and more emotions
1-1
下の階で何か会話が聞こえていて、きっとそれで、私は目を覚ました。
大体朝七時には起きているけれど、誰が部屋に来ても布団を深く被って寝た振りをする。出来ればあの、朝のにぎやかさには触れたくないから。
体は壁に向けたまま後ろを振り返ってみる。向こうの壁に添えるように置いてあった虫かごは、今はなかった。分かっていたけれど目で見てしまうとやっぱりさみしくて、私はまた、顔を背けて身を丸める。
眠たくはなかった。遠くから声がする。蝶はいない。
夏の好きなところは蝶がいるところ。
夏の嫌いなところはお盆休みがあるところ。
勇は夏休みでもうすこし前から家にいた。毎日部屋まで来てくれて、ときどき冷たい飲み物やお菓子や、蝶を持ってきてくれる。表が灰色で裏が青の羽をした小さな蝶や、オレンジと黒の中くらいの蝶、それに、揚羽蝶。他にも春と夏にはたくさん。だから夏は好き。
――お盆休みももうじき明ける。そう、勇は言っていた。あと少しこうして息を潜めていれば、その後はきっと楽だ。
でもその代わりに冬がくる。蝶のいない、空気のつめたい、冬がくる。
その昼、勇が新しい蝶を連れて来た。その子は今までの子たちと少し違って見える。渡り蝶だと言っていたから、そのせいかもしれない。
羽はどことなく薄く、暗い茶色で縁取られていて、それをいくつか切り抜いている模様は空を透かしたみたいな水色だった。(きれい、)
儚い。ふわりと揺れて、死んでしまいそう。
渡り蝶は始めはぱたぱたとケースの中を羽ばたいていたけれど、そのうち諦めたように飛ばなくなった。
ふわりと揺れたら死んでしまいそう。
その時が来るのを待ち遠しく思う。
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