乱される、その正体もわかぬままに

その事態は、誰の予想を得ることもなく、突然に、唐突に起こった。



城に火がついた。


そのことに仲間内でいち早く気がついたのはボブだった。


そのことを伝えられたカヤは、最初、ボヤ騒ぎを疑った。


しかし、違った。


そしてその火事の意味と、その背景にいる者たちを察して、彼女の顔色は一気に青ざめていった。


その的確な判断と知恵が、正常に働かなくなるほどに。


「なぜ……なぜそれほどまでにわしの前に姿をあらわす……わしは……わしは……」

「カヤちゃん、落ち着いて!大丈夫だから」

そういうボブは、もう二度とあの時のような悲劇を起こしたくない。そんな強い思いでいっぱいだった。

自分にできる一番のことは情報を伝えること。

だけど、情報を伝えたカヤは今正常に判断を下せる状態にない。

ならば、今一番に情報を伝え、カヤに変わって指揮を頼めるのはあの人しかいない。

そう思ったボブは部下にカヤを任せて駆け出した。






「うわあ……燃えとる……」

城付近にそびえ立つ大きな塔の頂上付近にいで立つ少女はなびく髪の毛をおさえながらモクモクとしたどす黒い煙を上げる城をみていた。

「後方……アルくん大丈夫か」

予想外の出来事に動揺することもなく、淡々と自身の太ももに装備していたカプセルを取り出し、愛用の注射器にとりつけその針を自身に刺す。


今回の作戦は人を誰も殺さない。

死なせない。

その為に国のトップである王族だけを単独で狙い、王族に関しても殺さない死なせないようにするための、そのための作戦だった。


しかしその作戦は簡単に覆された。


変化していく自身の腕を気にすることもなくただ前方を見て

「ありゃ、普通の火じゃないね……」

そうつぶやく、あー。



変化したその腕。その場所には鷹のような雄大な羽がある。


戦を何度も経験してきた彼女は、作戦が簡単に覆されてしまうことにはもう慣れっこだった。


それにしても今回は悪質だ。

ただ、彼女はそう思っていた。









「こっち!こっちに逃げて!他の人らにも火事だって伝えて」

強い口調でそういいながら逃げ惑う人々を誘導するシエル。

こういうとき動揺せず、その状況に対して冷静に対処すべきということは、言わずもがなわかっていたし、その体に染み付いていた。

「にしたって悪質ね……」

今は別の場所にいる仲間達が同じ言葉を吐いているなんて思わずにポツリとこぼすシエル。


その火事が意味することはなんとなしにわかった。


だからこそ、彼女らの瞳に宿る光は尚一層鋭いものになった。


自分たち黄昏の平野団が、支持するゼウス派という思想に反して、人を殺すような無慈悲で悪逆非道な集団であるという認識を人々に植え付けるために、この消えない炎は誰かが仕組んだことなのだろう。


