エピソード4 腰を据えて、茶を据えて
「わしは、カヤじゃ!ぬしらの団の軍師候補じゃな」
胸を張ってそう受け答えるカヤに、ほんと、カヤは小さいのにすごいなあと思う。
なんでそんなに堂々としてられるんだろう
「えっと、僕は、アルフレッドっていいます。団長候補……です」
「……はあ?」
「おおーっ!一気に二人も見つかったの?すっごーい」
冷めた目をさらに鋭く冷いものにかえるチーくんさんと、反対にさっき以上にキラキラとした瞳をこちらに向けてくるアーちゃんさん
「おい、ふざけてんのか、クーガてめえ」
チーくんさんは喧嘩っ早いのかもしれない、
現に今も仲間であるはずのクーガさんにすごい睨みをきかせている。
それにしても、少年の姿なのに全然少年と思えない……
色々と、重いものがあるような。
そして、その感じにどこか既視感があって……
「あの、あなたって」
そういいかけて、とまる。
カヤと同じ、ですか
なんていったところでわかってもらえるはずがない。
カヤとおなじで、見た目は子供なのに中身は大人なんですか、なんて。
それにカヤは、子供でありながら、酒屋にまで入れた。
それって……
「なんだよ」
今度はこちらに鋭い睨みをむけながら、そういうチーくんさん。
どうしようか。
少し迷ったりもしたけど、やがてパッと答えを確かめるようにクーガさんの方を見やる。
「カヤとちーくんさんは、同じ、ですよね」
「……なぁんだ。そういうことね……。カヤ」
「?なんじゃ」
「あんた程の子がなんでこの子を選ぶのか。疑問だったけど、わかった気がするわ」
「……ふっふっふ、じゃろ?」
その一連の会話が何を意味するのか。わからずに固まる。
「カヤとチーが同じだと見破ったこと。それを口にすると決断したこと。洞察力と決断力、ってとこかしら」
「……んな、壮大なことかぁ?」
相変わらず喧嘩腰なちーくんさんがそういうけど、なぜか、カヤとクーガさんは満更でもなさそうな感じだ。
当人じゃない二人がなんでという感じもするけど……
二人ともニヤニヤした顔がそっくりだ。
「ほんとうぜえ」
やがて吐き捨てるようにそういうチーくんさん。
「そいつがどうかは知らねえが」
そういってカヤのことを指差し
「俺はチルドレンだよ」
そういう。
「?」
「チルドレン……正確な数はわかっていないものの、一万人に一人とか一千万人に一人がなるといわれているとっても希少な病気の名前よ」
考え込むようなポーズでそういうクーガさん。
「病状は体の発達の停止。それすなわち、子供のまま、中身だけが大人になっていく、というものなのよ。」
だから……!
驚いて二人を見やる。
カヤはなんともいえない、苦虫を噛み潰したような顔を、チーくんさんは相変わらずの仏頂面をしている。
「ねえねえそれよりさーあ?二人ってつまり私らの新しい仲間になるんだよねえ?」
ワクワクしたようにそういうあーちゃんさんにその場の空気が一気に軽くなる。
「まあ、そうなるわね」
「ならさあ、もっと楽しくいこうよ!趣味とかあ、好きな色とかあ、色々楽しいこと知りたいよお」
「……っていいつつ、あんたはいつも新団員の自己紹介話ちゃんときかないのよねえ。ほんと、その癖治した方がいいわよ」
「えー、私まだそんなことしてないよねえ?なのにそんなふうにいうのひどくない」
そういってこちらを見てくるあーちゃんさんになんと答えるべきかわからず苦笑いをかえす。
確かに、あーちゃんさんは人の話きかなさそうだしな。
なんて、口に出してはいえないけど。
「わしは軍書を読むことと、軍書を集めること漁ることとあとは食べることが一番すきじゃなあ」
「ほうほう、カヤちゃんはあ、グンショってのが好きなんだね。えーめちゃ美味しそう」
「おい、お前何と勘違いしてんだよアホ。グンショは軍書だろうが」
「え?軍書はグンショでしょ?」
「……ほんっと、お前って」
「ちょっと、チー?あーちゃんになに言おうとしてるのかしら?」
「あーはいはい、なにもいう気ないですよなにも」
「んでんで?えーと、アルフレディーくんだっけか。君はなにが好きなの」
「ほんとお前自由だな。つうか、名前くらい覚えてやれよな。アルフレッドだろ」
「あーそっか、そっか。アルフレッドくんか。ごめんごめん。にしてもチーくん、嫌がってた割にはあれだね」
「……なんだよ、あれって」
「ったり。アルフレッドのこと好きじゃんってことだよお」
「あ?お前ほんとに一発ぶっとば」
「チー」
「あー、わかった、わかった」
喋っていいものかわからずにその一連のやりとりを聞いているとやがてチーくんさんがこちらを見やる。
「お前、喋っていいぞ」
「あ、ああ、ありがとうございます……。えっと、僕の好きなものは……」
そこまでいって、固まる。
僕の好きなもの。
何だろう。
