3-2

 果楽、という名前を見つけたのは、その日ではなくてもっと前、七花が高校生になって寮に入る以前だった。

 切菜がどこからか持ち出してきたそれは一頭の蝶の標本で、何でうちにあるのだろうと思いながら切菜の「このひと、誰かしら」という問いにどう答えようか考える。アサギマダラの標本。最後の蝶の、標本。もう蝶はいらないと、彼女はこれが死んだときに言った。裏には――(……“ありがとう、果楽”)

 この名前をなんて読んだらいいかは知らないし、誰に向けられたものかはっきりしないのだけど、思い当たる人物はやっぱり俺が知らないあの、部屋にいた男の子だった。彼によって七花は今もう部屋を出ている、と、そんな確信がずっとある。だからこれは持って行ったと思っていたのに。


「……。姉ちゃんのだよ」

「カラは、ユウのお姉さんのお友達なの?」

「え?」


 問い返すと、相手もきょとんとする。から。果楽から? そう読むのかと聞いてみたら、違うかしら、と切菜が悩む様子を見せた。この子がどういう根拠で文字を読んでいるのかはかなり難しい謎のような気がするけれど、なんとなくその発音は正解じゃないかと思って、名前を頭の中で唱えながら、大事なものだから元の場所に戻しておくようお願いする。切菜は素直に頷き、それから、ユウのお姉さんに会ってみたい、と微笑んだ。

 切菜が部屋を出ていってしまってから、どうしようもない思いが溢れそうになる。知りたい。果楽とはどんな人で、どうやって七花の世界に入っていったのかと、意地汚い考えをする。

 自分が嫌になってアサギマダラの姿ごと思考を散らした。

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