エピソード8 駒の居場所
「まず、とるのは、アスカナ国じゃ」
「ねえ」
「なんじゃ」
「正直にいうわよ。あなた、バカじゃないの」
「なぜ、そうおもう?」
どこかピリピリとした重い空気の中、僕はこれでもかと自身の身を縮めこませながら二人の話し声に耳を傾けている。
「そこ、説明しなきゃだめかしら」
「そうじゃな。お主らが近頃の各国の情勢をどれほど把握してあるのかわしも確認しておく必要があるしの」
「ああ、そう」
そう答えるボブさんだけど、かなり不服そうだ。
シエルさんもあーちゃんさんも怒っていなくなっちゃったし、比較的冷静に穏やかに振舞っていたボブさんまで雲行きが怪しくなって来た。
アーシェさんだけは唯一変わらない様子だけど、それもまたいつ壊れるか……。
僕にはフォローのしようがないというか、フォローすることはできないというか……。
「あんたがとろうっていってるアスカナ国はあの国……というか、あの団の支配下にあるからよ。名目上は協力関係とはなっているけど」
「あの団、ではわからん。」
わざとらしくそういうカヤ。
「……」
いよいよ黙り込むボブさん。
その顔には強い怒りの表情が滲んでいる。
「なるほど。お主らの団はやつらにやられたか」
カヤがそういった、次の瞬間
カシャシャンッ
すごい音をたてて、あーちゃんさんの座っていた椅子が倒れる。
その音にびっくりして肩をビクつかせる僕。
対してカヤは相変わらずの様子。
どうやらボブさんが椅子を蹴り上げたらしい。
「……」
黙ったまま、これ以上ないくらいの鋭い睨みを暫くカヤに負けると、なにもいわずに部屋を出ていってしまうボブさん。
残ったのは、アーシェさんと僕とカヤだけ。
「いやはや……」
やがてポツリとアーシェさんが言葉をもらす。
「僕は人のことをいえないけど、君も大概空気の読めない人だねっ」
自身の爪を色々な角度から見やりながら少し呆れた笑いを含みながらそういう。
「はっきり言わねばわかるまい。これから仲間になるのじゃから尚更にな。」
「でも順番というものがあるのではないかい?」
「そうじゃな。しかし、今はそうもいってられん」
「そうかい」
その後流れる重い沈黙。
どうしよう。
何か言おうか。そう思っておどおどしていたらアーシェさんが口を開く。
「で、なんでアスカナなんだい?」
そんな言葉にカヤは即答する……と思ったんだけどなぜか僕の方を見やる。
「え?えっと……」
戸惑いから声をあげると
「いっても良いかの」
と尋ねられる。
なんのことかはさっぱりだけど
「う、うん」
そう答える。
「アルフレッドの仇討ちじゃよ」
「へえ。」
アーシェさんが初めて真っ向から僕を見やる。
なんだか緊張するな……。
「君の、ねっ」
「は……はい……」
なんと答えるのが正解かわからず、ただそう答える。
「ご家族の……かな?」
「あ……えっと」
そういって、そこで止まって、カヤを見やるけどカヤはどこか知らん顔をしている。
自分で言えってことかな。
「……家族が、アルカナの……に、います」
「……?アルカナにいる?」
「……お……王族……なんです」
そういったところで、改めて自分のやろうとしていることが恐ろしく感じられてくる。
というか、疑問だ。
なんで僕は大好きな家族を
「アルフレッド」
そこで強く、カヤに名前を呼ばれてハッとする。
「それはお主の本当の気持ちか?」
「……!」
本当の……気持ち。
でも、怖い。
形にするのは。
……怖いけど、いってみよう。
言葉にして、伝えてみよう。
「家族……とはあまり仲が良くなくて……。き……嫌い……なんです」
いった瞬間、胸に針が刺さったような、鋭くも鈍いような痛みを覚える。
だけどすぐに、どこかすっきりとした思いが胸を満たしていく。
なんだろう……これは。
