和桜国のレディ
冬村蜜柑
はじまりのはなし
大晶五年 とある春の日
ここは和桜国
浪漫の花咲き乱れるところ
ここは和桜国
桜女神の血を継ぐ女王の治める場所
ここは和桜国
魔法革命により開花した東洋の大いなる花
ここは和桜国――
恋の花もあでやかに咲き誇り――
「…………朝か?」
メイドが開けたのだろうカーテンの隙間から漏れる朝の光が、顔にあたったことで、この屋敷の若き主である
だが、そのいかにも男らしい整った顔に浮かべる表情は、朝の気持ちの良い目覚めを得られたそれではなかった。
「夢占ごときを……失敗しただと? こんな……低級の魔法を、この俺が」
今日は女王陛下の遠出に圭人も伴をする日だったので、念のためにと前夜に夢占の魔法を用意していたのだ。ベッド横にあるサイドテーブルには舶来物の大きな香炉が確かに据えられており、魔法の触媒として焚いたさまざまの香料が残り香を漂わせてさえいる。
だが、圭人は占うべき夢を何も見ることはなかった。
何者かに魔法を妨害されたかと思うほどに、夢を見ること無く眠っていたのだ。
「こんな低級の魔法を失敗するとは……宮廷魔術師主席が聞いてあきれる……」
ため息をつきながらも、ゆっくりとベッドから起き上がる。
和桜国の宮廷魔術師主席というのは確かに失敗の許されない身であるが、いつまでもベッドの中でいじけているのも宮廷魔術師主席のすることではないのだ。
すでに優秀なメイドが洗面器に水を用意していたので、やや乱暴に顔を洗い、身支度を整える。
圭人が外出時に着るのはほとんどが洋装だ。今日選んだのは、ベージュの地に茶の縞のスーツ。
二人の若いメイドが掲げる大きな姿見を見ながら、圭人は銀縁の眼鏡をかける。
といっても、圭人は取り立てて目が悪いわけではない、どちらかというと――目つきが悪いため、それを隠そうと眼鏡をかけているのだ。あまり成功しているとは言えないが。
いかにも和桜国人らしい、さらさらとした黒髪は前髪を上げずに下ろしたままにしている。
顔は品の良さと男らしさがうまいこと調和した、端正な顔立ち。
細身とはいえ六尺近くある身体には、二十六歳という若いエネルギーに満ちていた。
宮廷魔術師主席の証でもあるマントを無造作にはおり、メイド長の
今日の日付のページをめくれば、そこには『女王陛下地方視察・
「……朝食の支度はもうできているのか」
「はい、すでに整ってございます」
忠実にして優秀なメイド長、胡蝶はいつもどおりにそう答える。もうすぐ三十歳に手が届くメイドなのだが、切れ長の黒い瞳は涼やかで纏められた黒い髪にはつやがある。西洋の者たちが彼女を見れば、いかにも自分たちがイメージしているような和桜国人らしい容姿の――美しい女性だと喜ぶのかもしれない。
「そうか、今日は紅茶は……アッサムにするように。今朝はどうも目覚めが良くなかったから眠気覚ましになるように濃いめに淹れてミルクをつけてくれ。ミルクティーで飲むならやはりアッサムだからな」
「かしこまりました、ではそのように」
胡蝶は厨房にその要望を伝えるために、一足早く圭人の寝室を出る。
圭人は手帳を閉じ、大事なステッキ――魔術師の杖をつかむと窓の外を眺める。
今日はいい天気だった。
春のあたたかな日差しを浴びて、庭の木々や花壇の花もどこかいきいきとしているように見える。
そんな庭を眺めながら……こつ、こつ、こつ、と三回ステッキで床をつくと、圭人はゆっくりと部屋を出た。
紫乃宮圭人――和桜国でも特に旧い家系である紫乃宮侯爵家の三男にして、紫乃宮伯爵家の当主でもある男。
そして、この和桜国の魔術の頂点である、宮廷魔術師主席でもある。
彼はそんな、手にしているモノの大きさの割にはそれなりに気楽な独身生活を謳歌していた。
――この日までは。
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