エピソード12 隠れて、みえるもの

「おお、登ってこれたかの」

「う……うん……なんとか……。でもこんな高い場所……しかも夜に……よくいられるね」

「そうかの?やはり、夜風というものは一番頭を冷やして、いい考えをもたらしてくれるからのう」

「そうなの?カヤはいつでもブレないし、あまり冷やす必要なさそうだけど……」

「いんや、あるよ。わしにも感情というものがあるからの。それは軍師にとって一番の大敵。じゃからこうして頭を冷やすんじゃ。情は大事じゃが、情に遊ばれてはおしまいじゃからなあ」

そういって夜空を見上げるカヤ。

そんなカヤの隣にいる僕は今、カヤとともに屋根の上にいる。

かなりの高さな上、夜風は冷たく周囲の森は不気味で怖くて、本当ならこんな場所今すぐにでも逃げ出してしまいたい。

でも、カヤを一人置いて逃げることはできない。

仕方なく、カヤの隣に座り込む。

「わしはもう、間違えられないからの」

真剣な瞳でそういうカヤに、なんて言えばいいのかわからなくて固まる。

カヤがいいたいことはさっき聞いた話の中にあった、「わしは守れなかっ上に忘れてしまった阿呆」という言葉と繋がってる気がする。


僕は誰かを守ったことも、忘れたこともない。

だけどその気持ちは想像することができる。

ただそれは僕の勝手な想像で実際のことはわからない。


だから、軽々しく言葉を吐けない、と思う。


「不思議ではないのか」

改めてカヤの瞳を見る。どこか無邪気なのに大人びた瞳をしていて、ああ本当に大人の人なんだなあなんて思う。


「なにが?」

「わしの……記憶がないということじゃよ」

「……うん、不思議だよ」

「不思議に思ったことを聞かないのか?」

そういわれて、少しハッとさせられる。

僕の周りにはいつも、悪意が満ちていて、怖くて身動きもとれなくて、知りたいと思ったことはみんな自分の中で完結させて終わらせていた。

「な……」

開いた口は、開いたものの、どうすれば良いのかわからずに閉じてしまう。

その様子を見かねたようにカヤが僕の頭をポンポンと撫でる。

「最初はそれでいいんじゃよ」

優しいその声音は、本当の……お母さんみたいだ。

「して、わしの記憶じゃがの。……正確なことはなんにもわからんが、恐らく7日ほどで消えておる」

「……え?」

「これが天性のものなのか、はたまた病の一種なのか。正確なことはなんにもわからぬ。しかし、恐らく7日で消えておる。記憶にない記しにはそう書いてあった」

「じゃあ、あと……6日したら……」

「うむ。あと6日したら、お主のことも忘れるじゃろう。しかしなあ、不思議なことに7日しても次の7日継続して共にいれば記憶は消えないんじゃよ」

「え……じゃあ」

「ずっと共にいれば、変わらぬ。しかし、離れればパーッと忘れてしまう。そんな感じじゃな」

「そんな……」

「お主に初めて会ったとき、わしはしきりにあやつに似ているといっておったろ」

「うん」

「その奴の記憶も、何もないんじゃよ。けど、なにもなくてもこんなに感覚として残っとるんじゃ。そ奴はわしにとって相当に大切で尊い存在だったに違いない。」

「……そうだね」

「大切なものを沢山失ったが、わしはいまだこうして生きながらえておる。」

そういうと屋根から足をおろし、ブラブラさせるカヤ。

白く細い足が、闇の中で踊る。

なんだかそれが、妙に妖艶にうつって見えて、ぼーっとカヤの足を見つめていた。

「……そういえば、記憶がなくなるっていってたけど、そしたら戦術とかは……」

ふとハッとして声を上げる。

「戦術か?戦術はの。記憶してない」

「え?……」

驚いてカヤを見ると、カヤはいたずらっ子のような笑顔に誇らしげな表情を織り交ぜて、自身の頭を人差し指でポンポンと叩いていた。

「ああ……」

なんとなく察して、唸る。

僕には戦術とかよくわからないけど、歴戦の戦士であるアーシェさんはカヤの案を見て嘘みたいだと、素晴らしいと驚いていた。

カヤのそのすごい戦術力みたいなものは、忘れる以前に、自身に組み込まれたものなんだろうな。

驚きながら言葉を発しようとする。

だけどその瞬間。


シュッ


なにかがカヤの元からすごい勢いで飛んでいく。


「え?今のって……」

そういって呆然としながらカヤを見ると、顔があった場所に足があって、

「どうしたの……」

立ち上がり、鋭い瞳を森に向けているカヤにそうたずねる。

「敵の間者じゃよ」

短くそういいおえると、驚く暇もなく、僕がハシゴを使ってなんとか登った高い屋根の上から飛び降りるカヤ。


「カヤ?!」

慌ててそういうもカヤは平気そうで、こちらを気にすることもなく、小屋の中に入っていく。

相変わらず自由だなあと思いながらも僕も慌てて屋根から降りる。もちろん、ハシゴを使って。







「……というわけで、そろそろ敵陣に攻め入るぞ」

僕が小屋に入ったときにはそんな言葉が響いていた。


後ろを見れば、暗い暗い夜が、少しずつ薄まってきていた。


朝がくる。


「ボブのまわしたものらも上手くたちまわって間者とやりあってくれたようじゃが、数が多すぎるようじゃな」

「……あらら……。そこまで執念深くこられるとはね」

「きっと怖がっとるのじゃろう。なにせ奴らはお主らに一時軍団壊滅の危機を味合わされたのじゃからな」

「なるほどね」

さっきまで遊んでいたのが嘘のように、みんな真剣で強い鋭い瞳をしてカヤを見てる。

どんな細かな情報も聞き漏らさない。

そんな決意のようなものすら感じる。

「さて」

だから、僕もそんな瞳をカヤに向けていた。

そしたら不意にカヤが振り返る。

「アルフレッド」

その言葉にはさあ出発の言葉を、という意味が込められている。

いわれなくてもわかった。

ゴクリと唾を飲んで、恐る恐る一歩前にふみだす。

小さな一歩。

カヤの隣に並び立つ。

小さいけれど、大きな一歩。

そう、信じたいな。


「僕は……」

そういった瞬間から、考えることもなく

言葉が口をついてでてきた。


「あの国を、あの国の王族をみんな消し去ってやりたい」

いい終えてから暫く間があって、僕自身いった言葉にやっと気がついて、慌てて

「じゃなくてっ、一緒に頑張りましょう。カヤの思想は素晴らしいものだと思うし、できることならだれも……傷つけずに」


そんな言葉にシーンとした空気がいくらかは和らぐ。


「一瞬すごいびびったんだけど」

まっすぐな目をしてそういうあーちゃんさんに苦笑いを浮かべる。

「ほんと。人が変わったみたいじゃない」

腕を組んでそういうシエルさん。


他のみんなも口々に同じようなことを言う。


そんな中、カヤとクーガさんだけが、どこか考え込むような、深刻な顔をしていた。


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