エピソード15 王の言葉は届く

「よく来てくれたわね。アルくん」

クーガさんがいるという空き家に着くと僕はあーちゃんさんとちーくんさんと別れて、一人で家の中に入った。



そしてその家の二階部分に、僕を呼び出したというその人、クーガさんがいた。


「……なんて顔してんのよ。」

僕の顔を見て呆れたような困ったような声でそういうから、僕自身も、僕に呆れたような困ったような、そんな気持ちになる。


「あたしらがついてるんだから、絶対大丈夫よ。」


なぜだろう。

その言葉の裏には、もう二度とあんな過ちを犯さないというような、強い意志のようなものが感じられる。


「……はい」

僕はただそう答えた。

自分でもわかっている、自分の欠点。

気分を引きずりがち。

うまく切り替えられない。


だから、今も、あの女の子のこととか家族のこととか、これでよかったのかって疑念とかで頭が一杯で……。



僕はただひたすらに、この人たちみたいに今この瞬間のことに全力で向き合えるようになりたいと思った。


「さあ、アルくん。ここから反撃よ。そしてその為にはあなたの力が必要不可欠なの」

そういうとクーガさんは殊更に真剣な瞳をこちらによこす。


「裏で動いてるやつらについてあーに頼んで調べてもらってる。そして国民は皆、ちーとシエル、そして二人の部隊の子たちが無事に避難させたわ」

「……」

すごい。こんな状況でも変わらずに指示を与え続けるこの人も、それを当たり前にこなすその仲間たちも。

「これは、紫炎の業火ではなくて、他の誰かの悪意によるもの」

そう言い終えると目線を窓の外の、炎をあげ続けている城の方にやる。


思わずギュッと拳を握る。


「そしてそれはきっと、私たちの祖国を襲ったやつらと同じ……。それからきっとカヤちゃんの苦い記憶の相手でもある……」

急にカヤの名がでてきてハッとする。


カヤの……。


そして、皆さんの国を襲った……。


つい何十時間か前、昨日聞いた話を思い出す。


クーガさんたちが心底慕っていた今は亡きクラウドという元団長さんが治めていた王国。

そしてカヤがいっていた、わしは守ることもできなかったうえ忘れてしまった阿呆、という言葉。


胸が、苦しくなる。



「僕はどうすればいいですか」

気づいたらそう言葉を紡いでいた。


するとクーガさんはニヤリと殊更に楽しそうに笑う。


「あなたは第5王子アルフレッド。そうよね?」

急にその肩書きを口にされビクッとする。

ついさっき城の中で燃えてそのまま消えてしまえばいいと思いながら握りしめていた第5王子アルフレッドと彫られた剣のことが自然と思い出される。


今頃はもう燃えて溶けて、なくなっているだろう。


それと共に僕はアルフレッドじゃなくなると勝手なことを胸の内のどこかで思っていた。


「今回のこと、国民に説明してほしいのよ。裏で国政を操り悪事を働いていた紫炎の業火から、僕はこの国を守ろうとした。そこで黄昏の平野団が協力してくれることになった。だけれど、紫炎の業火のやつらは逆上して城を燃やし、僕以外の王族を殺しました、と……」

「……」

思わず絶句する。

よくそんな言葉がスラスラでてくるなと。


でも、それと同時にすごいとも思う。

その言葉を言えれば、僕らに罪がないことを証明できるだけじゃなくて、クーガさんたちにとって恨む相手である紫炎の業火の人らにもひと泡吹かせられるのではないか。


ただ、一つ。

問題があるとすればそれは、僕がそれを実行できるのかっていうこと。



「そして、これからは自分は黄昏の平野団に入り、彼らと共にこの国を守ることを伝えて。それと共に紫炎の業火を倒すことに協力してほしいと頼むの」


まるでどこかに旅行に行く計画を話すように明るい口調で話すから不思議な感じがする。


「あと、国民を危険に晒すことはない。戦に無理やりださせたりだとか、そんなことは一切しないわって」


それを聞いて、わかったといいかける。

だけど途中で気がつく。


問題はもう一つあった。


僕が国民にとって信用してもらえる人かどうかってこと。


「すみません、やっぱり無理です!」

やがて下を向いて、切羽詰まってそういう。


だって、僕は、お披露目式にもでていない。

お披露目式とは王族が12歳を迎えた時に国民の前に初めて姿を晒す大切な儀式のようなもののことなんだけれど。


苦くて思いだしたくもない記憶……。


「僕、色々あって……初めて国民のみんなに顔を見せるお披露目式にもでていなくて……。だからきっと、僕がしゃしゃりでて喋ったところで誰も聞いてくれないと思います……。だって誰も僕のことを知らない……」


