2-1
すっと墨を引いたような長い黒髪。どことなく幻想的に見えるのは、その中に散るみどりいろのせいだと思う。透けるような肌や甘い雰囲気の黄色い瞳もそれに拍車をかけている。
ぺたりとカーペットの上に座って、危なっかしい様子でフォークに刺したケーキを口に運ぶのは、そういった特徴を無視すればどこからどうみても普通の人間の少女だ。年齢は俺と同じくらいに見えるから、大体十三歳程度の容姿になる。この子が実はすぐそこの虫籠の中のアオスジアゲハの幼虫だなんて。
(…本人の口から聞いても全然信じられない……)
「ね、ユウ」彼女のきらきらした目がこちらを向いていて、手元の皿を見るともう既にショートケーキは姿を消している。おかわりは、なんて言うので早い上にまだ食べるのかと思うと、確かにあの幼虫と同一人物な気がした。もうないということを伝えると微妙に寂しそうにはしたけども、じゃあ御馳走様でした、ときちんと挨拶をした。虫って御馳走様をいうのかと感心しつつ、一方でやっぱり幼虫だなんていうのはこの子のごっこ遊びの設定なのかもしれないとも思う。ただ、昨日も今日も、切菜がいるときはアオスジアゲハの幼虫はぴくりともしない。
立ち上がった彼女はベッドに座る俺の隣まで来ると、ふわりと腰掛けた。スプリングが軋む音も小さく体重を感じさせないから、風が吹けば吹き飛ぶかもしれないなと思った。
「ユウはいつもケーキを食べるの?」
「いや、そんなことないよ。気に入った?」
「ええ、とっても!」
急に上気したようなあたたかい顔色になって微笑むから、丁度花が咲く春のようだ。花の蜜もこんな味がするのかしら、と期待に胸を膨らませるような次の言葉を聞いて、そういえばまだ幼虫だから甘味ははじめてだったんだなと思い至る。これは現実的な話なのか、それとも非現実的な話なのか、まだ判断できない。
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