エピソード11 嵐の前には
「はい、そっちのもってて。次こっちね」
「は、はい!」
「アルフレッドくーん、終わったらこっのもお願あい」
「はい!……」
若干おどおどしながらも次々と押し付けられる雑用をこなす。
今は早速明日の準備に取り掛かってるところ。
本当は僕も話したかったし、みんなも僕に話て欲しそうだったけど、時間がないのでこうして早速準備に入っている。
そして特段なにか才能があるわけでもない僕は、ひたすら雑用を引き受けてはこなしている。
シエルさんから頼まれた雑用を終えるとヘトヘトになりながら今度はボブさんの元へ向かう。
今この小屋にいるのは僕とシエルさんとボブさんだけ。
他のみんなはそれぞれの準備や、他の町に散らばっている仲間をできるだけ集められるよう各地を駆け回ったり、ターゲットにされているであろう酒場の人たちを避難させにいったりしてる。
「おお、アルフレッド、よいところにきたの」
足を引きずりながら歩いていた僕に声をかけるのは……。
「カヤ……」
「すまんが、水を一杯もらえんか?喉が乾いてしまっての」
「……カヤ、自分で取りに行こうよ」
寝転がり、地図を広げ、駒を動かし作戦を立てているカヤにそういう。
作戦を考えているということを抜いたらただ単にダラダラしているようにしかみえない姿だ。
そっか。改めてこの小屋には今、カヤもいたんだった。
存在を忘れてしまうくらい僕が忙しかったのと、カヤが静かだったんだろうな。
「すまぬ、すまぬ。お主は今忙しく働いているのじゃな。」
そっか。
カヤは今の今まで作戦を考えることに没頭していて、僕が忙しく動き回ってたとか、わからなかったのか。
そんなことを思う僕を尻目に、立ち上がり、玄関の方へ歩いていくカヤ。
「え?カヤ。水ならシエルさんのところに……」
「ん?なに、少し雨水を飲んでくるだけじゃて」
え……。
雨水……?……。
頭にかなりの疑問符が浮かんだものの、カヤはもうそこにいない。
仕方なくボブさんの元にいく。
「あら、遅かったじゃないの」
大きなすり鉢のようなものをあぐらをくむような形で足で押さえ、中のものをゴリゴリと潰してすりあわせてるボブさん。
これが案外重労働で、ボブさんはかなりの汗をかいている。
先程同じことを任された僕も汗だくになった……。
「まあ、シエルさんのお手伝いもしているので……」
そんな僕の小さな声音の言葉にボブさんは簡易的な返事をして、次にやることを促す。
シエルさんから聞いた、みなさんの昔の話。
みなさんが6本の指にはいるくらいの優秀な人材であるってこと。
なんだか納得できる。
テキパキしていて、一つ一つの行動に無駄な部分、無駄な時間がなに一つないと感じる。
最善の状況をつくりだすことに長けているんだろうな。
任された仕事ーーカゴいっぱいの薬草についた赤い実を取り除くことーーを、僕なりに精一杯やる。
やり始めて数分ともせず、今度はまたシエルさんからお呼びがかかる。
「アルフレッド、終わったらこっちきて」
そんな声に「はい」とできるだけ腹に力を入れて返事をする。
はじめは綺麗な人だなあと思って見惚れたけど、性格がキツいし、人使いが荒くて、思わずため息がでてしまう。
なんていっても女の人に慣れてない僕はシエルさんのそばに居るだけで変に意識して少し頬が熱くなってしまうんだけど……。
「ほんと、いい男ね、アルくん」
不意にそんなことをいうボブさん。
直前に考えていたことが考えていたことだけに熱くなっていた僕の体もボブさんの言葉を受けて一気に冷めていく。
「はい……」
少しげんなりとしながら僕はそう受け答えた。
あれから何時間経っただろうか。
太陽はとっぷりと沈み、空は暗く黒く染まり、月が顔を出している(とはいっても今日は雲が多くてほぼ隠れているけれど)小屋を取り囲む森からはなんの動物かわからない奇妙な鳴き声がずっとしている。
真夜中であることはなんとなくわかった。
「やっと終わったわね」
小さな小屋(この小屋には最初にみんなで話した部屋と、台所と、寝床しかなく、住む人数としては3人が限度という感じの小屋だった。城で暮らしていた僕からするとそれはかなり異文化のものに感じられて最初は慣れなかったものの落ち着いてきた今はここにいることがひどく楽しく感じられてきた)の数カ所にロウソクが置かれ、優しい橙色の灯りが僕らの顔を照らす。
