらポタリと音を立てて弾ける雫。
僕……泣いてるんだ……。
「ちょっと!あんたがたがうるさいからアルフレッドが泣いちゃったじゃない」
そう厳しい声で言うシエルさんを慌てて制する。
「違う……違います!全然……。僕、嬉しくて……あたたかくて……こんなの、初めてで……」
食事の時はいつも俯いていた。
兄たちの僕をバカにする声も、妹たちの僕を笑う声も聞きたくなくて、食べたものも味がしなくて、冷たくて、喉に詰まるようで……一生懸命飲み物で流し込んでいた。
前を向いたこともなかった。
怖かった。
けれど、それが今はどうだろう。
目の前には”あたたかな”食卓が広がっていて、そしてその周りには僕の存在を丸ごと認めてくれるような人たちが何人もいて僕の名前を何度も、バカにすることなんてなく、僕を呼ぶために呼んでくれる。
食事を口に運べば美味しさとあたたかさが溢れる。
誰も答えてくれなかった言葉には、答えてくれる人がいる。
そう考えたら涙と嗚咽が止まらなくなってきた。
それをみかねたようにみんなが優しい言葉をかけてくれる。
僕は心の中でただただ、今まで感じたこともないような無限に湧いてきそうなあたたかさを感じていた。
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