生まれて初めて国民の前にでるその日。

僕は朝からずっとワクワクしていて身支度を整えて、父様と母様の言葉を影で聞きながら自分が出るのはいつだろうと、その日だけは心から楽しく、その時を待っていた。


だけど、そこに兄達がやってきて……。


僕のせっかく整えられた衣服は兄達によって汚された。


召使いたちが止めようとしていた気もする。


けど、父様と母様が挨拶を終えて、国民の前に姿をあらわす時用のバルコニーと城との合間にある分厚い赤いカーテンをのぞいたとき、僕は凄惨たる有様だった。


服だけじゃなくて、顔もぐしゃぐしゃだったと思う。


涙と鼻水で、うまく喋ることもできず……。


そしてその時父様と母様が僕に向けた目が今でも忘れられない。


思えば二人とちゃんと相対したのはあの時だけな気がする。


二人は心底呆れた目で僕を見て、僕をお披露目することをやめてしまった。



ああ……いよいよ顔があげられない。


そう思って、俯いたままでいたら、

「真の国民は真の王がわかるわ」

なんていうクーガさん。


一体何をいってるんだろう。


何を伝えたいのだろう。


そう思って固まる。


「あなたには自分のこともっと信じてほしいわね。私はあなたのことを信じているわ」

そういわれて、初めて、自分は自分を信じきれていなかったのか、と思う。


「はい……」

でてきたのはほんとに小さな声だっだけれど

心の中は強くあれる気がした。

信じてくれる人がいるってこんなにも心強いことなんだ。


「そして、国民のみんなには今時計台の周辺にいてもらってるのよ。意味、わかるわよね」

「時計台の上でさっきの言葉を言う……って、そういうこと……ですよね」

「ご名答。だから今からアルくんには時計台に向かってもらうわ。私の風の魔法で連れてくから。怖がらなくていいからね」

風の魔法で連れてくってなんですか、すごく怖いんですけど。

なんて思いながら、黙って頷く。


「よし、じゃあ、決まりね。早速向かいましょう」

そういうと近くにある扉を開けるクーガさん。


その先には部屋がある、と思ったが、違う。

今にも崩れ落ちてしまいそうなベランダがある。


何も聞かなくても、このベランダに立てといわれていることはわかったので、黙ってベランダに行く。


「うえっ?!あの、これ、抜け」

「行くわよ!」

立った瞬間に床が抜ける、そう思って身構えたら、急に体がふわっと浮く感じ。


「ええっ?!」

そんな短い悲鳴をあげて僕は風に包まれるような感じで、宙に浮いて、ついでにいうと前進し始めた。


ふと下を見やれば、あの大きかった街並みが、とても……とても、小さく見えている。


素早く移動できるのはありがたいけど、ふつうに怖いよ?!そんな心内の悲鳴なんて御構い無しに風は勝手に僕を運び続ける。


やがて、時計台が見えてきとき、ようやっと下降する兆しが見えてきた。


頼むから下ろすときは優しく頼むよ。

姿のない風に対してそんなことを思う。



ドサッ

そんな嫌な音をたてて顔面から時計台の上部にあるバルコニーのような場所に落ちる僕。


「い……いたい」


これはちーくんさんが怒ってあんな顔するのも頷けるな。

僕のことを治療しにきてくれたときのちーくんさんを思い出してそんなことを思う。


もしかして、ちーくんさんってあーちゃんさんに何度も落とされて、そのせいであんな怖い顔になったのかな、なんて。こんな時になにを考えてるんだ。



「無事着いたわね」

「えっ」

いつの間にかすぐ後ろにいるクーガさん。

いきなりのことに驚く。


「さっ、アル、立って。あなたの声を私が届けてあげる」

そういってパチンと指を鳴らす。

訳がわからなくて頭の上にはてなマークを浮かべながらなんとか立ち上がる。


そして、すぐそこのへりから下を見る。


「うわっ」

あまりの人の多さに思わず漏れでる声。

そしてその声は予想以上に、というかありえないくらいに大きく、あたりに響き渡る。


そしてその大きな声に国民のみんなの目線が一気に僕に集まる。