腰に手を当てて、自慢げな笑みを浮かべるシエルさん。
「あの、一つ思ったんですが、こんな時間まで起きてて平気なんですか?明日の朝に攻め込むのならはやく休んだ方が」
「なあにいってるのよアルちゃん。これからが本番よ」
本番。
その言葉を聞いて、すぐに昼間の雑用の数々を思い出す。
あの雑用はほんの序の口ってことなんだろうか……。
「なにいってんだ。そいつのいうとおり休むぞ」
険しい顔でそういうちーくんさんだけど、その言葉を発した次の瞬間、ちーくんさんの顔になにか……白い何かがすごい勢いで飛んでいく。
ベシャッ
嫌な音を立ててちーくんさんの顔面にあたり、残りカスがポタポタと地面に落ちる。
「おい……」
「クソガキ、いいから剣を……」
ベシャッ
今度はサッと、投げつけられたそれをかわすちーくんさん。
小屋の古びた木の壁にその白い何かがべったりとくっつく。
「とりなさい」
投げ終えたあとのフォームをとるその人は
「シ……シエルさん?」
「おうおうおうおうやってくれんじゃねえか。クソババア」
顔についたそれをぬぐいとると、同じように白い何かをシエルさんに投げつけるちーくんさん。
だけどシエルさんはそれを予期していて、華麗によけてみせる。
けど……。
ベシャッ
避けた瞬間にまた次のそれが投げつけられ、
それはシエルさんの髪の毛にあたりはじける。
「あんた……!よりにもよって女の命になにしてくれんのよ!」
そんな言葉とともにまたその白い何かがなげられる。
「うっせえ!もうとっくに女として枯れてんだろ!」
「はあっ?!そんなんいうあんたは、男としてはじまってもないじゃない!」
その一連のやりとりに固まる。
「あれはねえ、恒例行事だよ。びっくりしたでしょ」
そういいながら隣にやってきたのはあーちゃさん。
あいかわらず、能天気な雰囲気でそういいながら、どこからもってきたのか生クリームがたっぷりのったカップケーキを頬張っている。
「恒例行事……ですか」
「そうそう。あたしらは馬鹿だからさ。」
カウンターのようになっているとこに肘をつきながらあきれたようなあたたかな目をしながらそういうボブさん。
「戦の前日なんて、早々寝れないのよ。だから、それならいっそ起きちゃおうっていうわけ」
あーちゃさんの隣にやってきたクーガさんがそういう。
「それであの……白いのを投げて?……」
「そうそう。あれね、食べ物に見えるけど全然違うのよ。戦に必要なものの準備をしてるとどうしても廃棄物がでるのね。で、それを特殊な技術で加工してあんな風に一口サイズにまとめて投げつけ合うわけね」
口元に手を当てて楽しそうにそういうクーガさんは、はやくちーくんさんとシエルさんの争いに混ざりたそうだ。
「特殊なやつだから、ほら、あんな風にぶつかっても……」
そんな言葉にシエルさんたつをみると、さっきまで確かに真っ白に染まっていたシエルさんの髪の毛やちーくんさんの頬が元の状態に戻っている。
「さ、あんたもやりましょ」
「え、あの、作戦の確認とかは……」
「いいのいいの。そんなのこれが終わってからよ」
そういうクーガさんに連れられ、ちーくんさんとシエルさんの戦いの最中につっこむ。
そこからのことはもう、よく覚えていない。
大げさかもしれないけどただただ生きることに必死だった。
時間もあっという間に過ぎそうだった。
けれど途中であることに気づく。
カヤがいない。
そのことに気がついた僕は慌ててその場から抜け出して、誰もいない、暗い玄関の方に向かう。
カヤの靴はない。
ということは、外に?
こんな夜中に?
慌てて外に飛び出す。
「カヤ……」
目の前にそびえる暗く深い森が恐ろしくてでた声は自然と小さなものになる。
けれど
「おお、アルフレッドではないか。」
そんなカヤの元気そうな声がどこかからしてくる。
「カヤ?一体どこに……」
辺りをキョロキョロと見回しながらそう声をかける。
すると
「ここじゃよ、ここ」
またカヤの声がどこかから聞こえてくる。
……この声もしかして……。
そう思って上を見上げると。
と……
「おお、やっと気付いたの。」
なんていうカヤが、屋根の上で楽しそうに笑っていた。
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