第28話

28


 義明が目を覚ますと、目の前に写ったのは白い天井だった。身体が重く、ずっしりとする。眠い。ぼーっとする。なんで自分はここで寝ていのだろうか。

 疑問が頭の中でうごめき、ごちゃごちゃしだす。

「気がついたか……」

 すぐ横で声が聴こえる。

 義明は声がしたほうに首をゆっくりと動かした。視線の先に居たのはアマンダだった。

(アマンダさん……ここは……)

 声を出そうとしたが、口が動かない。

 そうだ、自分は確かアマンダに気を失われて……。

 身体に痛みはない。ただ、すごく身体がだるい。魔法で眠らされてしまったのだろうか。頭がぼうっとして、上手く返事ができない。

「無理に喋らなくていい……手荒なことしてわるかったな」

 ぼうっとするなか、徐々にここで寝ている前の出来事が思い出されていく。

 アベルトに拘束され、八の災厄<蝗>が出てきて、アリ―が助けてくれて、<蝗>が大きくなって、それをアマンダが助けてくれて……そして、<蝗>は義明の住んでいた世界、日本へ逃げた。そして、それをアマンダは見逃したということも。

 逃げたあと、アリ―はアマンダに抗議した。なぜ逃したのかと。

 アマンダの対応にアリ―は怒り、義明と一緒に<蝗>が通ったゲートの中に入ろうとした。

 入ろうとしたときに、アマンダに眠らされた。アリ―も一緒に。

(アリ―は……アリ―はどこ……)

 義明は頭をゆっくりと左右に振って辺りを見渡す。自分が寝ているところ以外にベッドはなかった。

 アリ―が居ないとわかると、唐突に不安がこみ上げてくる。

「アリ―は別室だ。魔力の消耗が激しかったからな。今、ここの医療室で寝ているよ。そんな不安そうな顔をするな。命に別状はない。ただの疲労だ」

 義明の心を読んだかのように、義明が知りたいことを喋ってくれた。状態を聞き、不安がすこし和らいでいく。

「ちなみに、アベルトは牢獄だ。この国の……いや、世界の大罪を犯したのだ。まだ処分は決まっていないが……極刑は確実だろう」

(アベルトが……牢獄……極刑……)

 アベルトは自分の願いのために、この世界の禁忌というべき十の災厄の一体、八の災厄<蝗>を隠しもっていた。<蝗>の覚醒のため、義明を監禁し、<蝗>のエネルギ―にしようとした。正確には義明が書くブログラミングだったが、書けないとわかると義明の命を奪おうとした。

 自分を殺そうとしたアベルトの表情が脳裏に浮かび、二の腕に鳥肌がたっているのがわかる。

「と言っても……アベルトは精神をだいぶやられている。心ここにあらず……廃人といってもいいぐらいだ。身体に刻まれた魔術コードとともに、心まで<蝗>に喰われたのかもしれんな。治るのは難しいだろう……」

