いろはの日記より(その二)
「いいか、いろは。繰り返すが、今日は客人と茶会――今回は西洋式だからティーパーティーだが、二人とも俺の友人だから気楽にいけ。多少茶をこぼしたところで目くじら立てる連中ではない」
「う、うん……」
圭人の確認に、不安げにうなづくいろはは、飾りエプロンのフリルをぎゅっと両手で握りしめている。
今日のいろはの服装は、まるで西洋の絵本から飛び出してきた少女のような、青いワンピースにフリルたっぷりの真っ白いエプロンだった。
青いリボンが飾られたいろはの頭を、圭人がかるく撫でてくれる。
「大丈夫だ、いつもどおりに――な」
応接間のドアをメイドが開けてくれる。
今日つかう客間は、小さい方の応接間だ。
でも小さい応接間を使うからといって、いろはの緊張がしずまるわけでもないのだが。
「今日はよく来てくれた。優太、真希子」
「よう、お招きいただき感謝だぜ」
「おーっほほほほほほほほほほほほほほほほほ!! この神衣真希子、圭人様に招かれたからには来ないわけにもまいりませんわ!!」
圭人の友人、
忘れないように何度も何度も復唱した名前を、いろははもういちど心の中で呟く。
優太は、この紫乃宮家にもよく来る翔太の兄だ。しっぽのように長く伸ばした髪の色が、翔太とそっくり同じ茶色だ。
真希子は春に、いろはもこの家に来たばかりのときに会ったことがある。いろはのために自分が昔使っていたという衣服をくれて、いろはに必要なものを揃えるときに助言をくれたりした、らしい。
二人とも、圭人の友人だ。
だから決して怖い人ではない、大丈夫、大丈夫といろはは自分に言い聞かせながら、圭人に促されておずおずと挨拶をする。
「おふたりとも、はじめましてこんにちは。今日はお茶会にきてくださって、嬉しいです」
敬語がちゃんとできているかあやしい気もするが、多分……大丈夫だろうといろはは自己判断した。
「よう、こんにちは。そんながちがちになんなくてもだいじょーぶだいじょーぶ、俺はこんなガタイしてるけど、何も取って食いやしないからさ」
「ごきげんよう、いろは嬢。えぇ、優太様の言うとおりでしてよ。今日は普段よりちょっといいお茶とお菓子がいただける、そんな程度に思っておけばよろしいのですわ!」
「は……はい!」
いろははそんな二人の心遣いに元気のいい返事をして、さっそく紅茶の準備を始める。
今日の紅茶は、ダージリンファーストフラッシュ。春摘みのダージリンをそう呼ぶのだ。この紅茶は和桜国人にも受けがいいと言われる。いろはも今日までいろんな紅茶を味わってきたが、たしかに美味しいと思う。さすがは紅茶のシャンパンといったところだろうか――とはいえ、いろはは年齢上シャンパンを飲んだことがないのだが。
「今度紅瀬波家でやるパーティだが、お前は参加するのか?」
「勝手知ったる紅瀬波家だ――今回は遠慮しておく。ちょうど満月の夜だっただろう。満月のときは宮廷魔術師どもは
「ということは、真希子も……」
「えぇ、申し訳ありませんわ。それに、私のような
「なぜそこで高笑いをするのか、わからんのは俺が女性を理解していないからか、優太?」
「安心しろ、俺にもわからん、圭人」
……いろはには、真希子の気持ちがなんだかわかる気もした。
だけどそれを口にはしなかった。
真希子はとても頭がよい人で、優しい人だ。貴族の令嬢として生まれながら宮廷魔術師という職業婦人の道を選んだのも、本人がよくよく考えての事だろう。
だから、野暮なことは言いたくなかった。
「ん、このジンジャークッキー美味いな。しょうがの風味が俺好み」
さっそくお茶菓子をつまんでいた優太が、クッキーを絶賛する。
「そうだと思って作らせたんだ。帰りに持っていけ」
「お、マジかよ。うち家族多いから、たーくさん頼むぜ!」
「お前な」
「いいじゃねぇかよ、うち兄弟多いからよ、すぐとられちまう。……いいよな独身。俺も家を独立させて一人暮らししてぇ……」
「お前には無理だ。色んな意味で」
「ひっでー!!」
圭人と優太がとても賑やかに軽口をたたき合う。
その様子は、本当に仲がよさそうで、いろはにはなんだか眩しくて……ちょっと羨ましかった。
「さぁ、皆様。お茶が入りました」
いろはがなるべく笑顔でそれを告げて、三人の前にティーカップを運ぶと――
「お」
「あら」
「お、やるじゃん!」
三者三様に、その紅茶の立ち上る香りに惚れ惚れとした表情を浮かべたので、いろははちょっぴり嬉しくなった。
(田原いろはの日記帳より抜粋)
今日のできごと。
今日は、圭人のおともだち二人をよんで、ティーパーティー……というか、ティーパーティのれんしゅうがありました。
いらしたのは、しょうた君のおにいさんのゆうたさん。かみの色がしょうた君とおんなじなのです。
それにまきこさん。いぜん、おさがりのおようふくをわたしにくれました。きょうも冬もののおようふくやコート、マフラーなんかをもってきてくれたようです。やさしくてきまえのいい人です。
そんなお二人と圭人にお出ししたのは、ダージリンのファーストフラッシュ。わたしも好きなこうちゃです。
ティーパーティーの間、三人はとてもたのしそうにおはなしをしていました。
ともだち、だからでしょうか。
うらやましいです。
……わたしも、ともだちがほしいです。
でも、わたしは……じょがっこう、というところには行けないみたいですし、さいきんではメイドみならいの女の子たちにはなしかけないように言われてしまっています。わたしから、メイドみならいの子たちにはなしかけても「しごとちゅうですので」とことわられてしまうようになりました。
いったいなにがちがって、わたしたちはともだちになれないのでしょう。
……わかっています。
わたしはレディにならないといけなくて、あの子たちはメイドにならないといけなくて。
それだけがちがうために、ともだちになれないのです。
ともだちが、ほしい。
(半ページにわたって、ぐちゃぐちゃと、なにか線がひかれている)
そろそろ、ゆきがふろうとしてます。
おうとにも、冬がくるのです。
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