この世界では、思想がとても重要視される。


思想に反することをする、なんて、もってのほかのことだった。



そんな非常識で理解し難い言動をする団に、誰も入りたいとは思わない。



今回ここで黄昏の平野団が功績をあげれば、確実にその名は広まる。

世にも珍しいゼウス派の思想を遂行する強者が現れたと。

そうなれば、団に入りたがる有志も増えたはずだ。



それを阻止したい誰かがいる。



そしてカヤの言葉を受けた彼女らの脳裏には未だはっきりとはしないその裏にいる誰か、なにかの気配を感じとり始めていた。


紫炎の業火ではない。


まずみんなが、そう思った。









「火……か……。嫌だね。あの日のことを思い出しそうになる」

近くを通りかかった召使いたちの言葉を聞いてそうつぶやく男、アーシェ。


彼はアルフレドと同じように城内部に潜り込んでいた。


召使いとして変装をして、なおかつ、彼と同じ背格好の青年を拘束して成り代わっている。


目深にかぶっていた帽子を脱ぎ捨てると、彼は静かに歩き出した。


仕方がない。

王族の彼らを死なせては僕らの落ち目がさらに深くなる。


アルフレッドくんを傷つけたというなら簡単に許しようもない人らだが助けざるを得ないだろう。


そう思って彼は歩き続ける。



彼は存外に一番に仲間を思いやれる人だった。


そして誰よりも早く新しいメンバーを仲間と認められる人でもあった。










まず最初にアーシェが見つけたのはこの国の姫たちだった。

遠目に見て、おかしい、と思う。


恐れ戸惑う彼女らを必死になだめて外に連れ出そうとしているはずの召使いの姿がどこにもない。


王族を捨て置いたのか?

そんなまさか。


火事発生時にまわりに人がいなかったとも考えづらい。


そんな複雑な想いの中、懐にしまっている短刀に手を伸ばしながらあたりの様子に感性を研ぎ澄ませる。




「どうも、姫君たち、君たちはここで何を」

そこまで言葉を発して黙る。

近くによれば彼女らはみな、頭を抱えて四人丸くなって座り込んでいた。


何かに怯えている。


なにかが、なに者かが彼女らの目の前で人を……斬ったのだろう。


彼女らにかかっただけではとどまらずあたり一面に飛び散っている血と近くに倒れている従者らしき人々を見てそう察しをつけるアーシェ。


そんなとき、唐突に後ろからアーシェに斬りかかる女。


アーシェはすぐに反応し、サッと身を翻し軽々とその刀を受け止めてみせた。


「君か……」


真っ赤に濡れた刀を手に持つその女は、顔を隠すこともなく、堂々とそこにいでたっている。


その服装から召使いであることは察せるが、本当の召使いか、潜り込んだ間者かまではわからない。


それにしても、ここまで凄惨な現場を作り出しておきながらその衣服に一点の汚れもないのは驚嘆の一言だ。



相当な手練れであることを瞬時に察する。

そこらの兵よりかは剣の扱いに自信はあるが本業は魔物使い。


彼女に剣では勝てない。


この場で魔物を呼び出すことも不可能だろう。


なにせ……。



シュンッ


閃光のように素早く、アーシェに襲いかかる刃。



アーシェはいつぶりかに本気で死の予感を感じ取った。


ここで死ぬわけにはいかない。


ここで無理をしたところで王族を助け出すのも無理。


目の前にある命に想いを馳せる暇すらなく、彼は死に物狂いで近くの割れた窓から飛び出した。



割れたガラスがあったのだろう。


頬を、涙のように、血が流れていった。








「くそっ……なんなんだよ」

悔しそうにつぶやくその人、ちー。


ちーは今、当初の予定の場所、城門近くから動いて、城の目の前にきていた。


そこで逃げてくる人々の中に怪我人がいれば治癒術をかける、ということを、ひたすらに行なっていた。


作戦は簡単に覆され、簡単に変わるもの。


わかってはいても、実際にそれが起これば腹が立つものだ。


しかも今回のはかなり悪質だ。


正々堂々戦うでもなく、ただ単に嫌がらせでやられていると感じる。


「くそっ……」

治癒術をかける手を止めずに、彼はただそう呟いていた。









「なるほどね。オーケー。了解したわ」

「……で、どうするの」

その頃、市街地の中の空き家の中で、クーガとボブが話をしていた。


「利用しましょう」

口元に人差し指をあてて、妖艶にそういうクーガ。

「それって……」

「ええ。理想には反する。けど、もうどうしようもない。今できることはいかにこの被害を最小限にとどめられるか。そして巧妙にこの地を手に入れてみせるかってことなのよ」

「なるほど」

「にしても意外ね、カヤ。あんなにどっしりした子がこの程度のことで動揺するかしら?」

「裏にいる誰かを察して動揺してるように見えたけどね」

「……なるほどね。今回は私たちの見せ場ってことかしらね」

「……さあね」

そんな質素な言葉の中にも、二人には微笑みがあった。


冷たさの中に、あたたかさがあった。

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