第八節 透かす影


かたん


部屋のどこかから音がした



私を呼ぶ 苦しそうな声


夏羅の声


消えてしまう、あのときと同じように







彼を呼ぶのに唇はなかなか動かなかった


それでも視界の外側でする、笑むような気配


こっちに来てよ と 彼が呼ぶ


救いを求めるみたいに伸ばされた手のひらを …弱く握った


覗く瞳をどうして私が見られるんだろう



僕じゃ、だめ? と、云う言葉


どうして と、問う言葉




「ねぇナナ、代わりでいいから…、愛してよ、」




気付いてしまう こんなふうにおびえた蜂を


どうしても


私はずっと見なかった



「…貴方は、私が好きな彼には、なれない」



風に溶けそうな彼


やさしく、ぎこちなく笑む彼


見ていて…って言ってくれた、彼




空を透かしたような渡り蝶






「だから私は…貴方を好きになれない」






音が、落ちた


声は空気に溶け込み沈む


たださらさらと、貴方が消えていく音がしていた



そして



「……そう。そんなこというの。」



夏羅はそう呟いた



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