エピソード9 伝説の娘
「コウメイ先生って、あのコウメイ先生だよっ?」
珍しく動揺した様子のアーシェさんがそういうも、カヤは相変わらずの様子。
「うむ。そうじゃよ」
「そうじゃよ……って、君……。」
「しかし、今はそんな話をしておる場合ではなかろう。紫炎の業火の者らも、わしらの動きを察知して動く可能性がある」
「……ほんとかどうかはさておいて、まさにコウメイ先生の娘さんのようだね。なにもいわずしてそこまでわかるっていうのは驚異的だよ」
「全てのパズルのピースをあわせただけじゃよ。」
「え、と、あのさ、」
そこで恐る恐る、手をあげる僕。
この場にアーシェさんとカヤ以外の人、例えばシエルさんなんかがいたらこんなことできなかったと思う。
「全く話についていけないんだけど、どういうこと?……」
「そうじゃった。お主は箱入り息子なのじゃった」
「……箱入り息子って……そんな……」
「だって、なにも知らんのじゃろ?」
「……それは……」
「お主はなんだかんだいって守られていたように思うのう」
「そうだね。ぼくもそう思うよ。戦関連の話をなにもわかってないというのはこのご時世では異常だよ」
「そ……そうなんですね」
守られていた、なんて、そんなこと、一度だって思ったことなかったけど……。
「とりあえず、説明するかの。先程名をだした紫炎の業火というのはこれまた団の名じゃ。ハデスの派閥に属する団になる」
「レディ、ハデスの派閥やら、紫炎の業火の詳しいことやらも説明してあげなくてはダメじゃないかな」
「むむ、そうじゃな。では、なにからいうか……。そもそもこの世界の状況もわかっておらんのじゃよな?」
「う……うん」
「ではそこから話そうか。まずこれをみよ」
そういうとカヤは、脇によけていた丸まった筒状の紙をバッと広げてみせる。
「これがこの世界の地図じゃ」
「……わあっ」
思わず、声が漏れる。
それくらいに、胸が高鳴る。
すごい。
ワクワクする。
「12の大陸からなるこの世界には、古代からそれぞれの大陸に12の神の名がつけられている。ゼウス大陸を中心にヘラ、ポセイドン、アフロディーテ、ヘルメス、デメテル、デュオニュソス、アポロン、アルテミス、アテナ
、ヘパイストス、アレスという名前の大陸が存在している。」
そういいながら小さな人差し指をポンポンと移動させていくカヤ。
「僕がいるのは?……」
「うむ。主が今いるのはここ。デメテルといわれる大陸の南方じゃ。デメテル大陸は穀物がよく取れる実り豊かな大地をもつ。あと、唯一四季というものがある。四つの季節、という意味じゃな」
「へえ……」
初めて知ることに、胸がドクドクと脈打ちあつくなるのを感じる。
「そして、各地では戦乱が相次いでおる」
「なんで?」
「良い質問じゃな。そう、なんで?なんでそうするか、目的がある。それはぼんやりとした言葉で言うならば、世界平和」
「……世界平和のために、戦争を?」
「そうじゃ。矛盾していると思うじゃろ?」
「うん……」
「そこに至るまでの道筋、考え方がそれぞれ違ってのう」
「そうなんだ」
「うむ。その考え方によって三つの派閥にわかれておっての。ゼウス派。ポセイドン派。ハデス派。……というように呼んでいる。とりあえず今はその派閥ごとの考え方の説明は省くがよいかの?」
「うん」
そう答えて拳を握る。
初めて知ることばかりで恐怖も少しあるけどやっぱり知りたいし、知れて嬉しい。
そして一言も聞き漏らしたくない。
「して、そのようにして各地では争いが起こっておる……。しかしここ、デメテル地方は例外での。全世界の食料供給源、また、紫炎の業火の支配地ということから戦の火種がうつることは今までなかったのじゃよ」
「紫炎の……業火の……」
「うむ。そうじゃな。そこも説明せねばな。紫炎の業火、というのは先ほども言ったように団の名じゃ。かなり大きな団での。総人数は、一万を超えるといわれておる。ちなみにそこらにある一般的な団の人数は大体多くて千、少なくて百。千以上になるとやはり別格扱いにぬる。」
「一万人もの……」
すごいなあ……。
「して、紫炎の業火のことじゃが、奴らはゼウス派の考え方をしておる。ハデス派の考え方というのは簡単に言えば敵対する者は片っ端から皆殺しにするといったものじゃ」
「え……」
一万人もの人がいるというからそれだけ人がやってくるような崇高ななにかを掲げているのだと勝手ながらに思っていた。
だけど……。
「なんで?」
考える間も無く声が出た。
