第31話
31
ベッドで横になっても、その日の夜は興奮して眠れなかった。寝すぎて眠れないわけではない。コーヒーを飲みすぎたわけでもない。ましてや、アリ―の裸を想像したとか、そんなことではない。(いや、ないことはないが)
「俺が作ったコードが、帰れる方法……」
ポッケにしまった四つ折りにした紙を広げて、凝視する。先程アリーからもらった、<蝗>がゲートを作るとき出現した魔術コードの模写だ。部屋にもどってから、軽く20回は繰り返しみている。ヨシアキはこれを見ると、腹の底から興奮という熱がじわじわと上がってくる。
この魔術コードには、ヨシアキが考えついたプログラミングと魔術が組み合わさっている。まさか自分が作ったものが、アリ―が長年追い求めていた異世界へ移動する魔法の糸口をもたらすとは、思っても見なかった。
確かにプログラミングと魔術コードはかなり似ている部分はあり、もしかすると何か新しいことができるのではと、期待する思いはあった。その期待がこんなに早く、それも良い結果としてでるなんて思いもしなかった。
新しいものを発見し、作成する喜びはどの世界にいても、尊く、そして幸せなことだった。
アベルトのことや<蝗>のことで、だいぶ肉体的にも、精神的にも疲弊していたが、この発見で嘘のように疲れがとれ、興奮し、寝付けないのだ。
「……うっし!」
ヨシアキはベッドから起き上がった。そして、紙とペンを探した。
ただ、興奮してダラダラしていては埒が明かない。こんな眠れない日は、机に向かいよくプログラミングを書いていた。そういうときに書くプログラミングはとても捗り、好きな時間であった。
だが、義明は部屋の中には紙とペンがなかった。アリ―の部屋には普通にあったから、この部屋も当然あると思ったが宛が外れた。
「まいったな」
視線の先に例のベルがあった。
そうだ、クリアハードなら紙とペンを持ってきてくれるはずだ。そう思い、手がベルの方へ伸びる。伸びるのだが、掴む手前で止まる。
なんでもお申し付けくださいと言われたが、アリ―の部屋での出来事を思い出すと、どうしてもクリアハードを呼ぶのをためらってしまう。
――我慢しよう。
そう自分に言い聞かせ、伸ばしていた手を引っ込める。
「あら? 鳴らさないんですか?」
「ほぎゃあああ!」
耳元で名残惜しそうにつぶやく声が聞こえ、思わず声をあげてしまう。
「く、クリアハードさん……なんで……心臓に悪いです」
「ふふ、ごめんなさい。でもヨシアキ様もひどいですよ。呼ばれる気配がして、こちらはベルが鳴ってすぐにご対応できるように、万全の状態で待機していたというのに……寸前のところでおやめになるんですもの。これは反則です! メイドの仕事を奪うなんて言語道断です!」
言われてヨシアキはあっけに取られて間抜けに口を開いて黙ってしまう。なんで自分が怒られているのかとか、「プンプン」と言って頬をふくらませるクリアハードをみて、第一印象と先程のアリ―の部屋でのやり取りからは想像できない対応に驚いているとか、待機してたってことは常に監視されているということですかとか、いろいろ突っ込みたいところが多く、ヨシアキの頭の中はぐるぐる回っている状態だ。
「えっと……ごめんなさい」
未だにぐるぐるまわる中、いち早くゴールにたどり着いたのは『なぜ』がコバンザメのようにへばりついている謝罪の言葉だった。
「はい。いいですよ」
クリアハードは膨らませた頬をやめ、にっこり笑顔でヨシアキの謝罪に答えた。とても満足そうな笑顔だ。『ごめんなさい』にへばりついている『なぜ』を感じ取っているように見えなくもない。笑顔がヨシアキをからかっているようにもみえる。
「さて、ヨシアキ様。ご要望はなんでございましょうか」
「え?」
切り替えの速さについていけない。
「え? ではございません。こうしてせっかく赴いたのですから、なにかお申し付けていただけないと、素直に帰れませんわ」
「え、勝手にきた……」
「まぁ! ヨシアキ様! メイドの生きがいであるご主人様へのご奉仕をさせてくださいませんのね! ああ、そうですね……わたくしでは、ヨシアキ様のような素晴らしいお方のご奉仕なんて1000億年早いということですねぇぇぇぇ」
なんともわざとらしく、大げさな悲痛の叫び。わざとだとわかっているのに、どうしてこうも自分が悪く、罪悪感が膨れ上がってしまうのか不思議でしかたなかった。これも絶対なにかの魔法に違いない。
「ちょ、わかりました! わかりましたから! お願いしたいことありますから!」
「はい! 何なりとお申し付けくださいませ」
クリアハードはピタッと嘘泣きをやめ、笑顔に戻る。
「えっと、紙とペンがほしくて……」
「紙とペン……ですか? 一体何に……ハッ! そういうことですか……なるほど、承知いたしました。最高級の紙とペン、あと封筒をご用意いたします。」
「いやいや、最高級とかじゃなくていいですよ! 普通のメモをとるような紙でいいですから! あと封筒もいりません!」
「ほほー。なるほど。つまり、日常感を出すつもりだと……なかなかの策士ですね。ヨシアキさま」
「一体何を考えているのかわらないですが……まぁそれは置いておいて……枚数は20枚から30枚くらいかな。多いにこしたことはないんだけど……欲を言えば100枚くらいほしいなぁなんて」
「まぁ、100枚ですか。そんな情熱的な恋文を書く殿方は生まれて272年。出会ったことありません! さすがは、フレンダ様のお孫様……ということですね」
「ちょ、ちょっとちょっと! 恋文なんかじゃ……」
「わかりました。ヨシアキ様。すぐに紙100枚……いえ、200枚とペンをご用意いたします。ペンは替えのものもご用意いたしますので、5分ほどお待ちください」
ヨシアキの言葉など聞くことなく、クリアハードは部屋をでていった。ドアの向こうから「きゃーーー! 若いっていいわねぇー!」とスキップしているような足音が聞こえる。
「……あの人……272歳なのか」
嘘みたいな年齢だが、クリアハードなら有り得そうだなと、ヨシアキは心のなかでぼやくのであった。
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