その瞬間僕はもう後戻りできないことを察する。


覚悟を決めなくちゃ……。



「僕は第5王子アルフレッドです。そして今は王族の唯一の生き残りでもあります」


その言葉を発した途端、あたりは一気にざわつく。




「そして、唯一の王族として、皆さんにこの事態について説明したいと思います」

ざわめきに負けじと声を張り上げる。


「紫炎の業火という団を皆さんはご存知でしょうか?彼らは裏で僕たちの国の国政を操り、国の利益をかすめとっていました。そして僕はそれが許せなかった」


まるで人が違うみたいだ。


熱く語る中、ぼんやりとそんなことも思う。


「そこで黄昏の平野団という団の方々に協力してもらって密かに奴らを倒す作戦を練っていました。しかし奴らはどこからかそれを知り、僕らの計画を潰そうとした。そしてそれだけでは物足りなく、この国ごと消してしまおうと城を焼き、王族を殺したのです。僕は団の皆さんと行動していたので幸い今、こうして生きていますが……」


そういうと胸を押さえる。

悲しいということを訴えるように。




けど、今更気づいてしまった。


自分でも自分にゾッとしてしまうようなこと。


僕は家族が殺されたかもしれないこと、じゃなくて、あの女の子が手を汚したかもしれないこと、が悲しくて仕方ないんだ……。



「黄昏の平野団の派閥はゼウス。この世にも稀で大切な思想をこの国の者で守っていきませんか?これからは我々は黄昏の平野団に協力し、私たちの愛する祖国を燃やした者らに天罰を与えましょう」


愛する祖国……ね。

どこか冷めた思いが胸の中で響く。



いきなりこんな話をされてすぐに理解できるわけもない。


だけど


「あなた方をここまで避難させたり、怪我を治してくれたのはみんな黄昏の平野団の人です」


そういう。


するとそのざわめきはいくらか明るいものになった、気がする。



「お願いです。僕に力を貸してください」

最後の言葉を何を考えるでもなく、ただ、自然とでてきた。



……やっぱり、顔も見たことないのに、いきなりしゃしゃりでてきて第5王子だとか、ふざけてるよね。


不意に胸によぎる不安


「……よくやったわね」

ぽん、と右肩に置かれた手。


「……これで大丈夫なんでしょうか……」

そういって恐る恐るクーガさんの顔を見ればそこにはいつものように妖艶で、優しい笑みが宿っていた。

「当たり前よ。国民のみんなの声が聞こえてこない?あの姿は国王様そのものだって」

「え?……そんな」

一生懸命耳を澄ましては見るけれど

ざわざわしすぎていて何も聞こえない。

「私、地獄耳だからね。あと、城の火は消えたみたい。たった今ボブから伝言がきたから」

「え?」

「私が消したわけじゃないわよ。流石にあの量の特殊な火を消す余裕も頭もなくてね。優先事項もあったし。ごめんなさいね、アル」

「いえ、そんな。むしろ……」

よかった、といおうとして言葉に詰まる。

本当にそうなんだろうか、と。

「アル?どうかした?」

「い、いえ、なんでも……。あっ、また妖精が……」

不意にクーガさんの肩にとまる妖精。

僕には何も聞こえないけれどクーガさんに何かを伝えているのだろう。


これ以上事態が悪化するとは思えない。

むしろ収束していくだろう。

城は燃えてしまったけれど黄昏の平野団の皆さんと共にこの国を持ち直して、紫炎の業火や今回の件の裏にいる人物をあばき出し成敗できる。


そう、思っていたんだけれど……。


「アーシェが捕らえられた……」

クーガさんの動揺した顔を初めてみた。


アーシェさん。

6人の精鋭の方々のお一人。

そんなアーシェさんが捕まるなんて敵は相当なーー。



「……」

しばし黙り込むクーガさん。


クーガさんは、どうするのだろう?


僕はただ黙って次の言葉を待った。


「アーシェを助けにいくわよ」

クーガさんは躊躇うことのないまっすぐな声でそう言った。

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