第25話

25


「ヨシアキ! 早く! ここをでるわ!」

 いつもと違うアリ―の荒い声が義明の耳の中に、乱暴に張り込む。<蝗>から吹き出る瘴気が危険であることを察していたが、どうすればいいかわからずいたが、アリ―の声のおかげで我にかえった。

「う、うん」

 義明はへたり込んだ腰を立たせようと、腕に力を入れるが上手く力が入らず、再びへたり込んでしまう。

「ヨシアキ、立って! せーのっ!」

 へたり込んでいた義明の腕を、アリ―は無理やりに引っ張る。だが、引っ張られるも身体が立つ体勢になっておらず、上手く立ち上がれず、再び倒れてしまう。

「ヨシアキ、しっかり!」

 アリ―は引っ張った腕を自身の肩に回した。アリーに支えられ、ようやく義明は立ち上がる。

「ありがとう……」

 お礼を言う義明にアリーは軽くうなずき、すぐにアベルトのところへと向かった。

「アベルト、アベルト! ここを出るわよ! さぁ、立って!」

 肩をゆすり、必死に声をかけるがアベルトは揺られるだけで何も反応しない。まるで人形。目の焦点もあっていない。何度も呼びかけるが反応がない。

 アリ―は無駄だと判断し、そして強く奥歯を強く噛みしめるた。

「ヨシアキ、アベルトの左側をもって!」

「うん!」

 <蝗>からは依然として、水に浸かったドライアイスの蒸気のように、瘴気が溢れ出ている。だが、幸いにも瘴気の広がる速度はかなり遅い。

 アベルトの身体を二人で抱える。完全に力が抜けた人間を想像以上に重く、義明は移動中、何度も転びそうになる。ふらつきながら監禁部屋を出ると、地上につながる長い階段が目の前に現れた。

 義明はその階段の長さにあっけにとられてしまった。

「ゆっくりと、慎重に……大丈夫よ」

 義明の心境を察したアリ―が声をかけることで、義明は覚悟を決めた。

 ——コケたら終わる。

 瘴気が広がるスピードも徐々に早くなっていき、階段は早く移動かつ慎重にしなければならなかった。

(こんな……長い階段……登ったこと……)

 半分とは言え、人を抱えて登るのはデスクワーク派の義明にとってかなりの重労働だった。

長い階段を一段一段上がっていき、ようやく出口らしい光が見え、階段を登るペースが自然と早くなる。声を掛け合わなくても、二人は乱れることなく同じテンポで階段を登っていき、とうとう出口の光の目の前に到着する。

 二人は倒れ込むように、出口の光の中へダイブした。


「でれっっったぁぁぁぁぁぁぁ!」

「キャっ!」

 建物から外へ出た先は坂になっていて、ダイブしたと同時に坂を転げ落ちた。

「いててて……」

「よ、ヨシアキ……大丈夫?」

「うん……なんとか……」

 手を地面についき、顔をあげようとするとまだ脳みそがグワングワン回転しているようだった。膝と肘が焼けるような痛みを感じる。見ると血と土で赤黒くなっていた。膝と肘を怪我するなんて何年ぶりだろうか。この痛みもなんだか、懐かしく思えて、安心さえ覚える。

 義明は、転げ落ちてきた建物の出口を見上げた。まだ瘴気は出口に到着していなかった。だが、このままでは瘴気があたりに広がるのも時間の問題だ。すぐに逃げないと行けないと思い義明は立ち上がろうと膝に力を入れたときだった。

「……ウォール・ロック」

 アリ―が魔法を唱えると、建物の周辺の地面が盛り上がり、建物をまるまる包み込んだ。

「これで封印完了……となるわけないわね。とりあえず、瘴気の漏れは抑えられるけど」

 そういってアリ―は立ち上がった。アリ―も義明と同じように膝と肘に赤黒くなっていた。

 だが、アリーは傷を気にする素振りを見せず、うつ伏せになっているアベルトの方へ駆け寄った。

「アベルト、アベルト」

 抱きかかえ、数回アベルトを揺さぶるが目を閉じたまま。

「脈は……あるわね。呼吸も正常……気を失っているってことね。問題は……心か」

 身体に魔術コードを書き込む事自体が、禁術であり、身体への負荷は尋常ではない。それを無理やり剥ぎ取るように食い荒らしたのだ。書き込む負荷より数倍の負荷かかっている。

 アリーは祈るように回復の魔法をアベルトにかけ、再び立ち上がった。立ち上がると膝から血が多く流れた。

「アリ―、血がで……」

「ヨシアキ、あなたすごい血が!」

 アリーは義明の方を見るや、アリーは慌てて義明の方へ駆け寄り、回復の魔法を唱えた。傷はあっという間に消え、焼けたような痛みが退いていった。

「ありがとう、アリ―」

「いいのよ、あとが残らなくてよかったわ」

「アリ―、君にも傷が……」

「え? 傷?」

 アリ―はポカンとした表情となる。

「ほら、膝と肘に……」

「あら、ホント……なんかヒリヒリすると思ったら……怪我なんて何年ぶりかしら……」

 そういって自分自身にも回復の魔法をかけ、傷を治療する。

「アリ―……あのバッタ、<蝗>は」

「密閉させたから、しばらくは動かないと思う……けど、どうなっているか、そしてこれからどうなるかは、私もわからない……ここまで来たら私がどうこう出来る問題じゃなくなってくるわ。幸い……ここはスペルディアからかなり離れた場所だから……」

 披露と不安が入り交じるような表情でアリーは答えた。同時に深い呼吸をし、そっと自分の胸をなでる、

 あの化物、<蝗>と対面したとき……アリ―は心臓が鷲掴みされているようでとても息苦しく、背中に岩でも背負っているような感じだった。

 八の災厄<蝗>は文献での知識しかないが、あれが本物だといわれたら、信じざるを得ない。そしてあの瘴気の量。十の災厄には必ず出てくるといってもいい瘴気が湯水の如く溢れ出たのだ。そんなことができる生物は十の災厄以外存在しない。

「ヨシアキ……あなた、身体とか平気?」

「え? さっき直してもらったよ?」

「いえ、外傷ではなく……気分とか気持ち悪くなってない?」

「気分……」

 義明はしばし考え込むようにうつむくが、すぐに顔あげて答えた。

「いや、なんとも……」

 その言葉にアリーは驚いた。自分があれほど重圧を感じ、今でその邪気が身体に残っているような気持ち悪さがあるにもかかわらず、義明のこの反応はにわかに信じられなかった。

「ほ、ほんとに?」

 一般人である義明が

「とにかく……お祖母様がもうすぐくるはず……」


 “ゴゴゴゴゴゴゴゴっ”


 突如として大きな揺れと地響きが二人を襲った。

「え!」

「じ、地震!」

 揺れが大きく、二人は立っていられず、膝をつく。

「こ、この地震は一体……」

「あ、アリ―……あれ!」

 揺れて立っていられないなか、義明は視線で促す。その視線の先にはアリ―が先程魔法の力で、土の壁で覆った建物だった。

 その土の壁に、ヒビだどんどん広がっていった。

「そ、そんな……」

 あれはただ土の壁ではない。魔力で練られた強固の壁だ。いくら地震が強くても、ヒビがわれることはない。

「ま、まさか……」

 ヒビが壁全体広がり、そしてほころびがでてくる。それは、羽化する卵のようであった。

 出てきたのは先程とは比べ物にならない大きさなの八の災厄<蝗>であった。




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