第30話
30
「……えっと、その。元気そうだね。アリー」
「え、えー。私は魔力がなくなっただけだから……その……大したことなかったわ」
照れながら髪先を指でまわし、視線は斜め下をむいている。それは義明も一緒だった。数分前のアリ―の魅惑のボディがさっきから脳裏に焼き付いて、まともにアリ―を見ることができない。
アリーの身体をみてしまったら、服が透けてみえるようだった。
話題を変えなければ、話は一向に進まない。何か話題はないか……。
話題を見つけようと脳みそをフル回転させると、ここに来る前のクリアハードの言葉を思い出した。
「そ、それなんだけど……魔力がなくなるって……なんか重症のような感じかと思ったけど……」
言ってすぐ、アリーはキョトンとした顔に
「え? いや、魔力が空になることはただ『魔法が使えないただの人間』になるだけだから、全然大したことないわよ」
「ホントに! そうだったんだ。よかった……」
そうじゃないかとは思っていた。さきほどの件でクリアハードの性格等が6割かた把握できており、きっと自分の反応を楽しんでいるんだと思っていた。
「それよりも、ヨシアキ……あなたの方は……その……ひどく精神がやられていて……しばらく安静にしなければって言われたんだけど……」
と視線を義明の後ろにいるクリアハードの方へ向ける。
言われてすぐに、義明も後ろを振り返りクリアハードに向かって細めて睨む。
だが、クリアハードはニコニコしながら手を振っているだけで、謝罪の気は毛頭ない様子だ。
年上の女性なのに、あの無垢な笑顔はなんなのだろうか。段々と文句を言いたい衝動が抑えられていく。
「……はぁ、クリアハードさんっていつものこうなのよね……油断してたわ」
アリーは諦めたようにため息混じりの声でつぶやいた。
出会ってまだ1時間も経っていないが、アリ―の言っていることに十二分同意できる。
「アリ―様、ヨシアキ様。一度自室に戻らせていただきます。もし何か道具を“道具”が必要でしたら、ベルを鳴らしていただければと思います。それでは。ごゆっくりと……」
深いそしてキレイなお辞儀をして、クリアハードは部屋を出ていった。
「なんか……クリアハードさんって……」
「ええ、言いたいことはわかる。メイドとしても、医療魔女としても一流なんだけど……あぁいう性格だから、いろいろいいように手のひらで転がされるのよ。たまにお祖母様もやられることあるし……」
「あ、アマンダさんも……」
顔真っ赤にしてクリアハードに抗議するアマンダを想像すると、なんだか可愛く思えてくる。思わずにやけてしまう。アリ―も想像したのだろう。義明と同じようにクスクスとにやけている。
お互い笑顔になり、さっきまでの恥ずかしくて、斜め上をみるようなことはしない。自然と目があう。そしてアリ―は義明の手を両手で包み込むように握る。
「ヨシアキ……ホントに良かったわ」
「うん……アリ―も良かったよ」
改めてお互いが無事であったことを確かめ、そしてようやく実感できた。
包み込まれた手からアリ―の熱が伝わってくる。その熱には安心感と安らぎがあり、義明の心を満たしていった。
「ヨシアキ……これからのことなんだけど……」
「う、うん」
「まず、<蝗>が作ったゲートなのだけど、もうすでに閉じられ、あのゲートで私達があちら側に行くことはできなくなってしまったわ」
それはなんとなく予想できていた。仮に残っていたとしても、アマンダがほっとくとは思えない。アリ―はともかく、もとの世界に戻ろうとした義明でさえ、あのゲートをくぐることを、わざわざ気絶させてまで阻止したのだ。
「お祖母様の、<蝗>に取った行動は正直私にはわからない。なぜ圧倒していた敵を簡単に逃したのか……目を覚ましたときに、お祖母様に聞いたのでけど教えてくれなかったわ。おそらく言えない何かがあるのかもしれない。でも、だからといってあんな化物を、別の世界に逃していい理由にはならないわ」
十の災厄によって世界は滅亡の危機に陥った。その爪痕を義明は目の当たりし、死にかけている。あんなことが地球に、日本に起こったらと思うとゾッとする。自分の家、学校、公園。友達、家族。
<蝗>は異世界を行き来できる力をもっている。日本に逃げた<蝗>が力をつけて、再び戻ってくる可能性はざっと見積もって50%以上を超えるのは間違いない。
“私は礼を言われるようなことは、一切してないんだよ……”
アマンダがさり際に言ったセリフが、思い出される。あれは自分が間違った行動をしているとしっかりと把握しているようなセリフだった。再び<蝗>が戻ってくる可能性が高いということは、考えにあったはずだ。
「だから、なんとしてもヨシアキの世界へ行こうと思う」
アリ―は覚悟をもって口調で、まっすぐ義明の目を言った。
「え、で、でもゲートは……」
「ええ、あのゲートでは戻ることはできないわ。でも、ないのなら、作ればいいのよ」
アリ―は自信満々に言った。
「つ、つくるって……そんな簡単に行かないでしょ」
すると、アリ―には珍しい不敵な笑みを浮かべ、義明の肩にポンっと手を置いた。
「え、アリ―?」
若干の戸惑いを見せるも、構わずアリーは続けていった。
「ふふ。ヨシアキ。私の肩書はなんでしょうか」
「え……肩書……」
またもらしくないことを言う。しかもなんだかさっきまでとテンションが違う。
肩書と言われると第一に思いつくのが、やはり魔法開発研究所の所長だろうか。みなから慕われ、若くして重要機関のトップに就いているエリート魔女。
そこまで考えて義明は「あっ」となる。
「まさか、俺の世界に行く魔法を開発するの?」
「そのまさかよ」
「で、でも、異世界へ渡る魔法の開発は難航してたって……」
「そう。<蝗>がゲートを開くまでは……ね。<蝗>がゲートを開くとき、魔法陣が展開されたわ。同時に魔術コードも。ハッキリ言って、そのコードを解析できたわけじゃないわ。何が書かれていたのか、私には理解できなかった。けど、見たことはあった」
アリーは引き出しから紙とペンを取り出し、ペンを走らせる。
一体何を書き始めたか、義明は興味津々に見つめる。
「え、これって……」
そして完成間近になり、義明は目を疑った。
「まさかこれが、<蝗>がゲートを作るために生成した魔術コードなのかい?」
「そうよ。これはヨシアキがこの間見せてくれたプログラミングと魔術コードを組み合わせたもの。魔術コードとプログラミングの融合こそが、異世界に……ヨシアキの世界に渡るための技術なのよ!」
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