エピソード13 始まりの鐘の音が響いた
朝方。
新しい太陽が昇りはじめるよりもはやい時間。
僕はいわれた通りの場所に、自分では想像も出来なかったくらい冷静な心持ちで出で立っていた。
国を落とす。
それを明確に定める定義は何もない。
カヤはそういった。
ただ、人を殺さずに国を落とすことは可能であるともいった。
国の中枢、柱である王族を叩けば国を落とすってことにはなるわよね。
クーガさんも、思慮深げにそういった。
そして、僕は、この作戦がきっとうまくいくと確信していた。
この時までは……。
「火がっ……火がまわってる……っ」
いわれたその場所に……懐かしい、今は遠くに感じる城の中に潜り込んでいた僕の耳に、そんな言葉が飛び込んでくる。
火?……。
そんなの聞いてない。
そう思いながら身を隠しつつあたりを伺う。
ここまでくるのもすごく大変だったけど、ボブさんやみなさんの助けのおかげでなんとかこれた。
だから、簡単に姿を晒すわけにはいかない。
けどこの匂い。
この目にしみるもの……。
ほんとうに……。
「火事だあーーっ!」
次の瞬間、大きな鐘の音が鳴り渡りそんな声がこだまする。
その瞬間、もう、なりふり構ってられず、物陰から這い出て立ち上がる僕。
だけど、みんな火事騒ぎに夢中で僕に気づく気配はない。
存在感薄い……ってよくいわれていたし気づかれてないだろうな。
というか、家出して間もないからもしかして家出自体に気づいていなくて、僕がいても違和感がないのかな。
まあ、なんにしても……。
「なんで火がまわってる!おかしいだろ!」
「わかりません。防火システムもきちんと動いてるはずなのですが、火が消えなくて……」
「ええい、はやく王様たちを非難させろ!他の者らは消火につとめろ!」
そんな会話が聞こえてきて、ますます訳が分からなくなる。
防火システムでも防ぎきれないような大火がなぜ?
もしかして魔法の炎だったりするのだろうか……。
だとしたらクーガさん?……。
でも、なんで?
ボーッとする頭。
鼻先をかすめる煙の匂いが強くなってきて、思考も鈍る。
そんな時ふと遠くで聞こえてくる女の人たちの悲鳴。
そうだ。
あの日、僕の背中を押してくれたあの子は……。
そう思って僕は駆け出した。
「はあ……はあ……」
息が切れてるのか、煙のせいなのか、息がしずらい。
もう外に出てるのだろうか。
なら、僕ももう出た方がいいのだろうか。
みんなはどうしてるだろうか。
そんないくつもの思考の中に当然のように織り混ざる、このままここにいて、消えてしまおうか、そんな考え。
どうなるんだろう。
そんな興味と、この苦しさからくる諦めのようなものが強かった。
「……ここ……」
重い足を引きずっているうちに、自室の前に来ていた。
何も考えずに歩いていたから、まるで導かれたようで少し怖くも感じる。
浮浪者のように不安定な動きで自室の扉をあける。
まだ新鮮な、煙に侵されていない綺麗な空気が流れでてきて、それを少しでもとりこぼすまいと胸いっぱいに息を吸う。
けれどそんな空気もすぐ犯されていく。
そのことを感じながら部屋に入ると、僕のコンプレックスの全てを象徴しているような、大きく第五王子アルフレッドとかかれた剣が目につく。
ぼんやりとした瞳でそれを手に取る。
この剣も、この剣に込められた僕のコンプレックスもなにもかも、悲しみも苦しみも、ここに住まっていた人も思い出もみんなみんな
燃えて燃えてなくなって灰になってどこかに流されてていけばいいのに。
完全に煙にやられてる。
ぼんやりそう思いながらも、剣を思い切り部屋の真ん中に突き立てた。
なくなれ
なくなれ
頼むから
そんな醜い願いをかけながら。
……こんな僕が、僕は嫌で、でもそんな僕が本当の僕で、だから僕は家族が好きという気持ちを強く持とうとしていたのかな。
なんだ。
お祖母様のせいではないじゃないか。
そんな思いを抱きながら、振り返り、部屋を出ようとする。
もう目の前はほぼ見えない。
ああ、死ぬのか。なんて思った。
そしたら……。
「きゃっ」
「うわっ」
急に誰かとぶつかって、力の入らない状態の僕は簡単に後ろに倒れこむ。
倒れこむともう、動く気もなくなってきてしまうな。
なんて思いながらゆっくり顔を上げる、
「嘘……アルフレッド王子……」
「……え……」
ぼんやりとしていた頭が、急に冴えてくる。
そこにいたのは探していたそのこ。
僕の背中を押してくれたーー。
「とにかく立って!早く逃げますよ!」
そういうとほぼ強引に僕の手を掴んで立ち上がらせて窓に駆け寄る。
ここは二階。
二階とはいってもかなり高い。
けど彼女はそんなのものともしないようだ。
思い切り体当たりしてガラスをいとも簡単に割ると、僕の腰を抱いた状態で割った場所から飛び降りようとする。
その力強さに驚く。
「破片、気をつけてくださいね」
短くそういうと、そのまま、飛び降りる。
抵抗も何もしない僕はなすがまま、彼女と共に飛び降りた。
もう、頭が状況についていけてなくて、何が何だかよくわらかなかったところもある。
痛みがくる。
そう覚悟をしていたからか、その痛みはさして体に響くものではなかった。
どちらかというと重く鈍いじわじわとくる痛み。
改めて自分のいる場所をみれば、そこは芝生の上。
なるほど。
だからそんなに痛くなかったのかな。
「大丈夫ですか?怪我は」
そういう女の子を見上げる。
初めてみた。
いや、きっと何度も会ってるし、記憶にもあるんだけど、こんなにもまじまじと見つめたのは初めてだ。
暗くどす黒い煙があたりを満たすような空気の中でも凛と映えるような美しい人。
紅色の髪の毛は一つにまとめていて顔立ちがはっきりとわかる。
すっとした鼻筋。
凛とした紅のような金のような瞳。
その全てに吸い込まれるような不思議な溢れ出る魅力。
こんな女の子が僕のそばにいたんだ。
そして、僕の背中を……。
そう思い出すと同時に、彼女の白く細い手から赤い血が溢れていることに気がつく。
「手……」
「ああ……これですか。大丈夫ですよ。舐めれば治ります」
なんてことないというようにそういうと、すぐにどこかに駆けていこうとするその人。
まだ名前も聞いてないのに
そう思って引き止めようとするも、その人は足早に去っていく。
ああ、もう無理か。
なんて思った、その時。
僕の気持ちが通じたように彼女が倒れこむ。
僕はハッとして立ち上がり駆け寄る。
「……っ!こんな時に……」
悔しそうにそういうその人の肩に手を回す。
「一緒に行きましょう」
そういうとその人はどこか戸惑うような困るような表情をみせる。
思わずひるんでしまいそうに、やめてしまいそうになるけど、それでも構わないと、なんとか思い直して立ち上がる。
深く考えることもできなかったという方が、正しいかもだけど。
「……王と女王、そしてご兄弟ご姉妹は亡くなられました」
不意に深刻な声音でそう告げる女の子に、手に入っていた力が思わずぬける。
それによってまた倒れ込んだ女の子。
慌ててまた助け起こそうとするも、力が入らなくて呆然としているうちにその子の姿はなくなっていた。
僕は随分と家族を失った悲しみに浸っていたようだった。
なぜか分からないけれど、僕は地に膝をついて、声をあげて、泣いていた。
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