10-1

 沈み込んだ体躯の感触を覚えている。彼が消えた瞬間の、喪失感も。

 春休みに私は一度実家へ戻った。家の周りの蒲公英が少しずつ花をつけ始めていて、またあたたかい季節がくるのを感じるのと一緒に、ひどく懐かしい思いもする。その春の景色に、まだアサギマダラと出会う前の私がひそんでいるような気がした。


「……羽化する前に死んでしまったの」

「え?」

「アゲハヒメバチ」


 荷物を部屋に運び込んでくれる弟の背中に伝えたときもそう。けれど懐かしさに呼応して広がるこの感情のことなんて、あの頃はわからなかった。あの日々から今日までの時間の流れが、春風のように穏やかに、私をひとりにする…。(こんなふうに、今が過去になっていくんだろう……)その合間、大事なものを取りこぼしそうで怖かった。果楽への想いも、夏羅への気持ちも、私は過去にはしたくない。受け取った感情たちだって、忘れてしまいたくない。……だから私は、これまで過去の中で生きていたのかもしれない。それはきっと、私が自分で作った檻のようなものだった。

(だけどこれから出会う人もたくさん、いて)

 私はまた彼らを愛するかもしれないから。

 大切に抱えていよう。この想いを肺に込めて呼吸をし、あの言葉たちを血として心臓を動かすように。そうしてまた新しい感情が芽吹く音に耳を澄ませることができたなら―――、


 今度こそ、あなたたちを知ることが出来る気がする。

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