そんなの、考えたこともなかった。
僕は、あの生活の中で好きなものがあったんだろうか。
朝。
朝だけはまた新しい日が来たことに希望が持てた。
午前中はただただ訓練にいそしんでいた。
兄たちの背中をみていた。
笑われても、けなされても、
午後になると温かな日差しが差し込んでくる中庭のテラスは、僕の大切な避難場所だった。
夕方にはどこかからやってきた白猫がお風呂からあがった僕の足にまとわりついてきたりして、可愛かった。
夜。
その日一日の中で、どんな嫌なことがあってもふかふかの布団に入れば綺麗さっぱり忘れられた。
そして、そんな僕の生活を影から支えてくれていたメイドさんや、執事さんたち。
「僕……は……」
そういったところでなぜかわからないけどとてもあたたかな涙が溢れた。
無理やり好きになろうとしていた日常には沢山の本当の好きが詰まっていたんだ。
そして僕は多分これから、そんな日常を過ごしてきた場所をーー壊す。
「好きなことはたくさんあります。趣味も、たくさん」
ただ、それしか言えなくて、そういって固まる。
「たくさんかあ!幸せなことだねえ」
そういって笑う、あーちゃんさんの無邪気さが今は何故か心苦しい。
「いやいや、たくさんかあ!じゃねえだろ。具体的になんなんだよ」
相変わらずの様子でそういうチーくんさんに、なんとなく特別怒っているからこういう態度なのではなく、純粋に、普段からこんな感じなのかなあ、なんて思う。
それにしても、具体的に、かあ……
なんて、いえばいいんだろう。
なんていえば伝わるんだろう。
.……検討もつかないな……
「ほらほらアルフレッドくん、困ってるじゃない。やめたげなさい」
「あ?俺はただ」
「はいはい、分かってるわよ。アルフレッドくんのことを知ってやろうとしただけ、なのよね。でも、いっつもあんたのそれで新団員怯んじゃうんだから。ちょっとは言い方に気をつけなさいよ」
「ああ?なんでおれがお前にんなこといわれなきゃなんねんだ。ぶっ飛ばすぞ」
「あらあら怖い怖ーい。全く物騒ねえ、チーくんは」
「うっせえ、カマ」
「ほんと口悪いんだからもう……」
「とりあえずどうしよっかあ。せっかくだからお酒なんか飲むけ?」
「……ほんとお前自由だな……」
「まあまあ、とりあえずさ、これからどうするよ」
「まずママに事情話したあとシエルたちと合流すんのがいいだろうな」
「マジ?!シエ姉と?!超嬉しい!」
そういうとひどく嬉しそうに飛び跳ねるアーちゃんさん。
喜んで飛び跳ねるって……まあ、普通によくある光景なんだろうけど、どこか違和感を覚える。なんだろうこれ……
そうだ。そっか。
アーちゃんさんの飛びが、尋常ではないんだ……
普通の人が飛んで届く高さの二倍は飛んでる気がする。
「お前、またカエルのやったままかよ」
「だって厨房で働くときはこっちのが楽なんだもーん」
そんな会話に頭にはてなマークを浮かべる。
聞いてみようかと思って口を開く。
けど……
「シエル、とやらは、お主らの仲間というわけか?」
先にカヤが口を開く。
「そうよ。うちらの仲間。今は訳あってバラバラなのよ。とりあえずここから一番近いところにいるのがそのシエルって子達なの」
「なるほどな」
「なぁに?なにかいいたさげな顔ねえ?」
「うむ!その仲間とやらと合流したら話させてもらうとする。」
「そ。じゃ、まずはママに話してこないと」
「ママとやらもお主らの仲間なのか?」
「いいえ〜。ただ、協力者ってだけよ」
「そうか」
考え込むようにそういうカヤ。
「そうだわ。ちなみにこの子たちのジョブもいっとくわね。カヤちゃんが今やってる戦力計算にはそこも必須でしょう」
「むむ……!よくわかったな……。まさにその通りじゃが……」
「まあ、私もそれなりに長いからねえ。少しの間だけど団長と軍師を臨時で兼ねていたこともあるし」
「なるほど……」
「で、私らのジョブだけどね、あたしが魔道士。あーちゃんが魔道科学研究者。ちーは回復士よ」
「ほう……」
顎に手を当て、楽しそうに3人を見回すカヤ。
「なになに?どゆこと?カヤちゃんなんで楽しそうなの?」
「これからわかるわよ。とりあえずあたしたちはママのところにいかなきゃ。じゃ、二人はここで待っててね」
そういうとスタスタとお店の方に歩いていくクーガさん。
それに「えー!今教えてほしいー!」と叫ぶあーちゃんさんが続く。
最後にちーくんさんが、こちらにひとつ鋭い睨みを向けてからスタスタと二人の後に続いていった。
そんな三人を見送ると、緊張感から解放されたなんともいえないふわふわした感じが体全体を包む。
そんな僕の横でカヤが
「楽しくなってきたなあ」
そう、呟いた。
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