赤い指輪

 まだ四歳にもなってなかったある日

 海の見える坂道の 夕陽の中で


 当時は一回10円のガチャの

 プラスチックの指輪

 欲しくても なかなか出なかった玩具の

 赤い指輪を手渡して

 結婚しようねと あの子は言った


 ありがとう

 嬉しかった


 団地の上の階に住んでいた

 とても綺麗なお母さんと二人で


 明るく活発で 朝から家に遊びに来ては

 よく動き よく喋り

 大きな声で名前を呼んで


 親もあまり呼ばない私の名前を

 好きだと言って 何度も

 何度も呼んでくれて


 幼稚園に通い始めてすぐだった

 もう会えないと知った時には

 引越が終わっていて

 上の階の部屋は空き家に


 さよならも言えなかった

 今度はいつ遊びに来るのかなと

 待っていたのに


 どこにいるのかすら もう

 知ることができないなんて

 あんな理不尽な別離はなかった


 時々思う

 あの子は変わらず元気かな

 もしも引越がなかったら

 私たちの運命は


 そんなことを想うのは

 私だけかもしれないけど


 幼い私の宝物だったあの指輪は

 度重なる引越の荷物の中で見失い

 ここには残っていないけれど


 夢でも幻でもない


 この手に残る懐かしい感触は

 海辺の赤い夕陽のように

 今も ほんのりあたたかい

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