宣戦布告

「まじか……」

燃え盛る火の海。

そこにあったのは自国。

いや、祖国というべきか……。


男は悲しみとも怒りとも言えない表情をその大火に向けた。


しかしやがて、後ろを振りかえる。


そこには、視界を埋め尽くす、沢山の人がいた。


「お前らが無事でよかった」

男はただそういって、笑ってみせた……。







その男の名はクラウド。

三大神のうちの一人、ポセイドンを守護神にもつ大国の元、王。

彼の国は火の海となり、消えた。

それは彼が、自国という財よりも、国民という命をとったからでもあった。



そして彼には今、王、ではないまた違った二つ名がある。



「団長」


そう、団長。


彼は今、一つの団の、団長となっていた。


「おお、クーガか。なんだ?作戦まとまったのか?」

「ったく。ほんとに団長さんは呑気なものね。まとまったわよ。あなたが寝てる間にね」

「昔の夢見たよ。国が燃えた日の」

「……」

途端黙り込む、その、女とも男ともとれない容姿をした人物は、女の口調をしたれっきとした男であった。

名をクーガといい、クラウドとは幼少から親交があって、王と臣下というより、親友と言えるような間柄であった。

そんな彼は今この団の軍師をつとめている。

「あの日……あの黄昏の平野から俺らは始まったんだよな……」

「……そうね。あんたの理想を叶えるために」

「……ああ。わかってるよ。んで作戦ってのは」

「これ。」

それからいつものように二人の作戦会議が始まる……。







作戦会議終わりの午後。

クラウドは団の基地である古城の中の一室を訪ねていた。

「よーす。爆発させてるかあ?あー」

「よーす、って、爆発させてるか、じゃなくて、研究してるか、って聞いてよね〜」

クラウドが足を踏み入れたそこはゴチャゴチャと物が溢れる一応研究室といわれる場所。

その場所の中心でなにやら作業を行っているのは薄桃色の髪の毛をした可愛らしい少女。


名前をアビリルズアーネといって、その複雑な名前からあーちゃん、あー、というあだ名をつけられている。

元々クラウドの国の城で働いていた研究者の娘で、母の研究を引き継ぎ、今もこうして昼夜問わず研究に励んでいる。


「でもねー、もうちょっとでできそうなんだよね。新しいの」

「そうなのか?」

「うん!もうちょっとなんだ!蛙と鷹の!だから待っててね」

「ありがとよ。でも、これ以上爆発させんようにな。クーガのやつが騒がしくなるから」

「?クーくんが?」

「なんでもねえよ、じゃあな」











研究室を出るとクラウドはその足を止めることなく、また別の部屋に足を踏み入れていく。


「ノックもなしに……ほんと無礼だな、団長さんは」

「そういうお前も年上に対して口がなってないんじゃないかあ?」

「お前……っ。わざといってんのか。俺のが年上って何回も言ってんだろが」


激しい口調でそうまくしたてるのはチルビカオナ。

彼もまたその複雑な名前からちーくん、ちーというあだ名がつけられている。

千人に一人といわれるチルドレンなる病にかかっており、見た目は子供なものの実年齢はクラウドよりも上。立派な大人だ。

彼もまた先述の二人のように元々クラウド王がおさめていた国の城に勤めていた者だ。

大体この団は、城の関係者と国民から成り立っていた。


「まあ、そう怒るなよ。って、ボブじゃねえか。おい、ボブ」

クラウドが次に声をかけたのはクラウドのいる方から背を向けて座り、何かに熱中した様子の男性。

彼の名はボブ。

とても筋肉質なその体格に似合わず薬剤師、兼、スパイを担う男性。

そしてオカマである。

「なんだ、あいつ。無視しやがって」

「静かにしてやれよ。新薬つくってんだよ」

「あー、なるほどな……」

「珍しく引き下がるな」

「珍しかねえだろ。俺はいつも人の仕事の邪魔はしねえよ。」

そういってからボソリと

「俺のせいで働かされてんだからよ」

そう付け足したクラウドだったが、すぐに頭を叩かれ、その衝撃から黙り込む。

それから少しとしないでバッと顔をあげると

「って、なにすんだよ、いきなり!」

そうつっこむ。

「俺のせいで、とかキモいこと抜かしてんな。俺らは俺らの意思でやってんだよ」

「そうよ。クラウドちゃんたらほんとまだまだ子供ね」

「なっ……おま、ボブ、気づいてたのかよ」

「まあね。とりあえず新薬完成っ。あたしは少し寝るわね」

「おいお前、ここで寝んなよ」

「なによ、ちーくんたらいけずねえ。いいじゃないの」

ちーが運営する保健室であるこの部屋にはいくつかのベッドが置いてある。

ボブは大きなあくびをしながらその一つに飛び込んだ。

「あと、いいそびれたけど、私は私の意思でみんなの役に立とうとしてるの。そして、私の意思であんたの理想を叶えようとしてる。……以上よ」

そんなボブの言葉にクラウドは眉をひそめながら笑ってみせた。

