エピソード5 大空へとびたて!

「とりあえずママに話はしてきたわ。けど今抜けられたら困るって怒られちゃって……」

困った様子でそういうクーガさんに、なんと答えようかと考えていたら

「ほうなんだよねえ。なぜか私だけはぬけてもひひっていはれたから私は出れるんだけどお」

と、口から何か……食べ物をボロボロとこぼしながらあーちゃんさんが言葉を発する。


「汚ねえなあ、おい。食いもん食いながら喋んなよ。つうか、そんなつまみ食いばっかしてっから抜けてもいいなんていわれんだろ」

呆れたようにそういうのはちーくんさんで通常より険しい表情をしている。


「そういうちーくんは、口なおしたほうがいいんじゃない?この前ママもいってたよ〜」


「うっせえなあ。黙れっつーの」


「なにそのひひ方〜っ!ほんと、口悪〜いっ」


目の前で喧嘩をしだした二人にどうすれば良いかわからず慌てているとクーガさんがすっと二人の間に割って入る。


「ほらほら、喧嘩しないの、二人とも。ってことで、あーちゃんがあなた方をシエルたちのところに連れてくことになったわ」


「ほーいっ!私がガイドだよ〜っ。みんな、ちゃぁんとついてきてね」


「ほーいっなのじゃ」


大きく手をあげるあーちゃんさんに倣うように、楽しそうに手をあげるカヤ。


「じゃあ二人ともばばばーい」


「ばばばーいなのじゃ!」


「ひえー、カヤちん、可愛いなあ。ムギュってしたくなる」


そんな和やかなやり取りをみて、微笑んでいると、ふいにクーガさんが隣にやってくる。

普段の距離感ではなく、あまりに近すぎるその距離に違和感を覚える。


「あの、クーガさん、どうし」


「道中であーちゃんに男を近づけさせないでね」


「え?」


「なーんてね。あーちゃんとカヤちゃんを危険からちゃんとまもってあげてねってこ、と、よ♡」

さっきまで鋭く冷めた目をして低い声をだしていたクーガさんは、途端いつも通りの明るく陽気な様子のクーガさんに戻る。


声も高くなって語尾にハートマークがついているから勘違いかとも思うけど……

でも、確かに……


「ほんっと、カマの片思いはジメジメしててうざってえなあ」


そんな呟きのような声をあげたのはちーくんさんで呆れたような表情をしている。


片思いって……?


