第27話

27


「東京タワーだ……間違いない」

 ゲートの先に見える映像をみて、義明の目と口が開きっぱなしとなった。

 <蝗>が出現させたゲートの先に見えたのは、義明がよく知る、かつての東京のシンボル、東京タワー。よく似た建物ではないかと疑ったが、あの赤白のツートンカラーの建物は間違いなく東京タワーだった。見間違えようがない。

 東京タワーだけじゃない。ドミノのように並ばれている高層ビルも、コンクリートの道を走る車も、忙しそうに歩くスーツ姿の人々も、いま写っているすべてのものが義明の住んでいた世界。東京の姿だった。

「な、なんで東京が……」

「ヨシアキ、あの場所知ってるの?」

 義明の表情と聞こえてきたその建物の名称に、アリ―は義明に語りかけた。

 義明は返事をせず、軽く首を縦に振った。義明の視線は未だゲートの先を刺している。

「あそこは……ヨシアキが住んでいた世界なのね」

「ね、ねぇアリ―。あれってどんな魔法なの?」

「あれは……あれは転移魔法の一つで『ゲート』よ。物体を映し出した場所に移動させるの。けど……あそこまで大きなゲートはみたことない」

 大方予想ついていた。

 やはりそうだ。<蝗>は異世界に逃げようとしている。その逃げる先は義明の住む世界、日本……東京だ。

 義明は唐突に現れた帰り道に期待が芽生えつつある一方で、自分だけでなくあの化物も一緒に行くと思うと身の毛がよだつ思いだった。

 それは、同じことをアリ―も思った。

「お祖母様! <蝗>が逃げようとしている場所はヨシアキが住んでいた世界です!」

 身を少しでもアマンダに近づけるように、前に乗り出し、今出せるだけの声を、全身全霊で叫んだ。義明の世界に行かせるわけにはいかない。そんな思いを込めて叫んだ。

 アマンダは横目でチラッとアリ―を見た。無事に届いたと思い、アリ―はほっと安堵する。義明の世界はアマンダの姉である、フレンダもいる世界だ。大事な姉がいる世界を滅亡に追いやるなど、そんなことをするアマンダではない。そう確信していた。追い詰めつつある<蝗>を、倒してくれると

 だが、そんなアリ―の思いとは反対にアマンダは、怒涛の攻撃の手をやめたのだ。突然の攻撃中止に、義明とアリ―は何か考えがあるのではと思ったが、懐からタバコを取り出したのを見て、本当に攻撃を辞めたとのだと察した。

「お祖母様、どうして!」

 たまらずアリ―はさけぶ。この行動は明らかにアリーの叫びが聞いてからの反応だ。

 困惑の空気が一体を支配した。それは<蝗>も影響を受けていた。<蝗>は動きをとめ、戦闘中に不可解な行動をとっている宿敵を凝視していた。


 ――なぜ、攻撃をやめた。

 ——何か裏があるのか。

 ——何を狙っている。


 八の災厄<蝗>はアマンダのことを覚えていた。直接自分をここまで弱体化させたのはフレンダだが、アマンダとも幾度となく戦ってきた。

 アマンダを瀕死の状態まで追い込んだこともあった。自分が追い詰められたときもあった。姉妹で挑んできたこともあった。

 完全体に近づいたとは言え、まだまだ全盛期とは程遠い。今のままではこの魔女には勝てない。だから、逃げる手段を取ろうとした。攻撃をすて、逃げ一択。どんな攻撃も避けるつもりでいた。

 だが、目の前にいる強敵の行動は予想とは全く違っていた。

 しばらく動きを止めるも、アマンダは変わらずタバコを吹かし続けている。それはあまりにも隙だらけであった。



 八の災厄<蝗>はゲートの中へ消えていった。





 八の災厄<蝗>がゲートを通り抜けのを、ただじっと見ていることしかできなかったアリーは、拳を強く握りしめていた。

「お祖母様、なぜ……なぜ攻撃をやめたんですか! なぜ<蝗>を逃したんですか!」

 アリーは更に前に身を乗り出し、前方にいるアマンダに向かって叫んだ。

「なぜって? そんなの別世界に行ってくれるからに決まってるだろう。自分からこの世界から居なくなってもらえるのなら、好都合だ。手間が省ける」

「……お祖母様、何を言ってるんですか!」

 アリーは悠長に2本目のタバコに火をつけるアマンダを見て、怒りがこみ上げてくる。その怒りはふらついた足を立たせるほどであった。

「ヨシアキの世界はどうなってもいいんですか! ヨシアキの世界は、フレンダ様が住む世界でもあるんですよ! それに、これは私達の問題じゃないですか! 何の関係もない別の世界の人々を犠牲にさらすということですか!」

「この世界が危険にさらされるより、全然いい。わたしは国の代表でもあり、そしてこの世界の代表の一人でもあるんだ。我々の世界と異世界を天秤にかけたら、どちらに傾くかは……考えるまでもない。フレンダがいる世界といったな。姉が住んでいる世界だからといって通用すると思うのか。私情で世界を危険にさらせるか。……それに、本当にあちらの世界にフレンダがいるかわからんだろう。実際にあってないのだからな」

「……お祖母様」

 あんな化物が日本に行ってしまったら、平和ボケしている日本人たちは忽ちパニックに陥るだろう。

「あ、アリ―……」

「大丈夫よ、ヨシアキ、わたしがなんとかするから。ほら、ヨシアキ。たって。私が一緒にいくから」

 不安で、今にも泣きそうな義明の顔を、アリ―は優しく語りかけ、そしてふらつきながら歩を進める。幸い、まだゲートは閉じきっていなかった。

「おい、アリ―……何を考えている」

 アリーは答えない。だが、言わなくてもわかる。アリーの進む先は、段々と縮小していく<蝗>が通ったゲートを向いていた。

「何、アホなことをしようとしている。行かせるわけがないだろう」

「どいてください、お祖母様……」

「冷静になれ、アリ―。お前があっちに行って何ができるんだ。アベルトごときに苦戦し、ボロボロになったお前に、あの化物に勝てるわけがないだろう。それに、ヨシアキの世界には魔法がないんだぞ? どうやって倒すつもりだ」

「どいてください」

 何を言ってもお互い譲らない。ならもうかた

 アマンダはため息混じりの煙を吐いた。なにか諦めたような雰囲気だ。

「まったく、頑固だね……だれに似たんだか……」

 アマンダは諦めたような表情をし、吸いかけのタバコを捨てた。

「お祖母様……うぐっ!」

「すこし眠っとけ……」

「お……ばぁ……」

「アリ―!」

「ヨシアキ……すまないな。お前もしばらく眠ってくれ」

 義明は何もできないまま、目の前がまっくらになった。



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