第32話
32
クリアハードは10分も経たないうちに、戻ってきた。
ヨシアキは戻ってきたクリアハードを見て驚いて、目を見開いた。彼女の手には200枚を優に超える紙の束を持ってきたのだ。
その紙を「よっこらせ」という掛け声とともにベッドの横のテーブルにおいた。
「ふー、さすがにこの量になると紙は重いわねぇ」
「えっと……200枚どころではないように見えるんですが……」
ヨシアキは紙の量に圧倒されながら、クリアハードに訪ねた。すると、彼女は誇らしげに答えた。
「多ければ多いほどいいということでしたので、軽く2000枚くらいもってきたました。あ、あとこちらがペンです。インクが切れるといけないので、予備として20本あります。はぁー若い男女の恋愛。恋文。素晴らしいですわぁ」
クリアハードはうっとりしながら、ヨシアキを見つめる。これが演技なのか、素の反応なのか。クリアハードが思い描く「甘い感じ」ではなく、ただ魔術コードを書きたいだけなのだが……。
(でも勘違いしてくれたほうがいいか……。アマンダさんに知られたらまずいし……)
ヨシアキとアリ―は八の災厄<蝗>を追って異世界へ……日本へいくための準備をするのだ。国の代表たるアマンダが2人を気絶させてまで阻止した行為だ。もし、クリアハードが二人の計画を知り、アマンダに報告したのなら間違いなく止められる。
そして今度は二度とそんなことができないように、完全に隔離されてしまうかもしれない。例えば牢獄とかに。
「ヨシアキ様。大作を期待しております。ただ、もう夜は遅いです。まだ病み上がりゆえ、ご無理をなさらずほどほどで寝てくださいませ。それでは」
クリアハードは深々ときれいなお辞儀をし、部屋を出ていった。そしてドアの向こうから「ああぁ! 若いっていいわねぇ!」という声が聴こえたのだった。
ヨシアキは無我夢中で書いた。一度始めると筆が止まらない。アリ―の家の書斎で書いたときよりも、凄まじい勢いで魔術コードを書かれていく。面白いようにコードが書け、1時間もしないうちに200枚弱の紙を使用していた。
もっと使いやすく、もっと高性能に。
そう思うとペンが止まらない。すでに予備のペンも11本消費している。
ヨシアキの作業が止まったのは窓から陽の光が差し込んだころであった。
「あれ……もう朝?」
差し込んだ光を見て、身体を思いっきり伸ばす。
伸ばした瞬間、体中から“ぽきぽき”と音がなり、その音の振動がヨシアキの身体から脳まで振動していった。その振動で、麻痺していた眠気が覚醒していった。
(ううう……アリ―に見せたかったけど……部屋まで行く気力が……)
ヨシアキはベッドに視線を移し、ゾンビのようにゆっくりと立ち上がり、ヨチヨチ歩いた。このままベッドへ倒れ込もうと思った矢先に、ドアから“コンコンコン”と音がなった。だが、そんな音ではヨシアキは止まらない。
(関係ない……おれはもう……ねる……)
「ヨシアキ……わたし。アリ―だけど……」
(!?)
嘘のように眠気が消えた。
「アリ―!」
「きゃっ。ど、どうしたの。そんな慌ててドアを……」
「アリ―、入って! 見てほしいものがある!」
「え、ちょ、え?」
ヨシアキはアリ―の手を掴むと、部屋のなかに引き込んだ。
「ど、どうしたの、この紙は……なんだかデジャブを感じるけど……」
部屋に散見している紙をみてアリ―は言った。そしてそのうちの一枚を手に取りじっくりと見て、徐々に表情が驚きに変わっていく。
「こ、これは……」
「いやぁ、昨日興奮して寝付けなくて……クリアハードさんに紙とペンを持ってきてもらってずっとコレ書いてたんだよ。いろいろ発動時のシミュレーションをしたりして、書いてみたんだけど……まぁ、そのせいでこんなに紙が散見してしまったわけで」
ヨシアキは“あはは”とカラ笑いしながら、後頭部を掻きながら弁明する。
「ちなみに、これが整理して魔術コードとして落とし込んだやつ」
数十枚ある紙束を、アリ―に渡す。アリ―はそれをどこか緊張した顔でそれを受け取り、一枚ずつじっくり読み始めた。
読み始めて、驚きがさらに大きく肥大化していき、目と口が開きっぱなしの状態。さらには鼻孔もピクピクと小刻みに広がったり閉じたりしている。
アリ―の変顔(意図的に行っていないが)をみて、ヨシアキも思わず口元が緩んでいく。「鼻がピクピクしてるよ」といってあげるべきか、いやここは真剣なところを邪魔せず黙っておくか、しばし短い葛藤がヨシアキのなかで繰り広げられていた。
「これ……あなたが書いたのよね?」
「え、うん」
「あなたが考えてこれを書いたのよね?」
二度確認するアリ―の目は真剣で、瞳孔が開いていた。思わずその目にヨシアキは圧倒される。
「そ、そうだけど。けど、アリ―からもらったコードを参考に書いてるから……ほとんど肉付けみたいな感じだけど……あ、アリ―?」
するとアリ―の目は期待と興奮が入り混じり、窓から差し込まれた陽の光が瞳に当たり、キラキラと輝いている……ように見える。
「さすが、フレンダ様の……いえ、さすがヨシアキ! あなたすごいわ! よくこんなことを思いつくわね!」
アリーは興奮してヨシアキの両肩を掴み、軽く(アリ―にとっては軽く)ヨシアキを前後に揺らした。
「確かにまだ完全じゃない部分もあるけど、これはもう<蝗>が作成した魔術コードの応用だわ! いえ……進化といってもいい!」
「え、そ、そうかな」
ヨシアキの返答も聞かず、興奮した様子でアリ―は再び魔術コードを穴が空くほど凝視する。
「そうか……確かにそうすれば……術者に反動が少なく発動できる。ということは……ここを」
ブツブツと独り言を言い出し、もうヨシアキの言葉は届かない。自分が大好きなこととなると、アリ―はなかなか帰ってこないことを知っている。それは自分と同じだ。
ヨシアキはそんなアリ―を見て、ニヤケが止まらなかった。ユーザーが夢中になるものを作れたという喜びで胸がいっぱいだった。それも今一番夢中にさせたい人がこうして眼の前にいることが、嬉しくてたまらなかった。更に……。
「ねぇ、見て見てヨシアキ! ここ! ここをこうしたらもっとよくなるんじゃないかしら!」
プログラミングを始めてからずっと、一人で考え、一人で作ってきたヨシアキにとって、誰かと一緒になにか作るという新しい体験に、胸が踊りだしていることに気がついた。
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