第26話

26


 

 義明は思った。

 怪獣映画。怪獣が現れ、それをみた一般市民はすごい悲鳴を上げて逃げ惑うが、あれはフィクションということがよくわかった。

 目の前に怪獣のようにでかい化物が現れたら、腰が抜け、ただ唖然しながら眺めるだけしかできない。


『キシャ—————!』


 産声のような咆哮。義明は咄嗟に耳を塞いだ。なんとも脳を揺さぶる奇声だろうか。人間の赤ん坊のように、可愛げのあるものだったらよかったが、化物……八の災厄<蝗>のそれは、義明の脳みそを揺らすだけでなく、大地そのものを揺らしていた。

 耳を塞いでも、塞いでいる手を貫通して耳の鼓膜を刺激する。


(あ、頭がわれる!)


 悲痛で、顔を歪める。叫び続ける<蝗>をどうにか止めなければ、ここままでは鼓膜が破れてしまう。


 ——ここから離れないと。でもどこへ。いや、余計なことを考えるな。


 立ち上がろうと、足に力を込めるが、少し立ち上がるだけで、目眩がおき、足元がふらつく。

(くっそ……)

 突如、<蝗>の身体が大爆発が発生した。いきなりの爆発で義明は驚くが、お陰で<蝗>の奇声は止まった。

 横をみると、アリ―が片腕を前に突き出したまま立っていた。アリ―が魔法を放ったのだ。

「はぁ……はぁ」

 アリーは崩れ落ちるかのように、膝を地についた。

「あ、アリ―!」

 義明はふらつきながらも、アリーの元へ近づき、肩を抱えた。アリーの肩は、深い呼吸で上下に揺れていた。

 奇声から開放されるも、義明の身体からは大量の汗と疲労感が残った。それはアリーも一緒だ。だが、アリーは膝に手をつき、必死で立ち上がろうとして、義明にいった。

「い、今のうちに少しでもここから……離れるわよ」

 アリ―は息切れ混じりの声で言った。

「だ、大丈夫なのかい!」

 義明の質問にアリーは小さく首を横に振って答えた。

「実はもう、魔力がほとんどはないの……立つのもしんどいわ」

 

『キシャ、キシャシャシャ』


 爆発によって一時期怯んだが、<蝗>は再び体勢を整えていた。

 ダメージはなく、爆発を受けた顔もとくに焦げたり、傷ついている様子はなく、前足で顔をこすって呑気に掃除をしている。

「だめね……あれでも上級魔法なんだけど」

 アリ―の表情からお手上げのような感じが伺えた。義明の腕を掴んでいるアリ―の手から力が込められたのを感じ、そこから、アリ―の悔しさと、恐怖が義明の身体に伝わっていった。

「アリ―……」

 義明はそっと手をかざした。

 

  ——もうどうすることもできないのか。

 

 二人が諦めかけたときだった。

 再び、<蝗>の身体に爆発が発生した。


『キシャ―!』


 一発、二発、三発……連続して何発もの爆発が<蝗>の身体を襲った。


『キシャー! キシャ―!』


 先程と同じ爆発を受けた<蝗>であったが、さっきまでとは違い今度は確実に痛みを感じたような悲痛の叫びをあげ、爆炎のなかで<蝗>がのたうち回っている。

 突然の出来事に二人は驚くこともわすれ、立ち籠める爆炎を眺めていた。コレほどの爆炎を放つことができることができるのは、アリーが知る中で一人しかいなかった。

「全く、先に行くなと……お陰でここまで来るのに苦労したではないか」

 二人の上空から聞き覚えのある声が聴こえ、二人は顔をあげる。

「お祖母様!」

「アマンダさん!」

 箒に腰掛け、悠々と中に浮かぶ彼女をみて、二人は彼女の名とともに安堵の声を漏らす。

「まさか、ホントに<蝗>がいるとは……」

 ゆっくりと二人の前に降り立ち、いまだ燃える爆炎を見つめる。

「お祖母様……これは」

 アリ―がこの状況を説明しようとしたとき、アマンダは手をかざし、アリ―の言葉を静止しさせる。

 そして懐から取り出した、タバコに火をつけた。

「ふぅ……説明はあとでたっぷり聞く。それよりも、まずはこいつだ。完全体になって脱皮1〜2回目といったところか……なんとかなるな」

 

「離れてろ、2人も。ここからは私がこいつの相手をぉ……ん?」


 吸っていたタバコを捨て、アマンダが戦闘体勢に入ろうとしたときだった。<蝗>は羽を少したて、小刻みに動かしている。

 アマンダと同じく戦闘体勢に入ったのだろうか。

「なにを……してるんでしょうか」

「威嚇かな……」

「いや、あれは……」

 <蝗>の上空に小さいサークルが出現し、どんどん広がっていく。

「ゲートか。こいつ……逃げる気だな……なるほど。勝てないと思ったわけか。懸命な判断じゃないか。……だが、逃がすわけなかろう」

 アマンダはすぐに攻撃を放つが、<蝗>はバッタお得意のジャンプでそれを避ける。

「ちっ、相変わらずぴょんぴょん跳ねよって」

 間髪入れずにアマンダは攻撃を繰り返すが、<蝗>はそれをことごとく避けられ、しているうちに、ゲートは巨大な<蝗>の身体をすっぽり入るくらいまで広がっていた。そのゲートからは、接続先の場所の風景が写っていた。

「こいつ……どこへ逃げる気だ」

 アマンダは見たこと無い風景に懸念の表情となった。それはアリーも一緒だった。世界中至る所に赴いたことがあるが、あんな建物はみたことがなかった。

 だが、この場に一人だけ、あの風景のことを知る人物がいた。

「え!」

 義明は写しだされた風景を見て、目を疑った。

「あ、あれって、東京タワー?」


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