「うむ。なんで、そう思うのが自然じゃよな。やつらがいうには恨みをかえば、そのものらに報復をうける。報復をうけるとなれば戦がまた発生してしまう。じゃから、皆殺しにする……というわけらしい」
「そんな……」
「おかしいと思うか?」
「……うん」
少し、ほんの少し、理屈がわからないでもないと思ってしまったけれど……。
「そうか。まあ、そんな感じで考え方の派閥があるのじゃよ」
「なるほど……。でも、なんでその人たちがここを支配してるの?」
「うーむ。簡単にいうと、奴らが強大な力を持ってしてこの地を手に入れたから、かのう。デメテル地方の人々は皆逆らうことなく、紫炎の業火に従ったらしい。その代わり身の安全を保障してもらってな。あと、デメテル地方でとれる作物の売り上げの多くは紫炎の業火の者どもの懐に入り、その活動資金にされてるという……。故に紫炎の業火に入るとある程度の身の安全とある程度豪勢な食事がとれるというので団として人気らしいぞ。故に人数が多いんじゃな。まあ、戦の際は死ぬ気で戦わされるがの」
「そうなんだ……」
「そして、紫炎の業火は、黄昏の平野団の宿敵でもある」
そんな言葉に、思わずアーシェさんを見やる。
暗く淀んだ悲しみに包まれたような表情。
そんな表情と、先程から耳にしてきた言葉やみんなの反応や言葉が繋がって、ある答えにたどり着く。
そっか……。
黄昏の平野団の団長さんは、紫炎の業火の人に殺されたんだ……。
だから皆んなこういうところに隠れてるのか。
そんな僕の思いを察してか、アーシェさんが口を開く。
「今は皆んな、散り散りになってしまっていてね……」
バンッ
そこで大きな音がして、慌ててそちらを見やると扉を足で蹴り飛ばしたらしい、怖い表情をしたシエルさんが立っていた。
「ちょっとあんた、さっきからなにペチャクチャ秘密を洗いざらい話してんのよ。ぶっ飛ばすわよ」
「そうだ、そうだー。シエ姉のいう通りだー」
「全くよ、アーシェちゃんたら」
シエルさんの後ろからひょこりと顔を出すのは、あーちゃんさんとボブさん。
僕らと話したせいで怒られてしまって申し訳ないななんて思ってアーシェさんを見やると、呆れたような楽しそうな笑みを浮かべていた。
その笑みの意味がわからずにいると
「そういう君たちこそ、盗み聞きとはたちがわるいね」
とひどく愉快そうでどこか優しい声音でいう。
「秘密をくっちゃべるやつよかマシでしょ」
「開き直りかい?」
「てか、あんた」
そういうとこちらにスタスタと歩いてくるシエルさん。
怖くて固まる。
「100人の命を守れるの?あんたに」
強い瞳が、目の前にあって、目を逸らせなくて、口を半分あけて、固まった。
さっき聞いてた数字よりはずっと少ない。
だけど、実際に数字としてでなく、人として、命として考えると、その数は途方もなく大きい。
それらを、守る。
僕が……。
ふと、なんだか、長兄の姿が脳裏に浮かんだ。
なんとなく、思った。
僕を守ってくれていたのは長兄だ。
戦のことを知らずにいたのも、きっと……。
明確な理由はないけどそう思えて、そしてそれがすごく腑に落ちた。
守るって、そういうことだ。
ただ、静かに、その人の心身の安全のために
でも、だとするなら、長兄の最後の言葉はなんだったのかと思ってしまう。だけど……。
「守ります」
そう、答えた。
「……あんたに、あいつの理想が叶えられるわけ……」
シエルさんの瞳に、ジワリと涙が浮かんでくる。
そして少しとしないでシエルさんは膝から崩れこんだ。
「シエちゃん、ずっと気張ってたからね……」
ボブさんが優しい声音でそういって、シエルさんの横に膝をつく。
「シエ姉、無理しなくていんだよ」
「無理なんてしてないわよ……っ。それに、あんたらだって、同じ……」
「ちょっと……やだ……。もう、なんででてくるのよ」
ごじごしと目元をこするボブさん。
「もう、シエ姉もボブも我慢しなくていんだよ」
天井の方を見てそういうあーちゃんさん。
「あんたもね」
「あーちゃんもね」
「……」
突如として発生したこの事態についていけずに固まる。
先ほどまで怒っていた3人が、今度は3人して泣いている。
一体どういう……。
「わしに話したくないのはわかる」
そんな時、ふとカヤが声を上げる。
「じゃが、話してほしい。見たところお主らは、そうなってからここまで泣く間も無く、突っ走ってきたように見える。故に、話してほしい。話すことで変わるものもある」
そんな言葉に、シエルさんが口を開いた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます