6-1

 小さなグラスがふたつ。片方には水を、もう片方には砂糖水を入れてある。

 自分で用意したものだった。夏は終わってしまって、勇も昼間は家にいない。それでもご飯のとき以外は階段を降りないのが普通だった。でも、今はそういう訳にもいかない。

 カラが死ぬのが怖い。嘘みたいで、嘘じゃない気持ちだった。でも、私は今まで蝶を育てたことがなかったから何をあげたらいいのかわからなくて、水を用意する。きっとないよりはいいと思って。

 ケースのフタを開けてもカラは驚いて飛んだり、外に逃げ出したりしない。もうここが自分の居場所だと言っているようでそれは私に優しく、また別のところでは、死に臨んでいるように見えてそれは私に残酷だった。けれど「水よ、」と差し出す言葉がきちんと届いて、グラスの中に口をつけてくれることは、間違いなく幸せに感じる。


 なんにも関係ないのに、私はなにかを思い出しそうだった。

 考えなければいけないこと。知らなければならないこと。気付いていなければいけない大切なこと。例えば、間違えて呟いた言葉を。


 果楽が来なくなってから一週間経ってる。

 昼時はまだ暖かいけれど、朝夕は少し空気が冷えるようになったと思う。さむいのとさびしいのは、似ている。

 果楽がいるときは明るく見えた部屋が、いくらカーテンを開けていても暗く見える。自分はいなくならないって、確かに言ったのに。

 ただ、会いたいのは本当なのに何故だか会うのが怖かった。

 嘘じゃないけど、嘘みたいに思う。

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