「ありがとよ」

そういって。






次にクラウドは食堂へと足を運んだ。

時刻は夕刻。

ちらほらと人がでてきてはいるものの、まだまだという感じだ。


夕食前のその時間。

広大な厨房の中をあっちへこっちへ忙しなく行き来する人が一名……。


「はい、あんたはそっちであそこに積んであるのぜんぶ微塵切りにして。で、あんたは」

「よお!相変わらずだなあ、シエル」

「うわ……この忙しい時にくそ面倒なやつがやってきたわ……」

「おーい、心の声ダダ漏れてんぞー」

「で、なんの用?」

「おいおい、少しは人の話聞けよー」

クラウドがそういうその人は、シエル。


クラウドのおさめていた城のコック長の一人娘。

料理はもちろんのこと、菓子づくりが得意で戦いの際に用いる傷を癒す特別な菓子をつくったりもしている。


性格はキツく近寄りがたい雰囲気だが、さっぱりしていて着飾らないその雰囲気は気心知れたメンバーからは好感を持たれている。


「まあ、様子見だよ。元気にやってるかと思って」

「なによいきなり……。田舎のおばあちゃんみたいなこといいだして」

「まあまあ、いいじゃねえか。で、新作の菓子あるか?」


広大な厨房に面するカウンター席に座るとそういうクラウド。


「ねえ、今、忙しいの。見てわかんない?」

いよいよイライラしてきた様子のシエル。


と、そんな所に新しい人影がやってくる。


「やあやあ、シエルにクラウドっ。こうして会うなんて偶然だねっ」


クラウドの隣の席に座り少し気障っぽい仕草をしてみせる男性。


「うっわ。また面倒なのきた。」

「おお、アーシェ。訓練終わりか?」

「いかにもそうだよ。訓練終わりにはやはり、シエールの美味しいご飯。そして早めに、混まないうちにお風呂に浸かるのが至福だよねっ」

「あんたのことだからどうせ、混むことより、その短足を他のやつに見られたくないから時間ずらしてんでしょ」

「相変わらずシエールは口が悪いね」

「時間ずらすのやめろって散々いってんのに懲りずにくるあんたも悪い」

そういいながらシエルは出来立ての料理をアーシェの前に並べる。

「ありがとう、シエール」

「うっさい。はやく食べなさい。そしてこの場から消えなさい」

「本当に口が悪いね」

そんな一連の流れを見ていたクラウドが少しぼんやりしたように呟く。

「そっかあ。お前ら仲良いと思ったら同期だっけか」

「仲良かないけど、同期なのはあたりよ」

テキパキと周囲に指示を出し、料理を作りながらそう答えるシエル。

「確か、クーガとあーのやつも同期だよな」

「そうだよ」


同期。

それは、彼がおさめていた城で務めるようになった時期が同じ者のことを指す。



今は亡き彼らの国は、先刻述べたようにかなりの大国であり由緒ある国だった。

そんな王国の城に務めていた彼らもまた並大抵の者ではない。


特段彼ら彼女ら、クラウドが王として務めていた時のメンバーは優秀で、12の神になぞらえて、12の精鋭と呼ばれていた。



「そういえば、クラウド」

シエルからだされた料理を一口一口噛みしめるように口元に運びながら口を開くアーシェ。


彼もまた、城に務めていた者。

魔物使いの男性だ。

容姿は淡麗だが、体の割にどう見ても合わない短い足が目を惹く。



「なんだ」

そう答えるクラウドの前になんの言葉もなくコトンと出来立てホヤホヤの料理がおかれる。

それはクラウドの好物……。

「ありがとな」

「別に」

素っ気なくそう答えるとシエルはまた作業に戻る。

「そろそろ一つくらい落とせるのではないかな」

「……」

シエルから受け取った料理に口をつけたばかりの状態で、動きが止まるクラウド。


「そろそろ目を向けるべきだ。僕らの国を滅ぼしたのは誰か。考えるべきは、こうして団として力を蓄えた今なのではないか?そして、僕らの国を滅ぼした奴らはまだきっと僕らを狙っている。……と、クーガもいってないかい?」

「……いってる。いってるよ……あーあー」

大きく背伸びをして天井を見上げるクラウド。

「知ってんだよ……でも」

「大変です!!!!」

そんな時、大慌てで食堂に駆け込んでくる少女。

「お前は確かボブの配下の……」

「よかった。団長、ここにいたんですね!これを……」

息を切らした様子でクラウドの元に駆けてくると小脇に抱えていた、巻物のようなものを手渡す。

クラウドはそれを受け取ると、ためらうことなく、広げた。


シエルの料理を一粒も残さず食べ終えたアーシェは「ごちそうさま」そういって、視線を前に向けたまま静かな声で

「で、なんだい、それは」

とたずねる。


クラウドは、どこかむしゃくしゃしたようにその紙を握りしめ、にいっと笑ってみせた。


「宣戦布告だよ」

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