「ちー」

そんなちーくんさんを嗜めるように声を上げるクーガさん。


「ほいほい」

ちーくんさんは呆れたように返事をすると酒場の方へ戻っていく。


「えっと……?」


「アルちゃん気にしないでいいわよ」

クーガさんの気迫を感じて、ただ、はい、と答える。


「そんじゃあ、いきましょか!」


そんなあーちゃんさんの声がしてきたほうを見やれば、あーちゃんさんがカヤを抱っこしていた。


「出発なのじゃ!」


抱っこされてることを不服に思うかと思いきや、随分と嬉しそうにしている。


カヤを抱っこしたまま歩きだすあーちゃんさん。


そんなあーちゃんさんに続いて、僕も歩き出した……。








「ん〜と……どっちだったかなあ」


「……えっと……すみません、あーちゃんさん」


「ん?なんだい、アルフレッドくん」


「これ、道あってるんですか?というか、道ほんとにわかってるんですか?……」


「面白いこというねえ。……」


「迷ってます?もしかして」


「そんなことあるわけないじゃないか、アルフレッドくん!」


「あの……さっきからなんでそんな……わざとらしく僕の名を?」


「だって助手みたいでいいじゃない!かっくいい!」


「かっくいい?……」


「ねえ、カヤちん!カヤちんもそう思わない?」


「そうじゃのう」


「あの……それで、道は……」


そんな会話をしている僕たちは今どこにいるのかといえば、森の中の、どこかわからない場所。


なんでこうなったかは、案内役であるあーちゃさんにしかわからない……。


それに加えてあーちゃんさんは話が通じないところがあるし、使っている言葉もよくわからないものばかりだしで、すごく困る。


「あっ!そだ!あれあるじゃん、ねえ」


独り言のようにそういうと、先ほどまで羽織っていた薄手のマントをサッと脱ぎ捨てるあーちゃんさん。


それによって露わになったのは、見たことがないくらいに肌の露出が多い服を見にまとった、引き締まっているけど女の人らしい丸みもある体。


服といったけど服なのか定かではない。

下着のようにも思えてしまう。


胸囲と腰回りにのみ布地がある格好で、お腹や肩や脚など体の大部分を大胆に露出している。


お腹にはうっすら線が見える程よい腹筋。

あまりに丈が短くて、スカートなのか下着なのかわからないような下の服から覗く脚は無駄な肉が付いていなくて美しい。


そしてよく見れば、腕と脚にいくつかバンドがまかれている。

そしてそのバンドと腕や足の隙間には試験管が差し込まれている。

試験管の中には様々な色の液体がはいっているみたいだけど……



そして腰にまかれた太めのベルトには……

「注射?……」

思わず声に出してそう呟いてしまうとあーちゃんさんが、あーこれねというようにすっとその注射を手に取る。


「これ?これが珍しいのかい、アルフレッドくん」


「……まあ……はい」


「ふっふふふ〜。これはだねえ」


そこまでいう脚とバンドの間に挟まれていた試験管の一つを手に取り、注射の針がある方とは逆の方にそれを取り付ける。

とても慣れた手つきで、表情もつい先ほどまでとは打って変わった真面目な趣で驚く。


「よしっと」


取り付け終えたらしい注射の針を自身の腕にまっすぐ向けるあーちゃんさん。


「えっ、あの……」


一体なにをしようとしてるのか、わからずにしどろもどろになる僕を前にして、あーちゃんさんは躊躇うことなくそれを腕に突き刺す。


痛そうで目を背ける僕。


「よし……これくらいかな……」


そんな声がして、


「あの、ほんとになにを……」

そうたずねて、チラリとそちらを見やる。


「ん?これだよ、これ。ほれ、見てごらん」

そういわれて恐る恐るという感じであーちゃんさんを見る。


「え……」

「おおー!すごいのう。羽か?」


こんなこと、現実であり得るの?


呆然としながらただ、ぽつりとそう思う。


あーちゃんさんの白くか細い腕をみるみるうちに沢山の羽毛が覆っていく。


何度も目をこすって、その光景を見やる。


気づけばあーちゃんさんの腕は跡形もなく、なくなって、そこには大きな、翼があった。


それにしても、なんとも珍妙な光景だ。


人の体に顔に、そこに鳥の羽……というのは

ほんとに、見てるこちらがおかしな気持ちになってくる。


「よし、二人とも。チャンスは一回きりだよ」


「え?……」


「おお、お主、さては自身の足にわしらをつかまらせて、目的地へ行こうという算段じゃな」


「おおー!カヤちん、察しがいい。さっすが☆」


「え?……ほんとに意味がわからないんですが……」

思わずもれでる声は意図せず冷たいものになってしまう。


「だからあ、チャンスは一回きり。私が飛び立った瞬間に足を掴んでえ」


「いや、だからそれが。というか、その前にそれは」


「よぉし、二人ともいっくよ〜。1.2.3……」


そういった、次の瞬間。


バサッ


大きな翼が、空へ羽ばたく、そんな音がして、慌ててあーちゃんさんの足に捕まる僕。


あーちゃんさんの足はもろ素肌で、本来なら女の人の素肌に抱きつくというこの状況に年頃の男子らしく赤面するところだけど、そうもならない。


この珍妙で不可解な現象についていくことができず、ただただ、脳が思考停止状態になってしまう。


隣にはあーちゃんさんのもう片方の足、右足に抱きつき楽しそうに笑っているカヤ。

この珍妙な状況についていけていないのはどうやら僕だけみたいだ。


「おおーっ!やっぱ、上は見やすいなあ」


そんな声が上から降ってきて、すぐ頭に浮かんできた言葉は、ふざけてる、だった。


その言葉が浮かんでからすぐに自分で自分が思ったことに疑問を持つ。


僕って……こんなことを思うんだ


城ではこんな珍妙なことは起こらなかったけど、理不尽なことはたくさんあった。


でも、ふざけてる、なんて思ったことはなかった。


これが本当の僕……なのかな。


でも……ほんとの僕って?


「うわあっ!」


考えに集中しすぎて思わずあーちゃんさんの左足に回した手の力が緩み、少しずり落ちる。完全に離すまでいかなかったからよかったものの、危なかった。


下を見れば鬱蒼とした木々の先端がやけに目に入ってぞっとする。


「アルフレッド、大丈夫か?踏ん張るのじゃ!」

隣のカヤが心配そうながらも力強い表情をこちらに寄越す。


「うんうん!頑張って!あともうちょいでつくからね。……多分」


上からふってくるのはそんな言葉。


「最後の言葉は聞かなかったことにしよう」


「うん……」


「んじゃあ、とばすよ!」


「いやいや!飛ばしちゃダメじゃろ!」

珍しくカヤが突っ込んだものの、その言葉は残念ながらあーちゃんさんには届かなかった……


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