 そういって、アマンダはタバコを咥え、火をつけた。相変わらず何度見ても指を鳴らして火をつける仕草は、本当にかっこいいと思え、見とれてしまう。

 スゥーッと煙を吸って、煙を吐き出す。タバコなんて百害あって一利なし、匂いも臭いし、いい事なんてなにもないとずっと思っていた。

 だが、不思議とアマンダのタバコの匂いは嫌悪感を抱かない。これも何か魔法なのだろうか。

「なんだ? 他になにか聞きたいことがあるか?」

 義明の視線にアマンダは軽く微笑む。

 アマンダをずっと見てしまっていたことに気づき、目を軽く見開く。

「……まぁそりゃあるか。だが、まずはゆっくり休め。これ以上の話はしっかり回復してからだ」

 そういってアマンダは優しく義明の頭を、子供を寝かしつけるように、優しくゆっくりと撫でる。

 3回ほど撫でて、アマンダは手を離した。

 吸っていたタバコをベッドサイドテーブルにおいてある灰皿に押し付け、今度は懐から小さなベルをとりだし、ベッドサイドテーブルの上においた。

「さて、私は行く。何かあったらこのベルを鳴らせ。医療魔道士がお前の世話をしてくれる」

 そう言ってアマンダは立ち上がった。

「あ……アマンダ……さん」

 義明は絞り出すような声でアマンダの名を言った。

「ん? なんだ? 無理に喋らなくていいぞ」

「あ、ありが……とう……ござます」

 アマンダはキョトンとした顔をする。お礼を言われると思わなかったのか、アマンダにしては間抜け顔をしていた。だが、すぐにさみしげな表情となり、また義明の頭をなでた。

「ありがとう……か。私は礼を言われるようなことは、一切してないんだよ……」

 そう言ってアマンダは部屋を出ていき、義明も再び目を閉じ、深い眠りについた。





 次に目を覚ましたときは、日が落ちていた。明かりはベッドサイドにある小さいライトが光っているだけだった。

 身体が軽く、意識もハッキリしている。寝すぎたときに起きる、身体のダルさもない。

 義明はベッドからでて、縮こまった身体を大きく伸ばした。身体も目を覚ましたかのように、身体の至る所でボキボキとなる。

「いま、何時だ」

 義明の声だけが、あたりに浸透する。辺りを見渡しても、暗くてよく見えない。見えるのは明かりがついているベッドサイドだけ。そのベッドサイドに小さなベルを見つけた。

 アマンダが誰かを呼ぶときに鳴らせと言ったベルだ。

 義明はすこし躊躇いながら、ベルをもって軽く振った。


“チリンチリン”


 風鈴のような音色だった。その音はそよ風のように優しく、ゆっくりと音の波紋が部屋全体に浸透していき、空気に溶け込むように音は消えていった。

「すげー……」

 ただのベルにここまで感動したのは初めてだった。いや、ただのベルじゃないか、ここは魔法のある国、ただのベルなわけがない。

 義明は音が消えても余韻に浸っていた。もう一度鳴らしたいという欲求にかられる。


「一度ならせば、大丈夫ですよ」

「ふぇ!」

 唐突に声をかけられ、義明は驚き、変な声を上げてしまう。

「あらあら、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのだけれど……」

 そうだった。このベルは人を呼ぶためのベルだった。いや、わかって鳴らしたが、ベルの音色に魅了され、忘れていた。

 この人が、アマンダが言っていた医療魔道士だろうか。だが、魔道士というより、メイドさんだ。

「お呼びですか、ヨシアキ様」

 彼女はキレイな姿勢で立ち、義明に尋ねる。

「えっと、その、アリ―に会いたくて……アリ―の場所を教えてほしくて、そのベルをならしました」

 用件を言うと、メイドさんは目を少し見開き、そしてクスクスと微笑んだ。

「えっと、なにか……おかしいこといいました?」

「いえ、ごめんなさい。実は3、4時間前くらいかしら……アリ―様もヨシアキ様に会いたいとおっしゃられたので。お互い同じことを思っているなんて、仲がよろしいですね。これは……相思相愛……というものかしら」

「なっ!」

 義明は驚き目を見開き、動揺する。

「えっと、お、俺はそんな……いや、たしかにアリ―のことは大事だとその……」いやその……

「ふふふ」

「そ、そのあまりからかわないでください……えっと……」

「ふふ、失礼いたしました。わたくし、ここの医療魔道士を務めさせていただいております。クリアハードともうします。以後、お見知りおきください、ヨシアキ様」

 クリアハードと名乗るメイドさんは、深々とお辞儀をした。

「あの、クリアハードさん……おれ、アリ―に会いたいんですが……」

「申し訳ございません。アリー様は現在お休みなられております。それに、ヨシアキ様もまだ完全に回復されておりません。もし、眠れないのでしたら、こちらにポーションがあります。こちらをお飲みになれば、ゆっくりと睡眠が……おや?」

 クリアハードは言葉の途中、何か気づいたように視線を義明からずらした。

「どうしたんですか?」

「ふふ、本当に相思相愛……いえ、これは以心伝心というのでしょうか。今、アリ―様がベルを鳴らされました」

「え、それじゃ……」

「はい、ヨシアキ様。ご一緒にアリー様の元へいきましょう。おそらく、アリ―様の要望は貴方と同じでしょうから」





 

 

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