「なるほどねっ。家族は王家で、でも仲が良くなくて、それで国をとろうというわけかい」
「は……はい」
改めて言葉にされるとそれは、かなり胸に響く。
でも、少しずつそれを受け入れ始めているぼくがいる。
「面白いことを言うねっ」
さもたのしそうにそういうアーシェさん。
「では君は王子様ということかな?」
「は……はい。王位継承権は末端の……一応王子……です」
「そうなのかい。では、僕と同じだね」
「え?アーシェさんも?」
「ああ。僕は僕の国の王子であり王でありついでに言うと姫なのさ」
「……あ、ああ」
どうしよう。
こう言う時になんて返すのがいいのかわからなくて顔がこわばってしまう。
「で、君らはどう言う間柄なんだい」
「わしらか?わしらはの、ダチじゃ!の?」
「え?う、うん」
ダチだったんだ、と少し驚きながらもそう返す。
「偶然森で出会ったんじゃよ」
「ほう。それは運命的だねっ。偶然、というのは、僕は好きだよ」
「そうなのか。ところで、アーシェよ」
「なんだい」
「先代の団長、軍師については、やはり言えないのかの」
「君もなかなかにしつこいねえ……」
アーシェさんはまた、呆れたように笑ってみせる。
「そうだね。団長のことは、やはりシェールたちの許しも得てからがいいだろうけど、軍師に関しては君らも知っている人さっ」
「……クーガか」
「ご名答さ。僕に聞く必要なんてないんじゃないのかい?」
「いんや、ある。なぜ、クーガが軍師を降りたか、とかの」
「流石にそこまでは勘弁してくれよ。ほら、ボブもいってたろ?信頼を得たらって。だから、今は君の作戦を聞きたいね、僕は」
「……よかろう。ここら周辺の地図と、駒をくれるか」
「いいよ」
快くそういうと近くの戸棚からそれらを引っ張り出してくるアーシェさん。
「随分と埃をかぶってはいるけど、使えなくはないだろう?」
楽しそうにそういうアーシェさんにカヤは神妙な面持ちで
「そうじゃな。埃をかぶっていても使えなくはないが、印刷がすれていては使いものにならんな。」
と答える。
そして、カヤが地図をバサバサと揺するとそれに伴って多くの埃が辺りをまう。
思わず僕は咳払いするけど、カヤもアーシェさんも平気そうだ。
誰も座っていない椅子に地図をおき、そして思案した様子で駒を躊躇うことなく並べていくカヤ。
「……なるほどね」
カヤがその作業を終えた時、アーシェさんが感嘆したようにそんな声を漏らした。
「天才……そんな言葉が今僕の脳裏に浮かんだよ。クーガも相当な切れ者だけど、君はなんというか次元が違うねっ。まるで、かのコウメイ様の再来のようだよ」
「コウメイ……」
なぜかぼんやりとした様子でそんな名を反芻するカヤ。
「知らないかい?この戦ばかりの世界に平和をもたらしたというかのコウメイ先生だよ。
先生がいなくなってまた世の中は戦にまみれてしまったけれど」
「頭のいい人……だったんですか?」
「そうだね。かなりの切れ者で、軍術、算術、語術、あらゆる学問を修めてらして、人を動かすのがとてもうまいお人だったんだ。そんな先生が戦ばかりの世界を変えたんだよ。随分と昔のことになるけどね」
「そうなんですか……随分と詳しいですね」
「まあね。でも多くの人が先生のことを知っているよ。知らない人の方が珍しい。というかほぼいないね。伝説的に語られる、全ての人、全ての軍師の憧れの的なのさ」
「なるほど……」
「小さなレディ、コウメイ先生のことわかってもらえたかな?」
「……まあ、わかるもなにも、わしの父だしな」
「……え?」
「……んん?今、なんて?小さなレディ」
「コウメイ先生殿は、わしの父親じゃ」
そんなカヤの言葉に、アーシェさんが椅子から転げ落ちた。
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