and more emotions

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 摘んできた楠の枝を束にして、穴をあけた厚紙に通す。小さめの、プラスチック製の虫籠の中には、水を入れた瓶の上のほとんど葉のない古い枝の上で迷子になっていそうな幼虫がいる。水から古い枝をあげて、くしゃりと積んだティッシュの上にそっとのせる。アオスジアゲハの二齢幼虫はじっと身を竦めていた。

 虫籠と瓶を掃除して、水を入れ換えに行って、あたらしい枝を差して、改めて幼虫の方を見ると葉の上にいない。どきりとしたけど、ティッシュの中に埋もれて身をよじっていたのをすぐ見つけた。


「…ほんと、好奇心旺盛だなあ……」


 幼虫だけど、こいつはそれなりに人懐こい性格をしていた。指を差し出すと大して嫌がるそぶりを見せずにのぼり始める。なんとか楠の葉まで誘導できたので、蓋を閉めて少し様子を眺めた。

 なんとなく不服そうにしていたのもはじめのうちだけで、一度葉をかじり始めるとそれ以来食事に集中している。


 幼虫を育てることは何度もあった。羽化した蝶を、姉ちゃんにあげるためだった。

 ――今は一体なんのためにやってるんだろう。“もう、蝶はいらない”と、彼女はそう言ったのに。

 中学まで不登校だった姉ちゃんは、蝶が好きだった。…蝶が死ぬのが好きだった、というほうが正しいかもしれない。俺が捕まえて、姉ちゃんはその蝶をただ見ているだけで。

 でも、丁度今の俺くらいの歳に飼っていた蝶が死んでからはそれまでの生活をやめてしまった。なんでなのかは、よく知らない。姉ちゃんを一番知っているのは俺だと自分で思ってるけど、それでもわからないことは多かった。(……あの時期に部屋にいた、男の子のことも)

 教えてくれないときは聞かない。本当は物凄く気になっていても。


 前にアオスジアゲハをあげたときは、反応がよかったな。

 幼虫の食む姿をみつめながらぼうっとそんなことを考えて、その蝶が当然辿った末路まで考えが行った途端に罪悪感が生まれた。こんなに元気な子の前で、こんな不健全な考えってない。思わず声に出して謝ってる。


 わからないから知りたいけど、七花が望まないなら俺は多分一生あの世界には入れない。その点、あのとき部屋にいたひとは七花の世界にいた気がしている。

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